第10話 呼び出し

「なんすか、いきなり呼び出して」

 

俺はシノメ先生に呼び出されていた。

 職員室。

 俺は一週間ぶりにこの場所を訪れた。

 改めて考えると、自分の脚で職員室に来たのは今日が初めてだったりする。前は意識なかったからな。

 職員室は、一年校舎の二階にあった。


「お前、『魔法』の実技、本気でやったのか?」


 前触れもなく、呼び出された理由を切り出してきた。

 どうやら、シノメ先生は俺が手を抜いていたのではないのかと思っているらしかった。

 とんでもない。

 本気でやってあの結果なのだと、俺は告げる。大体、試験で嘘なんてついて一つの得も有りはしないのだから。


「そうか……。しかし」


「それだと、この高校に入学できるわけがないって言いたいんすよね」

 

言葉を選んでいるシノメ先生に俺は助け舟を出す。

 俺に取っては泥船なのだけど。

 自分で自分の首を絞める俺だった。


「ま、多分、俺は『魔脳』を持ってるから多少、優位にしてくれたんじゃないすっか。当時は俺、勉強もちゃんとしてたし」


「なら、今もしろよ」


 先生だけに正論だった。


「無理だね。あの当時が異常だっただけだ」


「そうか。しかし、『魔脳』が使えるとは言え、『魔法』があれだと、これからの生活は大変になると思うぞ?」


「あれ、ひょっとして先生、俺の心配してくれてんの?」


「当たり前だ。うちのクラスから落ちこぼれを出すわけにはいかないからな」


 なるほど。

 それもそうか。

 結局は自分の心配。


「で、お前の『魔脳』はなんだ? 私に教えてみろ」


 先生がホレホレと手を動かす。

 いや、俺の情報は入学の時にしっかりと記録されている。知りたければ先生たちなら自由に知ることが出来るのではないか。

 足を組んで偉そうに椅子に座っているシノメに言う。


「ああ。そうしたいんだが、それは出来ないんだよ」


「はい?」


「うちの高校では『界人』との実戦の為に、生徒同士の模擬戦闘を行ったりするからな。平等を規すために、『魔脳』の内容は、教師たちには教えられないんだよ」


 それは俺みたいな人間には確かにありがたかった。

 『魔法』は弱い。

 『魔強』も天才には通じなかった。


「そうなのか」


「ま、お前がわざと『魔法』を使えないフリしてないことが分かったから良しとするか」


「それはどーも」


 要件はそれだけだ。

 帰っていい。

 シノメ先生は、一週間の清掃ご苦労だった。と、俺を労った。


「……」


 しかし、このまま帰るのもなんか、心配されただけっていうのは、俺の何かに反する。

 教師として純粋な感情なのだろうが――俺はそれがいやだ。


「そうだ、俺からも一つ質問いい?」


「ああ、いいぞ?」


 机に向かって何かの作業を行おうとしていたシノメ先生は、椅子を回して俺へと向く。


「ただし、答えられない質問はやめろよな」


「大丈夫。先生なら答えられるよ」


「……ほう」


「先生って、独身ですよね」


「ぶっ」


 先生が分かりやすく動揺する。


「な、なんで……。いや、なにを聞いてるんだお前は?」


 俺の視線から逃げるように机の紙にペンを走らす。

 俺の位置からでもゴチャゴチャと、黒い雲を描いているだけなのが確認できる。

 非常に素直だった。


「いや、なんかそんな雰囲気でてるから」


「でてるのか?」


「出てますね……」


 ガサツな感じがモクモクと。

 それこそ今も濃さを増していく黒い雲のように。


「うるさい。べ、別に私はいいんだよ」


「本当?」


「ああ。本当だ。私にとっては生徒が恋人みたいなもんだからな」


「先生、それかなり、やばくない?」


 俺は身震いする。

 先生と恋人なんて無理。


「いや、そういう意味じゃなくて例えだよ」


「うわー。可哀相だな」


「なんで、お前がそんな目で私を見るんだ」


 これはいいウィークポイントを見つけた。

 俺は内心で小躍りする。

 散々あれだけ俺をこき使った罰だ。

 罰には罰で返してやる。


「先生、今、いくつですか……」


「ノーコメントで」


「そうか。でも、周りの友人とかは割と結婚してるんじゃないのか?」


 先生は二十代から三十代前半。

 ちょうど結婚ラッシュの時期だ。

 さしものシノメ先生も焦ってるに違いない。

 俺の読みは的中した。


「う、うるさい! いいか? もし、これ以上結婚のことを私に言うなら、教師として模擬戦闘をお前に申し込んでやろうじゃないか」


「え、ちょっと、先生がそれいいのかよ」


「ああ、いいんだ。私は!」


 名門の教師だけあって恐らく実力はかなり高いはずだ。

 俺は急いで職員室から出ようとする。


「待て、逃げるな!」


「お疲れ様でした!」


 俺は教師から逃げるように去っていった。





「ちっ……」


 職員室を出た俺は、正面から歩いてくる生徒を見て思わず舌打ちをしてしまった。

 背が高く整った顔立ちをした男。

 天才。


「よお、お前も呼びだしくらったのか?」


「……」


 ソウジの行く道を塞ぐようにして、俺は話しかける。

 だが、ソウジは俺の前で一瞬だけ足を止めるが、そのまま、僅かに横にずれて通り過ぎようとしてしまった。


「おい、話しかけてんだろ!」


「……君、誰?」


「昨日会ったばかりだろうが……」


 やはり、俺みたいな落ちこぼれは天才に相手にして貰えないのか。

 文字通り眼中にない。


「そうだっけ……」


「まあ、いいや。で、お前は職員室になんのようなんだ?」


「君に言う必要ないよね」


 それもそうだった。

 なんで俺はこいつにはなしかけてしまったのだろう。

 相手にされないのは分かっているのだから、その他の生徒のように、普通に通り過ぎればよかったのではないか。


「悪かったな。天才様の道を塞いじまって」


「天才……?」


 ソウジは周囲を見る。

 天才がどこにいるか探しているようだが……。


「いや、お前のことだよ。なんたって新入生トップだもんな……」


「僕が……天才? 君たちは本当に面白いね」


 面白い。

 ソウジは言った。


「僕からすれば、僕は普通で――君たちがおかしいんだよね」


「なに?」


 それは――どういう意味だ。

 一歩間合いを詰めて俺は問う。


「だって、そうでしょ? 努力をしないで優れた人間は才能が違う。天才だって言い訳する。僕はそんな弱さが嫌いなんだよね……」


 そう言い残してソウジは俺の横を通り過ぎて行った。

 その背中は何故か、昨日よりも大きく感じる。

 目の前にいるこの天才も、努力しているってことなのか? 

 天才だって噂に流され、勝手になんでもできる超人とでも思い込んでしまった。


「ま、俺からすれば努力できるだけで、すげーと思うけどな」


 俺は努力することが嫌いだ。

 結果が出ないのに無駄な時間、労力を費やす気にはなれない。


「あーあ」


 愚かさを恥はするが、すぐに恥は消える。

 そして、残るは天才のあの勝ち誇った顔だけだ。


「…………」


 そんな卑劣な性格だから俺はこんななんだよな。


「あーあ、なんかつまんねーな」


 俺は廊下を歩きだした。

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