アンタイトルド・アモル・ソムニア



洞窟の中から 景色を覆う滝を眺めている ある秋の昼

低い太陽が 葉を落とし始めた緑の木々に 光をつけて

見えない空に 水色が広がっていることを 僕に伝えた


明日晴れればいい 僕はそう言って目を閉じた

僕にとってその空は 晴れではない何かであり 少なくとも晴れではなかった


僕は世界に染まっていく


揺れる車内から 行楽地に誘う広告を見つめている 午後まえの朝

影と銀が コントラストしか持ち味のない写真に 熱を込めて

見えない遠くに 喜びが眠っていることを 僕に教えた


いつか行けたらいい 僕はそう思い目を閉じた

僕にとってその場所は ここではないどこかであり 少なくともここではなかった


僕は世界を染めていく


鉄の箱が組み合わさって 社会は壮大なジェンガゲームをしている

誰かを抜けば 誰かが倒れ

誰かが屑なら 誰かも化ける

鉄の箱が組み合わさって 僕らは厳粛なジェンガゲームをしている

誰かを押せば 誰かがたお

誰かを崩せば 誰かがひとり

脱落者の烙印とともに 光からして


滲んだ空にあなたの顔を浮かべ 僕はブロックを抜いた

それはいまではない何かであり 今日ではないいつかを消した




踏み鳴らしたタップから 幸せが零れ落ちていく ある痛い舞台の上

僕は世界にさよならを申し出 青い海の底を遥か凝視し

でも最後まで飛び込めずに 自分が思いの外臆病だと 知った


僕は世界に取り残されていく


取り零したチャイムから 会話が失われていく ある夜の帳

僕と君は 陽気さしか取り柄のない話題を 殴り殺して

見えている画が いかに浅いものかを 互いに示した


僕は世界を取り残していく


紙の壁が重なり合って 世界は壮大なトランプ遊びをしている

何かを抜けば 何かが壊れ

ゴミに見えるものを 侮っては負け

紙の壁が重なり合って 僕らは退屈なトランプ遊びに興じている

誰かを煽れば 流れが狂い

誰かを省けば ときに誰もが

そのひとりを闇へと墜として 光へ上がって


焼ける空にあなたの声を浮かべ 僕はカードを引いた

それはジョーカーではない何かであり 少なくとも僕に 勝ちはまだ見えなかった




居場所を求め また彷徨いゆく 僕らの安寧は未だ ここにはないままで




病み上がりの僕に温かい手のひらを 手のひらをください お願いします

その熱は 僕ではない何かであり 少なくとも僕ではない誰かからの

最高の贈り物 最大の生きる激励


干からびた僕に潤った抱擁を 抱擁をください 懇願しています

その柔らかさは 僕ではない誰かであり 僕ではない何かからの

涙が出るような贈り物 最大の吼える力


嗚呼 僕は

言えないよ けれど 伝えたい そうだ 君のことが

これは嘘ではない何かであり 少なくともうそぶいた愛 以上の感情

意図せずに漏れ出した 寂しさの代償 交錯の温床 絆の紋章


ああ 会いたいよ 会いたいな 会いたいんだ ほんとうに たまにだけれど

これは僕ではない誰かであり 僕を誰よりわかってくれる人と

初めて出逢ってから 覚えた思慕 積もった霜 想いの始祖


いまがそのたまになんだ


星回る空にあなたの熱を描き 僕は目を瞑った

僕にとってこれは恋物語でない鎖であり 少なくともくさびではない繋がり

甘く囁けはしない 魂の核で疼く 依存の形だった




僕は世界と生きていく




愛のうたが響き合って 僕らは壮大な伝言ゲームをしている

誰かを惹けば 誰かが身引き

無言が通れば 誰かが迷う

でも愛の詩が響き合って 僕らの伝言ゲームは偉大になる

誰かを好いて 誰かを守り

誰かを愛せば 誰かがひとり

脱落者の福音とともに ふたりへ堕して


星墜ちる空にふたりの明日を夢見 僕らは唇を重ねた

僕にとってこれは恋物語でない鎖であり 少なくとも楔ではない繋がり

甘く囁けはしない 魂の奥で燃える 存在の答えだった


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