第3話 地上の法と秩序には、みんな無関心だ
Night Side
日差しが瞼に差している。だんだんと熱さと眩しさが強くなり、私は目を開けた。
「おはようございます」
声がした。私は視線をそちらに向ける。
「おはよう。フリード」
机にお茶を用意してくれている老人に挨拶した。私は朝の支度をすると伝え、着替え始める。朝食を食べながら今日の予定を頭の中でシミュレート。でも、それは少しだけ。後は食事に集中する。広い屋敷の広い部屋、大きなテーブルで食べるのは私だけ。集中するかしないかは私次第だ。厳しい話だ。
食べ終えるとフリードがメモを差し出す。
「ハドソン様からです」
「ん、ありがと」
私はそれを受け取る。昨夜の件の対応について指示を待つ、とのこと。身体能力で劣る毒喰派の人間に防衛力として働いてもらうためには配慮が必要だ。警備にあたるにも休息や交代を適度に配分しなければ毒との共生は難しくなる。尚且つ私たちは機械やコンピュータとの相性がとても悪い。独自の進化を遂げた鋼鉄派の設備は到底扱えるものでは無い。アイアン・インゲルが雇った警備部隊とボランティア部隊によるパトロールを行ってもらうのが精いっぱいだ。その隙間を私の力と精霊たちで埋めている。精霊たちと話せるのは今のところ私とルドビコだけ。だからこの指示は私がしなければならない。この判断は結構大変なんだ。
ちなみに、この家のセキュリティは私が作った。機械やコンピュータの仕組みは実際のところ良く出来ていて応用が可能だった。人間の知恵はすごいもんだよ。
「それと、ご友人から」
「うん?」
「また『アルテマ』に参加して欲しい、と」
「ああ、そうだね……」
『アルテマ』か。参加したいけどね。最近は色々と忙しくて。でも、これも言い訳かな。どうにか時間を作ってみよう。
「チャンスは鳥のようなものです。飛び去らないうちに捕えてください」
「うん。ありがとう」
私は家を出た。特製の自転車に乗り、会社へ向かう。
ところで、現在18歳の私が、なんでこんなにお金持ちであり会社勤めをしているのか気になっている頃だと思う。ちょっとだけ説明しよう。いくつかは省略するけどね。
きっと13歳の時だったと思う。その辺りはもうよく覚えていない。でも、ある時私は毒に侵された。始めは全く気付かなかった。でも、だんだん私の感覚はおかしくなってくる。ついに路上で倒れるまでに至った。その毒が『ヴィトリオル』と呼ばれることは後で知った。倒れた後、私は保護された。そこでいろいろあったんだ。で、そこから帰ってきてからのこと。かつての私の家、住んでいた街は大きく様変わりしていた。いわゆる都市計画や再開発と呼ばれるものが持ち上がったらしい。私の住んでいた家がちょうどその計画の要となる場所にあった。その土地を巡って様々な勢力が争った。その結果、私の両親は遠くの何処かへ行ってしまった。私は一人になった。もっとも帰る気はなかったけど。見知らぬ土地も同然。新しい生き方を探すには最適だった。どうにかしようとした矢先、私に声がかけられた。
「夜の公園に女の子が一人なんて、危ないわよ」
「……だからなに……?」
「ブランコに座って泣いてたら、危ない奴が寄ってきちゃうよ。例えば、ほら、私のようなのが」
「……お姉さん……レズビアン……?」
「ぶはっ、違うけど。うん、まあ、そういう事でもいいかな。ねえ、寝る場所とご飯あげるから、ちょっとだけ付き合ってくれない?」
「……行く……」
私はついて行った。もう、どうにでもなってしまえと思っていた。ついて行った先に居たのは
「……うま……?」
「そう、馬。ちょっと揺れるけど大丈夫。さ、乗って」
私は彼女の後ろに乗ってしがみついた。
馬が走り出す。ちょっとどころか全然揺れている気がしない。そしてすごい速さだ。周りの人は気付いていないみたい。なんなんだろう、これ……
たどり着いた先に居たのは、この街の闇社会勢力のボスだった。彼は、私の家の土地を手に入れた人だった。周りの連中がその土地にあまりにも執着しているものだから、彼はその土地を餌に様々な取引を行った。その結果、彼はそこを拠点に一大勢力を築き上げ、闇社会の最大勢力のボスになった。彼は私を見るなり抱きしめた。私は困惑するばかり。
「あの……なにを……」
「すまない。すまなかった。だが、これで良かったんだ。きっと……」
そんな会話をしてから、私は食事を出され、ベッドのある部屋に通された。そのままぐったりと眠りにつく。
朝、目が覚めると老人が居た。
名前は『白川・フリード・理非太(しらかわ ふりーど りひた)』。
「え、えーと……おはようございます……」
彼は丁寧にお辞儀をした後、私に色々と告げた。
昨日のボス『渡良瀬御剣(わたらせ みつるぎ)』は、この家を含める数々の財産を私に託した。法的な手続きは済ませ、贈与税の類もこのフリードがやってくれた。つまりその家が、今私の住んでいるところ。
託されたものの中に、ある会社の株式があった。そして私はその会社に勤めることになって……
あ、その会社に着いちゃった。続きはまたいつかね。
高層ビルを一つ丸ごと買い取ったらしいんだけど、みんな、だんだんエレベータを使うのが嫌になってしまったみたい。ご近所さんたちと相談しながら土地を買い取り、使える領域を横へ広げていったけど、それも限界があった。自分たちの力で上へ向かうための工夫を凝らすうちに、元々あったビルを中心にピラミッド型の建物になった。これが現在の私たちの会社。名前は『アイアン・インゲル』。この名前は私が付けた。戦いの旗印に少しだけ秘密を隠す。気付く者はやってくる。敵か味方か、それは会ってから見極めることにする。意味はそのくらいのもの。私は社長室へ向かう。扉を開け、男に声をかける。ちなみに社長室は一階のど真ん中。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
答える男の名は『摩利・ハドソン(まり はどそん)』。自分の出自を語ろうとしないが、日本語と英語は流暢だ。ハーフには見えないけど。まあ、それはいい。
私たちはパトロールについて話し合った。
私はパトロールの件も含めていくつか仕事をし、夕方になった。そろそろ帰ろうと思って支度をしていると社長室から『連絡』があった。部屋にある大きめの『フィギュア』の腕が動き、持っていたペンで紙に文字を書いていく。私はそれを見てハドソンの許へ向かう。
「何かあったの? 緊急事態?」
「そうだ。工場長が襲われた」
「!! 誰に……!?」
「鋼鉄派の刺客だろう……おそらくお前と同じ立場の者だな」
「くっ……」
私と同じか。やはり存在した。一度はぶつからなければ次へは進めないということか。
「それと『ブローグ・ヒャータ』が盗まれた」
「なっ!」
何てこと……確かに工場長を信頼して全部任せていた。警備や管理も含めて。そこを突かれたか。だが、その情報をどこから……
「えーと……奪われたのはいくつ?」
「3つだ。それぞれ1種類ずつ。おそらく襲撃者は工場長がその場に何か持ってくる、ということだけ知らされていたんだろう。工場に関するものは全く手を付けられていない。まだ存在を知らないのかもしれない。だが、時間の問題だろうな」
確かに。何か手を撃たないとまずいかな。
『ブローグ・ヒャータ』。私が精霊たちに渡している金属の塊。これを報酬として渡し、力を貸してもらう。私たちの力でどうにか形にすることが出来た。"Bloody Heart" と名付け、少し聞いただけではわからないようにスウェーデン語の名前にした。これが鋼鉄派の手に渡ると……あまり良くないだろうね。
私はハドソンと共に工場長の見舞いに行くことにした。その後エリア9の警察署長と話して今後の事を相談する。
病院で工場長を見舞い、労いつつも情報を聞き出せた。彼はいきなり組み伏せられ、スタンアームと思われるもので気絶させられた。酷い事を。私も、人の事は言えないけど……でも、工場長は毒喰派の深い者だ。だからダメージは見た目以上だろう。後の事は任せて、と言い、彼を安心させてから09PDへ向かった。病院とホール・エリア09は隣接している。すぐにたどり着き、署長と話す。
「なるほどね……そりゃ黙っていられん」
署長の黒井翼(くろい つばさ)は、警察を動かすことを了承してくれた。私たちはエリア9と警察組織に貢献している。つまり、どっぷりと癒着し賄賂も渡している。
「犯人の目星はあるのか? 鋼鉄派ってことだけか?」
「おそらくエリア48の警察関係者だと思う」
「ふむ……いつもの魔術か?」
「まあ、そうね」
私は頷いた。
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