第3回 日取り
3
桜下に頼んで葵と連絡をとったのは、さらに数日してからだった。
葵に読ませるために、六星社文学のレポートをさらにブラッシュアップしていた。王炊章一論の方は、完成と見なして、放置してある。
桜下は一度電話を切り、またかけ直してきた。自室の、組み立て直したベッドに横たわって、鏡子はそれを受ける。
「二十、何日だって?」
「二十……」
桜下の声は心なし苦しそうだった。
日付がはっきりしない。携帯の電波が悪いのかな、とさらに聞き返す。
「何日?」
「二十、四日っす。葵くんはクリスマスイヴを指定してきました」
なんだ、喪女の僕へのサービスのつもりか、それとも、「どうせクリスマスイヴはお暇でしょう?」と嘲っているのか?
と少し自虐的な思考になる。
「うん、わかった。審査会の前日だな。場所と時間は?」
「
伝えられた、新しい葵のメールアドレスを書きとめる。
「仮添江市、ふうん。六星社じゃないのか」
鏡子の実家がある街だ。京都府北部の、兵庫との県境の盆地にあるその地方都市までは、六星社からだとほぼ府を縦断することになる。
「ちょっと遠いすけど。二十五日の朝一で六星社に戻ってこれますよ。審査会は午後からですから、間に合うでしょう」
「泊まる理由がないだろ。最終で、夜のうちに戻ってくるさ」
あら、そうなんですか、と桜下は意味ありげに笑う。
「そうだよ。会ったところで、今さら葵くんとどうこうなったりしないさ」
「では何のために行かれるんです?」
桜下は不思議そうだ。
「怪盗と決着をつけるのは、探偵の宿命だナ」
ととぼけて見せる。
葵への未練が、ないわけではなかった。好きだった。
だがあの夏の日、鏡子の前から姿を消し――会ってやる、と言わんばかりの挑発をしてきたことは、鏡子の誇りを傷つけた。
決着をつけるため、というのは本当だ。彼が文書館にいた理由を知りたい、という気持ちにはいまも変わりはない。
それが探偵としての決着だ。
だがその前に、葵は、鏡子が文学研究者(の卵)であるから、興味を持ち、挑戦してきたのだ。であるからには、鏡子も文学研究者として応じなければならない。
「ああそうすか。じゃあせいぜい、がんばって怪盗を捕まえてくださいな」
かすかに腹を立てているように感じられる。本音を言わないことが気にくわないのかもしれない。だが、鏡子も桜下に何もかも話す義理はない。
「うむ。そのつもりだ」
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