プロローグ I CAN WALK!!

 私は何気なくそこへ向かって歩いた。

 公園にある公衆トイレ。その洗面台に向かう。何故だろう?

 私は鏡を覗き込む、と思ったけどその前に視界の端に何かがあるのに気付いた。

 ボロボロの小箱。蓋の部分に文字が書いてあった。


 "From The Beast That Shouted Love" (愛を叫んだ獣より)


 ああ、そういうことか。つまりこれは……

 私はためらいなく箱を開けた。


 ところで、唐突に妙な言葉の羅列を晒して混乱していると思う。ちょっとだけ説明が必要だろうね。だけど私は自分の過去を説明するってことが、とんでもなく苦手だ。ホールデンやらデイヴィッド・コパフィールドやら、その点が重要なんだってことはわかってるつもりだけどね。ちなみに私はデイヴィッド・コパフィールドを読んだ事が無い。大長編の類は苦手なんだ。つまり、私の話すことなんか真に受けない方がマシってことさ。きっとね。ただ、私が居た時代の背景は少し語っておいた方がこの先の話に進みやすいから、少しだけ思い出してみるよ。


 そこで何が起こったか、ほとんど何もわからない。

 それは何時だったのか、正確にはわからない。記録から推測されるのは西暦1984年のある日どこかで、というくらい。

 世界は一つの毒に侵された。

 その存在を知った一握りの者たちは恐れおののき、その対策に追われた。

 そして幾許かの時が流れた。


 日本のかつての首都だった都市『東京』

 この街は今"G.O."という名で呼ばれている。

 犯罪や貧困、社会問題が拡大し、人々が住む場所を移し始めた。それがきっかけとなり、日本のあり様は少しだけ変わった。経済の中心地は西へ移り、政治の中心地は北へ移った。それぞれが『東京』の一部を受け継ぎ、かつての首都『東京』はその名を忘れられようとしていた。それは何故かわからない。人々が生きるための機能の一つか、それとも目をそらしているだけか。そして呼ばれる名前は『優しい忘却(Gentle Oblivion)』。頭文字をとって"G.O."。


 その都市での物語。

 かつて世界を染めた毒。その一部が解明されたところから始まる。

 その毒は『ヴィトリオル』と名付けられた。

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