第6話 音のスルーシュにかぶる鮮烈な映像

Night Side


 警察署の床に酷いものをぶちまけてしまった。周りのみんなも少女も唖然としている。ハドソンが駆け寄ってきて背中をさすってくれた。

「だ、だい、だいじょ……」

「大丈夫じゃない。何もしゃべるな」

 頷いてから呼吸や咳を繰り返し、しばらく何も喋らなかった。


「え、えーと……その、失礼しました。あの、何でもない、と言っても信じてもらえないですよね……どこから説明すればいいか……」

 すると黒井さんから発言。

「俺は織山を信用している。今はそれで勘弁してくれないか、諸君?」

 周囲から同意の返事が多数。ありがたい……

「あ、あの、感謝します。それでちょっとこの子に聞いてみたいことがあるんですが、いいですか……?」

「ああ、俺たちも聞かせてもらうが」

「ええ、大丈夫です。えーと、あなた、ブラックバードってあだ名か何かよね? その髪や肌、言葉も、日本人でしょ? 本名を教えてもらえない?」

 すると、少女はしばらく沈黙した。目をぱっちりと開けてずっと私を見ていた。それから言った。

「……あ、あの……思い、出せない……わたし、わたしは……何も……」

 私はそれを聞きながら同じように目をぱっちり開けて沈黙。しばらく考えていた。

「……記憶喪失……? でも、それじゃ、何であいつを追いかけて……まさか!?」

 私は黒井さんを見た。

「誘拐か? 敵対しているとはいえ警官がそれをやったなら見過ごせないな。対策を考えよう」

 もしも私の想像した通りなら、相当酷い目にあってきたことになる。言葉にして伝えらるか……?


「ねえ、捜査に私の意見を活かしてもらえない? も含めて」

「この『幻想現実(イルーシヴ・リアリティ)』をか? まあ、そろそろ部下へ開示する時期だな。実験的な意味を含めて運用してみる」


 09PDで、この少女の事も含めて対策を練ってくれることになった。私は幻想現実の提供し、少女の行動についての推測を述べた。


 あの雪本不滅という男は、ブラックバードと名乗った少女を誘拐、監禁、もしかすると虐待していたかもしれない。私たちに襲撃をかける目的で出掛けた際にブラックバードはどうにか逃げ出した。でも、その後に途方に暮れてしまい、何かにすがるように雪本の後をつけた。そして襲撃を目撃してショックを受け、呆然自失となってロッカーに隠れた。と、私は話す。


「だが、後をつけるのは変じゃないか? 酷い目にあわされた男から少しでも離れたい、と考えそうだが?」

 09PDの捜査員から質問。特殊な関係にある捜査員たちが集められ私の話を聞いている。この後に09PD全体での捜査に移行する。私の存在なんかをぼかして説明してもらうことになっている。私は答えた。


「子ども気持ちは複雑で……その、私も絶対に、とは言えないけど、恐怖で支配された子どもは何かにすがってしまう。異常な環境に置かれたなら猶更のこと。周りに見えるのが知らないものばかりで不安は急激に強くなる。それなら、ほんの少しでも見覚えのあるものに頼ろうとしてしまう。たとえそれが自分を酷い目に合わせた者であっても」

「なるほど……」


 その後、私はブラックバードを引き取りたいと申し出た。もちろん一時的にだけど。無茶は承知だった。黒井さんはハドソンと話し、その後、了承してくれた。

 きっと渡良瀬さんは私と同じような結論に至ったんだろう。自分が表立って動くわけにはいかないと判断し、この子を警察が保護できるだけの材料として幻想現実を用意してくれた。他に重要なものがあれば09PDに送ってくれるはず。

 09PDを出ようとした時に、何かが頭に浮かんだ。それを言葉にするのに時間がかかったが、これは時々起こるなので立ち止まって考え、聞いてみた。


「あの……どうして、最初の捜査の時にロッカーを調べなかったんですか?」

 捜査員から答えがあった。

「それが、申し訳ないがという他ない。あの映像を見て気付いて背筋が寒くなった。それほど見えづらい訳でもないのに、どうして気付かなかったのか……」

 なるほど。疑うはずのところだけど、私にも同じように感じるところがある。ここは、彼女が無事であることを喜ぶことにしよう。


 私は自分の家にブラックバードを連れて来た。とにかく彼女を安心させたかった。それ以上に気になることがある。でも、聞き出せるか? 聞いていいものなのか? これも含めて巨大な罠の一部ではないのか? 様々なことが頭の中を駆け巡り、私は眠りに落ちた。




 ここで語っておこうと思う。私がされた後のこと。その時のについて。




 私を保護した男は『フーリッシュ・ハート』と名乗った。

 その男は『ヴィトリオル』の存在を知り、それに蝕まれた者たちを集めていた。みんなをし、で稼げるようにしていた。


 治療とは、『ヴィトリオル』と共に生きること。


 仕事とは、それを皆に教えること。


 これだけなら、間違っているとは思わない。私がやっていることも似たようなものだ。だが、あの男のやり方は間違っていたと私は信じる。


 『ヴィトリオル』は力を与えた。正確には自らが持っている力に気付き、目覚めを促す。というものだが。要するに自分の感覚が少し鋭くなる。それと共に周囲の環境への反応が敏感になる。その後は力の持ち主の意志、思考、行動によって身体的能力、精神的強度、自然環境への適応、などが強化されていく。


 フーリッシュ・ハートは『ヴィトリオル』の症状が顕著にあらわれた者を集めた。そして力の使い方を共に学び、共に歩いた。即ち、彼の望む方向へ私たちは導かれた。報復心を抑えない、というものに。


 私たちは『ヴィトリオル』とそれがもたらすの制御方法をある程度学んだ。そしてそれを突き詰めながら、世界に『ヴィトリオル』を撒いた。そして、仲間を増やしていく。とは生き延びた者のこと。そう、私たちはし、された。お互いに殺し合った。『ヴィトリオル』を撒く行為も徐々に変わっていった。そこにもの意思が埋め込まれた。


 私は、世界中で活動していた。頭には大量のインプラントが埋め込まれ、絶えずフーリッシュ・ハートの意識を流し込まれる。そして、仕事をする。飲み水に『ヴィトリオル』を混ぜる。爆弾を使ったテロを行う。無差別に人を襲い、殺す。人を騙す。財産をかすめ取る。偽情報を溢れさせる。人々の闘争心を煽る。武器兵器を開発し売る。他にもたくさん。


 ある時、私は気付いた。頭の片隅で絶えず音楽が流されていたことに。

 私が平静を装い、丁寧に振る舞い、怒りと共に攻撃し、残虐さをむき出しにする。それでも私には何かがあった。それをどこかで見ている。私が堕ちるのを防いでいるもの。今その存在に気付いた。それと同時に新たな恐怖が生まれた。フーリッシュ・ハートはそのことも知っていた。そして、私に残ったをも侵そうとしていたのだ。


 今流れているそれは、マイルス・デイヴィスのラウンド・アバウト・ミッドナイト。その4曲目『バイバイ・ブラックバード』。


<あぁーーっ! ぬぅあぁーーーっ!>

<どうした?>


<そんなのダメだ! 絶対ダメだ! やめてくれ! 頼む!>

<何のことだ?>


<マイルス! マイルス・デイヴィス! ジャズ! トランペット! ピアノ! ラウンド! ミッド! アバウト! カインド! ヴァレンタイン!>

<流している音楽の事か?>


<そう! それだ! 止めてくれ!>

<よく気付いたな。さすがだ。では、なおさら止められないな>


<なんで!? なぜだ!? マイルスに、いや、ジャズにも音楽にも罪はない! みんな音楽をやっていただけだ! 私に届けてくれただけだ! それだけなのに!>

<これも私の流儀の一つだ。説明すると秘密がばれる>


<でも! でも、ダメだ! だって! ジェイムズ・ヘッドフィールドも言っていた! 音楽は人を楽しませるものだって! 拷問に使うなんてひどすぎる! 私の心の拠り所なのに! ジャズどころか音楽を聴く度に悶え苦しむかもしれない!>

<これも含めてお前が選んだことだ。考えたくなければ目の前の事に集中しろ>


 私は叫び続けたが、フーリッシュ・ハートは止めなかった。私は苦痛から逃れたかったのか、それとも、残虐行為が楽しかったのか。もう解らなくなっていた。目の前に現れる数々の日常、数々の戦場。そこで私は戦い続けた。


 だが、これも『ヴィトリオル』のもたらす力の一つだったのかもしれない。私の気づきは徐々に強まり、ある時、弾けた。私はフーリッシュ・ハートの仕掛けたインプラントに『毒』を流し込み、自らへのダメージと共にフーリッシュ・ハートを昏倒させ、逃げた。


 そして、ここに流れ着いたんだ。

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