第8話 ミリセントに逮捕されるような事は何も

Night Side


 私はブラックバードを連れて家に戻った。フリードにある程度説明し、面倒を見ることを認めてもらった。思い上がりだってことはわかってる。でも、放っておけなかった。


「安心してね。ここなら大丈夫だから。絶対」

「うん……」


 私が触っても平気だったから、彼女は体を機械化していない。子どもの体は扱いが難しいはずだ。重要な立場の関係者かもしれないが、それなら鋼鉄派が騒ぐはず。"G.O."のデータバンクにも情報が無いとなると、外側からの捨て子かもしれない。何にしても子どもを放っておくとは許しがたい。


 それから三日間、私はブラックバードにつきっきりで過ごした。とにかく安心してもらいたかった。話を聞く必要はあったけど、そんなことを強要は出来ない。全部がうやむやになったとしても私はこういう時間が必要だと思った。

 三日目のある時、ブラックバードは私に聞いてきた。


「ねえ、本が嫌いなの?」

「え? どうしてそう思うの?」

「実有はたくさん本を読んでいると思う。だけど、なんだか、その、変な感じがするの。本に触れる時や、読む時なんかに、少しだけ嫌な感じがする。何でだろう……」


 この子は鋭い。きっと辛い目にあってきたんだろう。そんなに敏感だと苦労しちゃうよ。まあ、ここは正直に答えよう。


「うん。実はそうなんだ。私は文字がうまく読めない。正確には読めなかった、なんだけどね」

「それって、あの、でぃ、でぃす…なんだっけ?」

「ディスレクシア(読字障害)。よく知ってるね、そんな言葉」

「うん……どこで知ったんだろう……?」


「そうだね。私もどこで最初に知ったか覚えてないよ。ただ、その言葉を最初に聞いても自分がそうだと思わなかった。自分の状態を感じられるようになってから、もしかしたら、って思い始めた。いくつか調べてみたけど、正確にディスレクシアかはわからない。種類もたくさんあってディスレクシアと呼べるものは限定されるみたいだし。きっと診断を下す人たちも本人のように症状を感じることは出来ないと思う。だから、私は自分で少しずつやり方を模索するしかなった。相談できる人は、いなかったしね」

「うん」


「この症状は、人それぞれだと思うから、これが全てなんてことはないと思う。私の場合は文字を読む、聞く、という事に関してちょっと辛い事になっていた、ってことなんだ。縦書きでも横書きでも文字は真っすぐのはずなんだけど、私は時々歪んで見えてしまう。そして、文字が回転するようにも見える。そして、文字や音、一つ一つから攻撃されるように感じるんだ。それぞれが力を放って私に襲い掛かってくるような。これを説明するのは難しくてね。少し話してみたけど、誰一人聞いてくれなかった。返ってくる答えは『お前がダメだからだ』なんていう無茶苦茶な言葉だった。そして、それで終わり。向こうが話すことを拒絶していたから、私もそれ以上話さなかった。話せなかったんだね」

「……うん」


「治せるヒントを貰ったのは、皮肉なことに『ヴィトリオル』だった。それと共に生きることを選んでから、徐々に自分の感覚をコントロールできるようになったんだ。でも、今も辛さはある。そんなところかな……」

「……ねえ、ちょっと思い出した。同じような人が居たよ。小説の中に」

「うん? 誰だったかな?」

「あ、あの……小説家志望の数学講師と組んでベストセラーを書いた、っていう話だったような……えーと……」

「ああ、あの娘ね。すごいね。その歳であの本読んだの? わからない所もあったんじゃない?」

「うん、少し……いや、たくさん? 昔のテレビ局の事はよく知らないし」

「まあ、そうだね。どうなんだろうね、あれ。うん、でも考えてみると私はその二人の合わせ技かもね……」




 この辺の事は親しくなった人にも話すのをためらう事が多かった。それをあっさり話してしまった。なんだろう、この不思議な感じ。

 彼女と過ごすと、時間を忘れていた。



「私は仲間を探していたんだ」

「仲間?」


「うん。あの男の許にいた時、少しの間だったけど私は仲間を得た。でも、それも違ったんじゃないかって思うんだ。あの時のみんなも、それぞれの大切な何かを求めていたのかもしれない。でも、何か違った。そんな気がするってことだけど」

「うん」


「そして私は仲間を物語の中に探した。登場人物、世界の風景、作者の心なんかに。そして、見つけたものの一つが『鈍いナイフ』だった」

「……短編だったかな?」

「そう。それも読んだんだ。すごいね。私はそこから力を貰おうと思った。だから刀にその名前を付けたんだ。それにあの短編集のタイトルがアニメに使われていてさ。それも私にとって何か意味があったのかも、って思ったんだ」




 そんな風に彼女と二週間過ごした。どうにか落ち着いてもらえたかもしれない。私は少し動こうと思った。


 渡良瀬さんが率いるディープ・スパイダーには特殊な設備がある。幻想現実を作り出すことのできるものだ。彼らは新技術を次々と生み出している。その中に特殊な検索技術があったのを覚えている。ネットワーク上の画像から3Dモデルを作成し、さらに周囲の環境もヴァーチャル空間として再現できる。その上で対象となる人物の写ったものを探り出す。情報は豊富に取り出せる。日進月歩で研究開発は進んでいた。対象の遺伝情報や生体情報があればさらに精度は増すようだ。それを使ってブラックバードのことを探ってもらおう。この子について何かわかるかもしれない。


 だが、その途中にやらなければならないことが出来た。この二週間、私は外の世界の出来事を完全にシャットアウトしていた。そしてハドソンや精霊たちと話すと、私たちの施設に被害が多発している事を知らされた。鋼鉄派が襲撃をかけているんだろう。恐らく私の秘密の一部が知られた。ルドビコと対策を検討しなければ。


 そんな中のある日、ハーピーとセイレーンから異常を知らされ、私はその場所へ向かった。

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