流れ星



暗い夜が裂けた そこに星はない

蒼い線が 街の灯が薄めた天空に 鋭いエッジを効かせて


バケツに張った水に 消えかけた花火を突っ込んで

引導を渡す、その瞬間のように


静かに 燃え盛る最後の光を撒き散らして

死んでいった


それは流れ星で 星ではなかったと

翌日の報道は気のない顔で


裏にある 血も涙も 死も生も語らずに

垂れ流す


蛇口の栓は まだ締まらない


僕はうずくまる カーテンを締めきった 小綺麗な自室で

終わった人工衛星の残骸、長い時間を地球の重力に囚われた


役目の定まった 進む道の定まった

鉄の塊の 終焉を


でも僕もきっと いつかあなたを 忘れるだろう


暗い夜に咲いた 星じゃない流星

蒼い閃光 壊れる成層圏 ほとばしる小さな鉤爪


連鎖するプラズマに 無限の夢幻を詰め込んで

見上げた空、一瞬の出来事の中に


つぶさに 消え入る儚い光が浮かび上がる

あれは僕らだ


それは流れ星で 星ではないのだと

僕はとっくに知っていた


僕らもいつかあんなふうに

人が望む 大きな空に

刹那の火を吹き 死んでいきたい


誰かの目に留まり 心に短い印象を刻む

それだけでいい


せめて 名もない蒼炎のひとつとしてでいいから

僕にこの一生を 華々しく終えさせてくれないか


僕は星になれなくていい いつまでも空に浮かべなくていいから

一瞬でも 鮮烈に誰かの心に

この生を

刻ませてくれないか




決まったレールはいつだって ちっぽけな僕らを苦しめて

そう きっと自由なんて

はじめからなかったみたいにさ


まるで嘲りたいんだろう そう僕から責め返したいくらいには

むかつくほどあっさりと 胸の内から消えていくんだ


もう僕に 言葉は紡げないらしい

射し込む陽 いまは朝か昼か


明日を想う余裕どころか

いまを知る元気すらもない


この暗い道は

どこにつながっている


天井に 雲がはりついた

僕の部屋 ひがら曇り


雨は降らない 晴れないことを代償に

でも僕は 別に曇りも好きじゃない


この重い気持ちは

なにを望んでいる


撫でた絨毯の

柔らかな毛が

胸に沁みる


僕はいつまでもこうして

まるで猫の背を撫でるみたいに

甘え続けていくのだろうか


どんより深い沼に

僕は片足を踏み入れた


でも後退じゃない 前進だ

僕はいままで海に溺れていたんだ


きっとどこかに底のある

黒い黒い地面を見下ろして


僕は空気を吸った

久方ぶりの、命の香りがした


そのさきは

いまは想い描けないけど


いいんだ、光を見たいわけじゃない

ただ僕は、まだ死にたくないだけだ

それでじゅうぶんだろう


それは流れ星で 星ではないのだと

知っていたんじゃない 僕が望んだんだ


明るい夜天 心の中だけは

蒼い線が 街の灯が薄めた天空に 鋭いエッジを効かせて


バケツに張った水に 消えかけた花火を突っ込んで

引導を渡す、その瞬間のように


静かに 燃え盛る最後の光を撒き散らして

死んでいった


僕らもいつかあんなふうに

人が望む 大きな空に

刹那の火を吹き 死んでいきたい


誰かの目に留まり 心に短い印象を刻む

それだけでいい


せめて 名もない蒼炎のひとつとしてでいいから

僕にこの一生を 華々しく終えさせてくれないか


暗い夜が裂けた 僕は息を吸う

凍った空気は 肺を隅々まで刺し殺して


乾いた心だけを 痛々しく抉りだす

夜を紡ぎ 世を紡ぎ 余を紡ぐ僕らは


例えようもなく

大きな孤独に包まれて


この寂しさを

あますことなく受け容れた


僕は星になれなくていい いつまでも空に浮かべなくていいから

一瞬でも 鮮烈に誰かの心に

この生を

刻ませてはくれないか




あれは星ではなくて 流星だったのだと

あれから誰かが 誰かに云った


でももうどうでもいいんだ そんなことは

泣き崩れた亡骸 朽ち滅びた世界の一角を


僕もきっといつか 立派に演じてみせたい

呟いて鍵を開けた 僕はもうとわを捨てた


拾った砂の光 粉々の存在の結晶を抱いて

心は大きく息を吸った まずい身が縮こまる


小瓶に詰めた希望 生きるきっかけをくれたあなたを

心の海から引き揚げて 冬の夜闇にそっと置いた


水平線の彼方で 萎みきった運命

僕はきっと いつかあなたを 忘れるだろう


打ち寄せる波が いやに遠くで僕を呼んだ

どうも随分と たくさん歩いてきたらしい


いつしか足は 不安定なぬかるみを越えて

甲を貫く鋼の山に 歩を進めていたようだ


このさきを僕は知らない ならば望もうか

身も心も針のむしろになった果て 生の果てに

疲れた僕を労うように そびえ立つ崖がある


頭は

もう

空っぽだ




長い時間をかけて とうとう身を投げる魂

それはようやく いつぞやの願いのように

人が望む 大きな宇宙そら

刹那の火を吹き 死んでいく


でもそのときだけは どうか走馬灯の中で

少しはあなたを 想い出させてくれないか


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