虫けらたち

 勇者が来ると、この町が滅ぶらしい。先週末、町の大占い師が予言したそうだ。この占い師の占いは必ず当たると有名で、町にはどこか悲壮な雰囲気が流れていた。


「なら勇者を町に入れなきゃいいじゃないか」


 俺は町内会議でそう言ったのだが、頭の固い老人どもはなんとも微妙な反応だった。


「そうすべきではあるが、勇者様は魔王を倒さんと戦っておられる。そう無下にはできん」


 町長は難しい顔をしてうむむと唸る。


「魔王が倒されたって町が滅ぶんじゃあ、意味がないじゃないか。どうせ、神の意志に反するものは消えてしまうとかいう前時代的な言い伝えを、まだ信じて怯えてるんだろう」


 昔から、神は我々を見ていて邪魔なものを消し去るという伝えがあり、実際に何百人、いや何千人と消えているらしいが、所詮言い伝えにすぎない。俺は信じていなかった。


「俺が、やってやるよ。怯えたおいぼれどもは家にすっこんでな」


 威勢良く言い放つと俺は町長の家を出た。豪勢に着飾った家だが、そこに住む者はただのヘタレである。


 俺がこの町を守る。のどかで豊かな町。どこかで馬がいなないてるのが聞こえた。




 いつもより早く目が覚めた。早起きの女たちは井戸の周りに集まり、不安そうな顔で話し合っている。勇者の話だろう。


 この町の平和を乱す災厄。どんなに崇高な目的を持っていようが、町を滅ぼすようなやつは好きになれん。


 しかし、なぜ勇者が来るとこの町が滅ぶのか。ない頭をひねるが考えは出てこない。


 考えていても終わりがないし、そんな時間もない。なにせ、今日がその勇者が到着する日だ。


 俺は朝食のトーストに蜂蜜を塗り頬張る。糖分が脳に届き目が覚める。やるぞ。




 俺は町の入り口のいつもの場所へ歩いていく。町の周りにはモンスターが多く生息していたが、町の中までは入ってはこない。町長が言うには神のご加護があるからだそうだ。


 俺は町の周りをうろつくゲル状のモンスターが雑草を食んでいるのを眺めながら、勇者が来るのを待つ。こうしていると、いやでも町を出ていったあいつのことを思い出してしまう。


 俺の唯一無二の親友だ。二年前にこの町をつまらないといい、飛び出していった。この町の外を出たことがある人間は数少ない。


「あいつはもう戻って来んよ」


 あいつが出て行ってから程なくして、町長はそう言った。死んだ、あるいは消されたと言外にほのめかしている。


「神様に、虫けらのように消されたんだよきっと」


 町の外れに住む、顔の歪んだ性格の悪そうな中年の女がそう話しているのが聞こえた。怒りに手が震える。この怒りはどこに向かえばいいのか。


 せめて守る。あいつの帰る場所を。そう心に決めた瞬間だった。




 今、地平線の先に勇者の一行が見えてきていた。あれが、この場所を壊す災厄か。もう迷うことはない。ぐんぐんと勇者たちは仲間を連れて一列で近づいて来る。一糸乱れぬ、その隊列にある種の不気味さを感じた。


 出くわすモンスターたちを切り裂きながらこちらへ近づいて来る。あのゲル状のモンスター、スライムと言っただろうか。そいつも抵抗する暇もなく、倒されてしまった。


 とうとう勇者たちは、町の入り口の門の寸前まできていた。俺は急いでその門の前まで行く。


 勇者と対峙する。勇者の顔を見ると、端正な顔立ちで好青年然としていたが、目の奥は暗く、何を考えているかわからない。恐ろしく、底知れない。


 しかし、俺にはやることがある。あいつのために言わなければならないことがある。呼吸を整え、大きく息を吸う。そして腹から声を出した。


「ワルダの町へようこそ」






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「ワルダの町へようこそ」


 画面にはそう映されていた。しかし、それを眺めていたプログラマーは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「チーフ、またバグってますよこの町。これから勇者を追ってきた魔王軍に町ごと焼かれるってイベントがあるのに、門の隙間に町民が入って動かないんで、進めらんないんですよ」


 チーフと呼ばれた男は、プログラマーと同じぐらい渋い顔をして、答える。


「なんか調子が悪いらしいな。前も、その町の中に置いてた町民がいつの間にか外にいただろ」


「あれ、消しときましたよ。なんなんですかね、この忙しい時期に。以前のバグのように町民ごと消しちゃっていいですよね。実際、ようこそなんて言う町民なんていないですし。看板でも置いといたほうがいいんじゃないですか」


「ああ、それでいいや。じゃ、それ消しといて」


 チーフは画面に映った、門に挟まり動こうとしない町民を指してそう言った。






 こうしてワルダの町から男が一人消え、しばらくした後、魔王軍に町は燃やされたのであった。



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