M博士の発明

「ついに完成したぞ。対象者の痛みを感じることができる機械だ」


 M博士は長年の研究が実を結び完成したことに喜びの声を上げた。その機械はスマートフォンぐらいの大きさで、アンテナが一本伸びている。また正面に赤と青のボタンが二つだけついていた。


「やりましたね、博士」


 助手はいつも通りの無表情で博士に言う。


「では初めに君が私に使ってみるんだ」


 M博士は大仰に言うと助手にその機械を手渡す。


「私が腰の痛みを訴えてもまともに受けあってくれない君に、ぜひ私の苦しみを感じて欲しい」


 助手はその機械を持って無表情のまま、頷いた。


「対象者に向けてその赤いボタンを押すと、対象者が感じている痛みを自分も受けることができ、青いボタンでそれを止めることができる」


 M博士の説明を聞き助手はまた頷くと、躊躇いもなく赤いボタンを押す。


「おお、なるほど」


 助手は顔を少し歪める。


「どうだ、痛いだろ、腰」


「日常に支障をきたすほどではないですが、不愉快ではあります」


「わかっただろ、少しは敬ってくれ」


 助手は青いボタンを押して、鈍い腰の痛みが去った後、また無表情で頷く。


「もう少し改良すれば、相手の感情もわかるようになる。これでお前の無表情も、幾分良くなるだろう」


 そう言うとM博士はまた研究を続けた。



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「ついに完成したぞ。対象者の感情も感じることができる機械だ」


 M博士はまた喜びの声を上げた。前回の機械が完成してから二週間後のことである。その機械は進化を遂げ、ボタンが四つに増えていた。増えた二つのボタンは黄色と緑である。


「おめでとうございます、博士」


 助手はまたもや、いつも通りの無表情で祝いの言葉を送る。


「では、初めに君が私に使ってみるんだ」


 M博士はそう言うと助手に機械を手渡す。


「君は私が発明をしても表情一つ変えない。これじゃあ喜びをわかちあえないから、私の喜びを君にも感じて欲しいわけだ」


 助手は眉をひそめたものの、すぐに無表情に戻り、頷く。


「前からある赤と青のボタンの機能はそのままで、黄色のボタンを押すと対象者の感情を感じることができ、緑のボタンでそれを止めることができる」


 助手はその説明を聞き終え、少し躊躇った後に、黄色のボタンを押した。


「ああ、なるほど」


 助手の口角が少し上がっているのが見て取れる。しめしめ、と博士は思う。


「どうだ、嬉しいだろ」


「こんなに嬉しかったんですか」


「これは君にやろう。これでもっと感情豊かな人間になってくれ」


 そう言うと博士はまたパソコンに向かい、研究に没頭し始めた。助手は「はぁ」と気の抜けた返事をした後、「そういえば」と声を上げた。


「そういえば、一時間後に会議です。準備はよろしいですか」


 会議とは、大学の研究者の中で集まり、話し合うというなんとも無意味で非生産的なもののことである。故にM博士は会議が嫌いだった。端的に言うと行きたくなかったのである。


「おっと、急に腹が痛くなってきた。悪いが行けないと伝えてくれ。本当は行きたかったのだが、残念だ」


 M博士はそう言うとまたパソコンに向かう。


「本当に、そうでしょうか」


 助手の少し弾んだ声が聞こえる。M博士はどうしたのだろうと助手の方を向く。


 助手はM博士に向かって、その機械を向けていた。助手は赤と黄色のボタンを押す。


「おかしいですね。お腹は全然痛くないですし、残念だなんて感情は一切感じないですね」


 その時の助手は、今までで一番いい笑顔だった。









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