レター・レター・レター。



浮ついた言葉しか吐けないなら 口を開くのなんてやめてしまえ

軽々しく綺麗な言葉をしたためるつもりなら 指の先から筆を燃やしてしまえ

僕らはいっぱしの人間にすらなっていないのに

どうして人に何かを伝えようなんて思えたのだろうね

烏滸おこがましいにもほどがあると そうは思わないかい

僕は思ってしまったんだ だから筆を置くことにするよ


そんな手紙を読んだ 宛名は不明だ 郵便受けに今朝入っていた

雪の降りしきる二月の頭 白い世界はなく 汚い灰色だけが遠く泳いでいる

やることを後回しにして やりたいことだけをやっている僕はきっといま

クズやゴミと罵られても仕方のない生活をしているだろう

家族とは離れて暮らし 近くにいた人は去り

適度な距離を保てる上辺人間と 持ちつ持たれつやっている

でもそれが心底楽しい人生なんだから 客観的に見なくても本当に救えない


とまあ、そんなことを書いてある手紙が今朝 郵便受けから出て来たわけで

僕は頭を掻きながら戸惑ってみたりする まあ実際は驚いてすらない

一枚目はここにないからなんとも言えないが

ここにあるのは間違いなく自分の字だろうさ

こんなことを書いていた時期があったのだなあ

まだ時間は半年も経っていないけれど

いまは夏 入ったばかりのほうの


などとのたまう楽天的な自分の手紙が 今朝机の中に入っていた

引き出したきっかけは聞かないでくれ 欲しかったのはこれじゃなくてもっとこう

昔懐かしむ写真とかアルバムとか そういう類だったのだから

でも結局そっち方面の過去は一切見つからず

こっち方面の慙愧に耐えぬ過去は掘り出され

顔をそれなりに赤くしながら僕は読んだのさ

消印まで丁寧に書いてある こいつはもう 郵便受けから出てこないというのに

三年前の夏から 現在の銀杏いちょうの季節へ


黄色が輝いている 葉が緑と赤を交えて 山が萌え 僕の心は燃え

手紙に書いてあった手紙の真偽も

手紙に書いてあった手紙に書いてあった手紙の真偽もどうでもいい

そんなものを審議するつもりはない

なんてくだらぬ語呂遊びをしているのを隣にいた人に笑われて恥をかく

隣にいる人 一緒に季節を楽しめる人 車に乗って 林道を抜けて


厭世的になっていた最初の僕 見ているか

僕はいま能天気に文字を書いているぞ こんなのは自由だろ

烏滸がましいのはお前だ ざまあ見たことか


親しい人に去られたらしい二枚目の僕 見ているか

僕はいま傍に恋人を連れているぞ 彼女は口笛を吹いている

お前の楽しさを否定はしないが こっちもなかなか楽しいぞ

早く未来に来いよ


感情が薄れたふりをして気取っていた三枚目の僕 悔しがってるか

本当にあっけらかんとした幸せとはこういうものだよ

僕はいま浮かれながらポーカーフェイスの練習をしている

隣で相変わらず下手だねと笑う声がした まあこれも幸せのうちだ

変に世界を分かった気になってないで もう少し手を伸ばしてみなよ


最後にいま山で息を吸い込んでる僕 聞こえているよな

幸せはいつまでも続かない でもそんなことは幸せの渦中で考えたくないよな

じゃあ幸せの中で死ぬか? それは非建設的だ

何よりお前以外が悲しむかもしれないだろ あくまで可能性の話だけれど

とはいえ永遠の幸福を約束するのは誰にもできない 僕も僕も聖人じゃない

幸せじゃなくてもいいとか達観したら殴るぞ それじゃ逆行だ 手紙の中に戻れ

とはいえ解決策があるかと聞かれれば 困るのだけどなとか そんな野暮なことを言いに来たわけでもないんだ

もちろん いまを精一杯楽しめなんて わざわざいう必要もないし格好悪いよな

隣にいる人を大事にしろも以下同文だ 愚問過ぎて反吐が出る

息をするようにそうしろ

何が言いたいかというと

僕はこう言いたいんだ


僕はきっと、もう一度は手紙を書くよ

だからそのときはこう言わせてやりたいんだ


やあ四枚目の僕 お前はまだ幸せの入り口に立ったばかりだぞ

何かを分かったふりをするのが上手いのは変わってなかったみたいだな

幸せは続かないかもしれないけれど 幸せじゃないときを乗り越えればまた来る

かもしれない

それは正直個人差あるけども どうやら僕は人並みには運があるほうらしいから

ちゃんとやってればまた幸福の波は来るんだよ

それまでに耐え凌ぐスキルを磨いておいたらこうなれるから

続かない幸せを嘆くんじゃない 続かない幸せを繋ぐことを考えるんだ

お前、山にいたときはそんなことまで考えつきもしなかっただろう




僕はごそごそと机の中を漁って すこぶる格好悪い五枚の手紙を見つけた

破いてもよかったけれど もったいなくて結局もう一度しまってしまった

きっと僕はもう 自分への手紙など書きはしないだろう

そういうものを書いて紛らわせていた寂しさは

いまは自分なんかよりもずっと癒すのが得意なスペシャリストがちゃんといる

青い群青にきらめいていたすべてのごちゃまぜな感情は

たぶんこの日を迎えるために捨ててしまったけど

たぶん捨てる価値はあったんじゃないか


白い羽が舞う

白い光がさす

あなたが笑う

僕は心に誓う


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