それから、夜ごと起こった怪異は全くなくなった。

 それだけではなく、後藤はもうあのなんだかよくわからないものを一切見なくなった。

 それは白沢庵の言ったように化け物が広まったという訳ではなく、ただ後藤が「見る」力を失っただけなのだろう。

 ずっと煩わしく思っていたものが急に見えなくなると、後藤はなんだか気が抜けてしまった。

 つまらない男になったと白沢庵に言われたのも頷ける。実際、後藤は毎日をつまらなく過ごしている。

 あの百物語の翌日、浅井と山岡はすぐに京に帰っていった。二人共何やら満足したように顔を綻ばせて後藤に顔を見せに来たのを覚えている。何がそんなに面白いのか、もう後藤にはわからなかった。

 白沢庵に行こうと何度か道を歩いたが、あれから一度も辿り着けたことがない。もう自分にあの荒ら家に向かう資格がなくなったのかと妙に納得した。一度それらしい通りに出たことはあるが、どこにも庵と呼べるものはなかった。ひょっとすると知らぬ内に取り壊されただけなのかもしれないが、後藤は自分で納得した方で通すことにした。

 春が終わる頃、後藤は手元にあった「諸処妖怪談」を庭で燃やした。

 前作よりは売れたが、所詮それは酷い有様だった前作と比べてであり、普通に見れば大した評判ではなかった。人気もないので再び刊行されることもないだろう。今出回っている本が全てで、それがなくなれば完全に消えてなくなる。

 この本は白沢庵の言葉だ。後藤を誑かし、支え、導いた男の言葉だ。

 ならば――消してしまうのが正解だろう。

 誰にも読まれず、時の流れの中で完全に消えてしまう。それが、この本には、後藤には、白沢庵には相応しい。

『諸処妖怪談』は、灰となって散っていった。

 後藤は、酷く安堵した。

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