Verse 1. The Voices for RE; Vendetta
第1話 そこに私が居た
Night Side
私は歩いていた。夜の街を。
地面に横たわる老人。何やら呟いているが何を言っているのか聞き取れない。私は老人に近寄り話しかけた。
「あなたは何をやっているの?」
老人は答える。
「歌を歌ってるのさ。お前たちが耳を塞ぎたくなるようなひどい歌をな」
「なぜそんなことを?」
「言葉も歌も耳に入る。入ってしまえばこっちのもんだ。お前たちの中で蠢き続け、食い荒らす。ささやかな復讐さ」
私は老人の左腕を踏みつけた。老人の顔が苦痛で歪む。
「殺すなら好きにしろ! こんな汚い世の中に未練はねえよ!」
私は足に力を込め、言う。
「何がそんなに汚いの?」
「若者が老人を殺す世の中だ。老人が若者を殺す世の中だ。子が親を殺し、親が子を殺す。世の中はそれを知っているが、俺は何も出来ず、世の中は俺を助けない。誰からも必要とされず、誰も必要としない。自分が生きているのかどうかさえわからなくなってくる。だったら、俺の汚さでとことん汚し尽くしてやるまでさ!」
私は、右手に得物を持ち振り上げた。
「なあ、俺たちも混ぜてくれよ」
声がした。そして周りから何人か近づいてくる。
「そいつをいたぶるんだろ? 丁度いい運動だ」
5人の男が私たちの周りに居た。薄ら笑いを浮かべる奴ら。年は10代後半か……
私は目を凝らす。そして、見つけた。
「ええ、丁度いい運動よ。鬼退治は」
「?」
男たちは戸惑ったようだ。彼らが戸惑っているうちに、私は五人全員を刺した。
倒れた男たちを後目に私は老人へ歩み寄る。
「助かったわ。ごめんなさいね」
老人に手を差し出し、起こす。
「いや、いいって。前払いには答えないとな。だが、こんなことをして何になる? こいつらに一体どんな強力な攻撃をしたかわからんが、見たところ、ほとんど傷を負わせていない。こいつらの優良な部品を使った体はすぐに回復するだろう。恨みがあるならもっと痛めつけるはずだ。お前の目的はなんだ?」
「あなたに話すことじゃない。それに目的は果たしたわ。この『鈍いナイフ』でね」
私は手に持った得物を見つめ、仕舞った。
「ナイフ……? だが、それは……」
私は老人に封筒を差し出す。
「残りの報酬。それと治療費も。その左腕の」
「ああ、ありがたく受け取ろう。だがこの腕は大したことは無いぞ。長年つきあったものだ。もう生身の体のようなもんだからな。すぐに良くなる。それにあんた全然力を込めてなかったじゃないか。迫真の演技だな」
「……そういうあなたも。……あなたのボスによろしく」
老人は頷いて去って行った。
私は上着をはおり、フードを被って歩き出した。地図で自分の位置を確認しながら教えられたルートを辿る。
ここは『鋼鉄派』の領域だ。旧式だろうが最新式だろうがデバイスを使っての通信は危険。ほぼ全てが傍受されるだろう。だから紙の地図を使う。そして監視カメラ、盗聴器、センサーの類を避けつつ私たち『毒喰(どくろ)派』の領域まで戻る。
鋼鉄派の者たちは張り巡らせたセンサーと一体化するかのようにあらゆるものを感知する。そしてその緻密さは増していく。いがみ合っている毒喰派の者は真っ先に捕えたいところだろう。
私が何故それをかいくぐるルートを知っているのか。それは、鋼鉄派の大物に私の協力者がいるからだ。協力者というのはつまり、お互いに所属するところの情報を流し、必要な時に協力する、ということ。つまり私も自分の身内を裏切っている。それでも私たちは、これが自分や自分の所属のためであると信じているのだ。
向こうは情報の収集、提供を主体としている。私は現地で活動する。あの男はこんなことを言った。
「どちらにも属さず、お互いを行き交って生き延びる。まるで蝙蝠だな」
なら、あなたは蜘蛛ね。なんて言ったらあの人は笑った。
「蝙蝠と蜘蛛ならアメコミの代表格じゃないか。俺たちはこの街の守護神か?」
正反対だろうね。まあ、いいか。
毒喰派の領域までは遠いけど、この辺りに……
「こっちだよ。鬼卿(デーモン・ロード)」
壁の一部から声がした。私が近づき右手をかざすと壁から顔が浮き出て来た。トカゲと狼が合わさったような顔。耳まで避けた口。長い舌。頭には角が二本生えている。
「これで足りる?」
私は金属の塊を差し出す。
「充分だ」
壁から浮き出た者は長い舌でそれを絡めとり、飲み込んだ。壁に引っ込むと、それが居た部分の壁が開き通路が現れた。階段で下へ降りられる。私が道を進み階段を降りていくと後ろで壁が閉じるのを感じた。通路には光が灯されている。それを辿れば毒喰派の領域へ戻れるのだ。
「通路を抜けた先にデュラハンが待機している。そいつに乗ればブラックスターの許までたどり着けるぞ」
「ありがとう、ガーゴイル。あなたの名前は……」
考えるのを遮るように通路に声が響く。
「我々の名前など覚えることは無い。明日には別の者になっているかもしれんからな。自分の事だけを考えた方が良いぞ」
「そうね」
そう言って私は通路を走った。
夜の街の灯りが僅かに見えた。ガーゴイルが灯すものとは違う。それに向かい走る。視界が開けたところに出る。そして……居た。傍目には何もないと映るだろう。だが、私には見える。歩道の端の空間に、私は先程のものと似た塊を差し出す。すると覆いがとられたように透明な空間が消え、チャリオットが現れた。首のない馬と首のない乗り手。乗り手は私が差し出した塊を受け取り、私を座席に座らせた。付き合いが長くなったもので目的に応じてチャリオットをカスタマイズして貰えるようになった。その分の対価もさっきの塊に込めてある。私たちは走り出した。走る際にはさっきの透明のベール『光喰(ひかりくい)』を纏っているため、他の人たちには見えない。そのまま鋼鉄派の領域から遠ざかっていく。
ある程度走ったところで、私は降りた。礼を言って立ち去る。
デュラハンを始めとする精霊のネットワークにはそれぞれの活動範囲に限りがある。見合った対価を払えばもっと長く強力な頼みも聞いてもらえるかもしれない。でも、私たちは制限を設けた。それが安全だと思ったから。
歩いた先に待っていてくれた。黒い馬『ブラックスター』。そして、その傍に立っている女性。
「首尾は?」
「上々」
私は彼女と共に馬に跨り、夜の街を駆けていく。彼女は私の友達で、師匠で、人間だ。だから家まで送ってくれる。ブラックスターに跨っている時に、誰かに見つかったことは無かった。だけど光喰を使っている様子はない。一体どうやっているのか……まだまだ私は及ばない。
私の家の前で彼女と別れる。
「じゃあね」
「ありがとう、ルドビコ」
そう言って彼女『ルドビコ・ファンタズマ・怨曝(るどびこ ふぁんたずま おんば)』は馬で夜の闇に消えた。
仕事は済んだ。早く寝よう。私は門を開け、セキュリティを通り、歩き、セキュリティを通り、玄関の指紋認証と網膜認証をパス。扉を開けて家に入る。
「ただいま」
そう言って自分の部屋へ向かう。明日は会社に行かないと……
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