第9話 不完全パズル

「うう。去年とあまり変わってなかったよ……」


 試験を終えたチハナは、どんな結果だったのか、分かりやすく肩を落として俺の元へと戻ってきた。そして、適正度の結果を俺に教える。


『火』 5

『水』 4

『雷』 3

『風』 4

『土』 2

『木』 7


 だそうだ。

 前々から得意属性は『木』だと聞いていたが、その『木』の適正度は想像よりも高かった。平均的に見ても、ショックを受けるほどの結果ではないと俺は思うのだけど……。


「やっぱり、低いなー私」


「いや、普通だって。割とみんなそんなもんだろ」


「お姉ちゃんはもっと高かったけどね……」


「まあ、『魔法研究科』に入れるんだからねぇ」


「比べても意味ないことは分かってるんだけど、やっぱ比べちゃうね」


 チハナは無理に笑う。

 その笑顔が妙に痛々しくて、俺は空を見上げた。薄く伸びる雲が青空に飲み込まれるようにして消えていった。

なるほどね。チハナは自分の姉と比べてしまっているのか。だとしたら、確かに適正度の結果は低く感じてしまうのかも知れない。


「あ、ごめん。こんな話嫌だよね。ライル君はまだこれからなんだし」


 まだ、適正度の試験を行っていない俺に、愚痴を述べてしまったことをチハナが俺に謝った。


「いや、別にいいよ」

 

話してたからって、俺の適正度が変わる訳じゃないし。何をしても駄目なものは駄目なんだからさ。俺が「ふう」と見上げていた空から視線を戻す。

その時、「おお」とクラスメイト達から歓声が上がった。歓声につられて、俺とチハナはグランドの中心にいる生徒に自然に目を向けてしまう。


「あいつ、『雷』の適正度8はあるんじゃないか?」


「ああ。しかもあいつ、頭も良かった気がするぜ?」


 クラスメイト達の興奮気味に話す声が聞こえてくる。

 遠目からでははっきりと姿を確認できないが、どうやらその相手は身長の低い男子生徒のようだ。その生徒は自分の身体の周りを走る『雷』の大きさ、速度を自在に操る。ジグザグと円を描く雷光。直線に動く『雷』をあそこまで変化させる『魔法』の適正度は確かに高そうだ。


「凄いね、今から先生たちに期待されてるんじゃないかな?」


「かもね。ま、俺は別に興味ないけど……」


 負け惜しみに聞こえるだろうが、誰がどれほど優れているかを気にしだしてしまえば、際限が付かなくなるのを俺は知っている。

 自分の無能さと共にな。

 だから、俺はやりたいようにやる。

 それが信条だ。

 やりたいようにやるとか言いながらも、その割には罰うけたり、チハナに逆らえなかったりしてるんだけど。


「次、ライル! 貴様の番だ!」


「……」


 注目されていたクラスメイトの試験が終わり、次に名を呼ばれたのは俺であった。

 この順番で俺か。

 やり辛いなー。

 悪意ある順番に、俺はノロノロと立ち上がる。そうすると、周りの視線が、今度は俺に集まり始めていることに気付いた。


「天才に挑んだあいつかよ……」


「挑むくらいだから相当な物を持ってるんだぜ?」


 と言う、勘違いしすぎな声まで聞こえてきた。天才に挑んだことで、意外な所で俺の評価が、何故か勝手に上がっていた。が、それは残念なことに、誤った評価である。

 俺はその声を聞こえないふりをし、やる気の出ない足取りで、シノメ先生がいる中心へと向かう。足を引きずるようにして歩く俺の歩幅に合わせて、乾いたグラウンドは、砂煙が上がる。砂の匂いが俺を包んだ。


「ライル。先ほど私が言った順番で行うこと。それぞれ最大の『魔法』を用い、て自分の体を中心に渦を描くように動かすこと。まぁ、一般的な試験方法だから言わなくても分かると思うがな」


 一般的な試験ねぇ……。

 最大の『魔法』を込め、火球や水球を作り上げ、それを動かす試験は、中学からやっている。言われなくても分かってるってーの。

 『魔法』の大きさ、動かす速度、そして軌道にブレがないか。

 その三点を基準に評価するとのことでは俺だって知っている。だが、どんなに訓練しても、俺の『魔法』が変わることはなかったのだけど……。


「まーね。じゃ、ちゃっとやりましょうか」


「分かった。では、始め!」


 どうせ、今回も悪いだろうな。俺はそんなことを思いながら、『魔力』を、自分の体を通すようにイメージする。

 『魔法』で大事なのはイメージだ。

 自分の体を通る『魔力』と、変換する属性を明確に思い浮かべることが大事なのだ。

 最初の属性である火を想像する。

 熱く大きく燃える火球を。


「はっ!」


「…………」


 俺の周りを浮かぶのはビー玉程の大きさをした火球。ノロノロと円を描いて進む火球は、突如として吹いた風に消されてしまった。

……おかしいな。俺は自分の身体と同じ直径を持った火球をイメージしたのだけれど、全然違うものができた。


「念のために確認してやるが――全力でいいんだな」


 あまりの出来栄えに、苦笑いを浮かべるシノメ先生が、もう一度やるかと言ってきた。しかし、試験は一回きりだという決まりがあるのだ。それを忘れてしまうほどに、俺の『魔法』の悪さに驚いているのであった。


「間違いなく」


 これが俺の全力だ。


「わ、分かった。なら、次は『水』を……」


 そんな具合で俺は全部の属性を試していく。

 しかし結果は似たり寄ったりである。

 なんとか変換はできるものの、どれも実用性が高いかと言われれば自分でも首をひねりたくなる具合だ。

 期待してみていたクラスメイト達も静まり返っているのが分かる。俺に注がれていた視線は、俺の前にやった男子生徒へと集められ、なにやら大勢で話をしていた。


「ライル……。結果だ」


 言いずらそうにして結果の書かれた紙を貰うと、見たくもないのに、嫌でも数字が目に飛び込んでくる。

 紙に書かれていた結果は、やはり思っていた通りで、


『火』 1

『水』 2

『雷』 1

『風』 2

『土』 3

『木』 2


 やはりどれをとってもレベルが低いかった。

小学生レベルであった。下手したら負けてるかもしれないけど……。

 分かり切っていたとはいえ、その数字を見ると、お前は落ちこぼれだと言われているようで嫌気が指す。実際に落ちこぼれなんだけど。


「お前、良くこの学校に入れたな」


「……そのやり取りは、一、二か月前に終わってるんで、お腹一杯っす」


 シノメの教師とは思えない、ズバリとした発言に、俺はそう言い返した。

 良く入れたなんて、家族には当然言われた。何かの間違いではないのかと、最初は疑っていた母親ではあったが、名門に入学でいるんだから、細かいことはいいかと、喜んでくれた。

 

「まあ、『魔法』だけが将来を決めるための基準ではないからな」


「そう。俺が評価されてるのは人間性だからね」


 多分、シノメ先生は俺を励ますために、気を使った言葉を投げかけてくれたのだろうが、適正度の結果を受けて、捻くれている今の心境(常にひねくれているけど……)では、ふざけた台詞を返すことしかできなかった。

 一瞬だけ、イラッとしたようだが、「……次!」と、別の生徒の名を呼んだ。

 肩を竦めて俺は自分がいたグラウンドの隅へと帰っていく。

 次に呼ばれた生徒とすれ違ったが、その際に鼻で笑われた。


「…………」


 頭にきてぶん殴ろうとも思ったが、ここで殴れば俺の評価だけが下がるのは明白だ。世界は劣ってる人間に厳しく、優秀な人間にやさしいのだ。

 弱肉強食。

 弱い人間を食べやすく。

 強い人間が狩りやすい。

 それが今の世界である。

 そう思い起こすことで、俺はなんとか怒りを鎮めた。


「ライル君……『魔法』苦手だったんだ」


「チハナ……」


 戻った俺を迎えてくれたチハナ。チハナも俺の試験の様子を見ていたからか、優しい笑みを浮かべながら、俺に言った。


「でも良かったー。私よりも適正度低い人がいて……」


「おい!」

 優しい笑みを浮かべて、死人に鞭を打ってきやがった。

 ここは励ますところだろ。

 俺に追い打ちをかけてどうするんだ。

 自然と目つきが悪くなってしまうが、これは絶対俺は悪くない。


「あ、そういう意味じゃなくて」


 と、チハナが俺に言う。


「私、筆記試験の成績も悪いんだけど、でも、結果に結構ムラがあって……。だから、きっと、ライル君もそうなのかなって思ったんだ」


「ムラ?」


「うん。点数がいい時はいいんだけど、悪い時は本当に悪いんだ」


「そんなことあるんだな……」


「あるよー。だから、きっと、ライル君も私と一緒なんだよ」


「……『魔法』は筆記試験とは違うよ」


 チハナは今回がたまたま悪いだけだと、励ましてくれているが、常に同じ結果なのは俺が一番分かっている。

 『魔法』にムラなんてない。

 与えられた才能がなかったと諦めるしかなかった。

 いや。

 俺にも一応――力は与えられているか。

『魔能』

だが、それすらも使い道がない。


「いいんだよ。俺は別に才能なんて欲しくない」


「そうなの?」


「ああ。才能なんてあったら、ひたすらパズルを完成させなきゃいけないだろ?」


「ええと……、パズル?」


 例えが伝わらなかったのか、チハナが首を傾げた。

 俺の中では天才と凡人の生き方を例えるには一番しっくりくる表現だったのだが、どうやら、それは相手に伝わらないらしい。


「ああ。例えば人生における『夢』や『目標』がパズルだったとするだろ?」


「はぁ」


「年を重ねたり、練習をしたする行為はピースを埋めていくことだ」

「なるほど。埋める速さは人それぞれってこと?」

「ああ。凡人はそのピースを見つけるのに時間が掛る。そして見つからなくて諦める」

「諦めるとどうなるんですか?」

「形や絵柄が違うピースをそこに無理やり当てはめるんだよ。結果、完成するのは歪な図解」

「うう……」

「それなのに、いい絵が出来たね。完成したねって妥協したのに完結していると思い込もうとする」

 俺は言う。

「例えばスポーツ選手になりたい人間がいたとして、しかし、才能が無くてなれなかった。本当はなりたいのに、性行為に没頭し、子供を作り、最初に自分が望んでいた景色と全く違うものが自分の中で在り続ける。そんな地獄、俺は嫌だ」

 

 そんなんだったら、完成させないほうが良い。



「でも、それならやっぱり、才能があった方がいいんじゃない? 完璧なパズルがかんせいするんでしょ?」


「ああ、だから、才能何てなくて、凡人以下で良いって俺は言ってるんだよ」

 

埋まらないなら空白でいい。

 無理に押し込み、繋がらない光景なんて俺は要らない。それは、俺の才能がないからこそ、思えることだ。中途半端な才能が有れば、それっぽいピースを見つけて、埋め込めてしまうのだから。けど、今の俺には代わりのピースすら見つけられない。

 だからこそ、未完成でも完全なパズルのままで要られるのだから。


「……なんか、難しいね」


 チハナは俺の言葉に戸惑いながらそう言った。


「でも……なんか、分かるな」


 私も憧れていた高校生と、今の自分は全然違うから。チハナはどこか悲しそうだった。優秀な姉と違う自分を嘆いてるのかも知れない。

 薄い雲が空を覆う。

 暗い影が、俺たちの思いを隠すように伸びてきたのだった。

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