♯21 奪う力


 太陽の光で目が霞む。日曜日の天気は快晴だった。夢を見たせいか、気分は優れない目覚めだった。多分、悪夢の部類だろう。

 果たして、舞台は終幕を迎えた。東先生は先生の職を止め、警察に出頭するとのことだった。昨日はそういうことで話をつけ、それぞれ帰宅した。黄昏先輩には聞きたいことがあったのだが、呼び止めを無視して行ってしまった。彼女の後姿を悲し気な表情で見つめる下吹越先輩は、見ていて心苦しかった。

 結局のところ、僕は脚本家ではなく、出演者キャスト。否、操り人形マリオネット同然だろう。僕はそれを事実か確かめることにした。机の上の充電率100%の携帯電話を手に取ると電話帳を開いた。


「もしもし、浩輝か?」

『んー、浩輝だけど?』

 

 数回のコールのあとに電話にでたのは浩輝だ。


「今から会えるか?」

『先客あり。無理だ』

「重要なんだけど」

『……白百合駅に来てくれ。時間は30分しかとれないけどいいか?』

「ああ、無理言ってすまない。ありがとう」


 電話を切ると、外出の準備を始めた。



「よぉ、健巳」

「おはよう」


 午前11時10分。

 待ち合わせ場所は白百合駅の北口を出てすぐにある、野宇のう公園にした。僕が公園に着くと、すでに浩輝はベンチに座ってスマートホンを触っていた。

 公園内は日曜日で快晴というのもあり、子連れの家族が目立っていた。


「急に呼び出して悪かった」

「いや、いいんだ。俺も話がしたかったしな」


 浩輝はスマートホンを胸ポケットにしまうと、いつになく真剣な表情をした。


「色は取り戻せたのか?」

「いいや、まだ。結局、クルミ先輩との約束は果たせないみたいだから返してもらえないかも」


 僕はそう言って自虐的な笑みを浮かべた。


「……そうか。それで、話ってのはそのことか?」

「そのことはいいんだ。まずは、クルミ先輩は全知全能なのか?」

「違う。全知全能ではない……と思う。というか、思いたい」


 思いたいのは僕も同意見だ。

 次の質問を投げかける。


「色を盗める人間は他にもいるのか?」


 しばらくの沈黙の後、はーっと息を吐いてから浩輝は答えた。


「色を盗める……奪うことのできる人はクルミ先輩ただ1人だよ。でも、健巳が聞きたいのは、そんな風な能力を持った人間がいるのかっていう質問でしょ?」

「その通り」


 クルミ先輩が全知全能でないならば、説明のつかない点がいくつかあった。となると、クルミ先輩のような常識を超えた能力を持つ人間が他にもいる可能性がある。というのが僕の考えだ。

 突然、ブザー音が鳴った。浩輝のスマートホンのようだ。


「健巳、先客が俺のことをせかしてるから重要なことだけ伝えるぞ」


 時間を割いて教えてもらうのだから無理強いは良くない。僕は渋々頷いた。


「この世界には特定のものを奪う能力を持つ人間がいる。1人が持つ奪う物は特定の1つのものに限られる。クルミ先輩は"色"を奪う能力を持っている。よって色のみを奪うことができる。クルミ先輩の他にも奪う能力を持った人間をクルミ先輩と俺を含め、5人知ってる」

「……おい、浩輝を含めるのか?」


 浩輝は頷いて立ち上がった。


「ああ、そうだ。俺の奪えるものは――"情報"だ」


 浩輝はやり切ったような表情をして時間だ、と言って走って公園を出て行った。残った僕はというと、未だにベンチに腰を下ろしたままで、奪う能力について考えていた。僕に送られてきた写真が奪う能力によるものだとすれば納得がいく。どういった能力か詳しくは分からないが、それしか説明がつかない。あの写真はクルミ先輩によるものだと思っていたが、別の人物によるものだったのだ。そこから様々な考えが浮かぶが、直接クルミ先輩と話してみなければ分からないと悟り、考えることを止めた。

 遠くの景色を眺め、子供たちが楽しそうに遊んでいるのに目を向ける。最近は遊具が危険だからと言って、公園から遊具が消えているというニュースを見た。この公園も例外では無いようで、ブランコと滑り台しか遊具がない。学校の校庭ほどの広さなのに、この数はずいぶんと寂しい。

 小学校を思い出す。三日月小学校の校庭はそこまで広くはない。そのため、遊具がブランコと鉄棒だけだった。僕の頃は何をして遊んでいただろうかと思いだしてみるものの、すっかりとその記憶は消えていた。

 はぁとため息を吐く。携帯電話を取り出し、次なる訪問を決めた。


「そろそろかなー、とは思ってたよ」


 3回目の呼び出しで応答したのはクルミ先輩だ。


「話がしたいんですけど」

『おーけー、3秒後からにしようか』

「3秒?」

「……はい、3秒経ちました!」


 その声は耳元ではなく、目の前から聞こえた。顔を上げると、上はTシャツで下はジーパンという普段見慣れない恰好をしたクルミ先輩が立っていた。


「どうしてここに……?」

「この公園に来てたら、たまたま君を見つけただけだよ」


 ここで嘘ですよね?と問うたところでまともな返答がこないのは解り切っていたことなので、その気は無かった。


「それじゃあ、話をしようか――」


 クルミ先輩はクルリと180度回転して、言葉を付け足した。


「ラーメンでも食べながら」



 クルミ先輩に連れられてやってきたのは商店街の路地裏だった。そこは人通りがなく、昼だというのに薄暗い。奥へ奥へと進むに連れて、ラーメン屋が本当にあるのだろうかと不安に駆られる。周りはシャッターが下ろされていて、開店中の店はない。

 しばらくして、ひと一人がようやく通れそうな路地に先輩が無理やり入り込んだ。


「先輩、ここを通るんですか?」

「ええ、もちろんよー」


 そんな返答を真に受けとるつもりは無かったが、この路地を進む他、僕に残された道はない。ひとつため息を吐いて、僕もクルミ先輩に続いて路地へ入り込む。

 ようやく狭い路地を抜けると、目の前には一軒の店が僕たちを待っていたかのように構えていた。


「ここが世界一旨いラーメン屋よ」


 確かに暖簾には"らーめん"と書いてある。しかし、


「世界一ですか……?」

「ええ、世界一よ。色紙君も絶対にそう思うわよ」


 そう言ってクルミ先輩は暖簾を潜った。

 世界一とは疑わしい。店の常連なら「この店の料理は世界一旨い」というだろう。クルミ先輩は常連のようだし、その枠に入る。とは言っても、こればかりは食べてみないと分からない。結局は客がそれを決めるのだから。

 クルミ先輩の後に続いて僕も暖簾を潜る。

 店の中はカウンター席が5つで、右端にクルミ先輩は座っていた。クルミ先輩は厨房にいる男性に「いつものを今日は2つで」と言ったところだった。男性はこちらに一瞬目を向けると「待ってろ」と呟いて店の奥へ消えた。おそらく、このラーメン屋の店主だろう。


「さて、色紙君。何の話からすればいい?」


 席に着くと同時に先輩は尋ねる。顎に手を置いて少し考えてから、答える。


「……僕は、約束を達成することができたんですか?」

「そうだねー、80%は達成できたと思うよ。でも100%じゃないとダメだからね!」


 先輩は指でバツ印をつくる。つまり、100%になるまでもうひと波あるということだろう。


「それと言い忘れてたんだけど、約束が100%達成された瞬間に色は色紙君の元に戻ることになってるからね」

「わかりました」


 先輩はテーブルに置いてあった水をほんの少し飲んだ。コップを置くと指を2本立てた。一瞬、ピースサインかと思ったが、2つ目の質問をしろということだろう。


「奪う能力について聞きたいです」

「うげっ……、浩輝君に聞いちゃった?」

「はい、聞いちゃいました」

「はぁー、こっちの世界に干渉させないようにしろって言ったのになー」

「こっちの世界?」

「んー、まあいいか。どっちにしろ私が教えてただろうし……。こっちの世界っていうのは、能力者のことだよ。こっちの世界は普通の世界、一般人には深く干渉しないのは言わなくても分かるよね?」


 私が言えたもんじゃないけどね、と笑う。


「さて、"奪う能力"については聞いたかな?」


 少しはと頷くと、先輩は話を続けた。


「よろしい。この奪う能力は誰もが持ってるものじゃない。特別な人が持ってるんだよ。特別な人については伏せておくよ。これについて知っている人は私と浩輝しかいない……と思う。何せ、能力を持っている知り合いが少ないからね」


 先輩はこれで終わりというように肩を竦めた。能力者についてはもう少し聞きたかったのだが、問うても絶対に教えてはくれないだろう。先輩はそういう人だ。


「あの、奪う能力は一種類しか持てないんですか?」

「うん。そうだね」

「それじゃあ、僕が最初に先輩とあった時に僕の靴下を奪ったのはどういうことなんですか?」


 僕は靴下が奪われた時の衝撃を思いだした。これがきっかけで、色を奪うなんて常識はずれのことを信じたのだ。


「アレはトリックということですか?」

「……企業秘密、ということで」

「……そうですか」


 どうやら隠していることがあるようだ。やはり、クルミ先輩を完全に信じるということはできなそうだ。


「はいよ」


 その時、店主がラーメンを持って店の奥から出てきた。


「それじゃあ、お話は一旦中断ね」


 クルミ先輩は割り箸を手に取ると綺麗に割り、いただきますと言ってラーメンを頬張る。その光景を見ていると、僕のお腹が鳴ってしまった。

 目の前にあるラーメンは、2枚の大きなチャーシュー、大きな海苔が1枚、大量のネギ、メンマは一般的な量だろう。スープの色合いから醤油ラーメンだろうか。

 まずは、スープを蓮華に掬い取り、飲む。濃く深い醤油だった。けれども、後味としては強く残らず、スッキリとした味が口内に残った。

 続いて麺。麺はストレートの細麺だ。麺を割り箸で掴み、啜る。スープとの相性がとてもよく、麺のもちもち感が素晴らしかった。


「……旨い」


 と、つい口に出す。


「これが世界一旨いラーメンだよ」


 クルミ先輩がニッと笑う。先輩に言う通り、過言ではないと思わせる旨さだ。

 10分も立たないうちにラーメンは胃の中へ消えていった。普段、スープまでは飲まないが、このラーメンはスープまですべて綺麗に食した。それほど旨い。


「……さて、」


 少しの休憩を挟んで、先輩は4つの指を立てた。


「あ、最後の質問ね。よーく考えて質問してね」


 と言葉を添えて。

 残り1つとなったが、深く考えるつもりは無かった。ラーメンを食べている時にこうなる予感がしていたので。すでに考えていたのだ。


「―――僕は、配役キャスティングミスですか?」


 この問いにクルミ先輩は、フフッと不敵に笑ったまま何も答えなかった。



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る