♯20 夢の中の色


「おお、色紙君。今日はどうして―――下吹越に黄昏じゃないか!」

「こんにちわ。今日はお話が伺いに来ました」

「そうかそうか」


東先生はニコニコと笑顔をつくり、大きく頷いた。


「―――ウサギを殺したのはあなたですよね?」


 その問いに、東先生は表情を変えず、沈黙した。



 僕の携帯電話に届いた写真の1枚目は、ウサギが死んでいるとても残酷な写真だった。そう認識した途端、一瞬の吐き気を催したがギリギリで押さえる。たぶん、色がついていたら耐えられなかっただろう。

 冷静になろうと一旦ベッドに腰を下ろす。完璧に冴えわたった頭をフル回転させて、この写真の意味を考える。

 最初の問題というか、根本的問題が、本物なのかだ。今のご時世、偽造写真など山ほどある。これが偽造写真だとしたら、僕の脚本の根底が揺らぐことになる。

 この写真が本物だとすると、次の疑問は誰から送られてきたか。……思い当たる人物は1人いる。しかし、ここから答えを導き出すのは無理な事だろう。答えを出すたびに比例するように疑問が浮かび上がる人物だからだ。

 最後は、2枚目の写真の存在だった。

 2枚目の写真には―――


 吐き気が込み上げてきた。



「先生はウサギたちを殺して、それを動物のせいだと言った。それはなぜです?」

「当たり前じゃないか。あんな惨いことをやるのは狸とか狐とか、肉食動物だろう」

「ですが、学校の近くに山がありません。動物たちの住処が追いやられているというニュースを見たことがありますが、それにしてもここは市街地に近い。狸や狐が殺したというのは無理がありませんか?」

「そんなこと言われてもなぁ。……そもそも、私が殺したという証拠はあるのかね?証拠もなしに私がウサギたちを殺したと言っているのなら、君は人間としての価値は無いぞ!」


 東先生は少しばかり苛立っているようだ。たしかに、証拠もなしにウサギたちを殺したと言われれば起こるのが当然だ。

 ここで、証拠を提示する。


「これを見てください」

 

 僕は携帯電話を取り出し、2枚目の写真を先生に見せる。


「こ、これは!」


 さすがに焦りを感じたのだろう。


「そうです。東先生が《《ウサギたちを殺す瞬間》》を撮った写真です」

「ちょ、ちょっと!どういうことなの!?そんな写真見てないわよ!」


 下吹越先輩が声を張り上げる。


「見せるわけありません。さすがに下吹越先輩には見せられません。僕は1回吐きました」

「で、でも……」

「いい加減にしろ!」


 東先生が金切り声を上げる。ベッドが軋む。幸い、東先生の病室は個室なので、他の患者さんに迷惑は掛からないだろうが、もしかしたら廊下には聞こえてしまったかもしれない。


「そんな写真出鱈目に決まっている!君は騙されているんだ!最近の写真加工技術は進んでいるからな。その写真は加工されているはずだ!」


 ここまでは僕の脚本通りだ。しかし、想定外なことが起きてしまう。


「そうだ、黄昏も彼に間違えをしてきしてあげなさい」


 ここで彼女の名前を呼ばれるのは想定外だった。そもそも、黄昏先輩がここにいる時点でイレギュラーだったのだ。名前を呼ばれた黄昏先輩はゆっくりと僕に近づく。―――しかし、

 

「君なら彼の間違いを―――」


 東先生の声はバシッ!という大きな音に遮られた。その音の正体は僕を通り過ぎ、東先生のベッドの脇に立っている黄昏先輩が放った平手打ちだった。


「いい加減にしてください!」


 黄昏先輩は東先生に言い放つ。


「あなたはウサギたちを殺した。その事実を認めてください!私は知ってるんですよ。あなたは動物を殺す"趣味"がある。この1年間、あなたを監視して分かりましたよ。あなたを付けて、東京まで行ったときもありました。あなたが東京で何をしているかと思っていたら―――」


 黄昏先輩は目を鋭くする。


「人を殺すことまでしてたんですね」

「……人を殺す!?」


 黄昏先輩の告白に、下吹越先輩は動揺を隠せない。僕も表情には出さないが"人を殺していた"ことについては衝撃的だった。これなら、黄昏先輩が"巨悪の根源"という表現を使ったことに納得がいく。


「……黄昏、何を言ってるんだ。君もどうかしてしまったのか?」


 東先生は平然と言った。しかし、額からの脂汗は真実を物語っている。


「ふざけるな!」


 再びの怒号。


「私は生物の先生だ!そんな人が生き物を殺すわけがないだろう!」

「……先生、僕はあなたがウサギを殺したとは思いたくありません。ましてや、人を殺したなんて。でも、僕たちは証拠を持っているんです。この証拠が偽造されたかは警察に見てもらいます」

「警察っ!」


 これには東先生だけでなく、下吹越先輩と黄昏先輩も驚いたようで。


「……本気なの、色紙君?」


 下吹越先輩は声を落として尋ねる。


「ええ、本気です。最初は警察に通報するかは東先生の対応次第でしたが、人を殺しているのというのを聞いて決めました。……あ、黄昏先輩、東先生が人を殺したという証拠は―――」

「あああぁぁぁ、ああああああっっ!!!ぐあああああぁ!!!」


 東先生は奇声とも捉えられる声で叫んだ。今度こそ誰かが駆けつけるだろう。

 病室の窓の外から風が吹き、カーテンを躍らせる。


「先生」


 こうして、エンディングを迎える。


「あなたは」


 僕はこれでいいんだろうか?

 

 本当に僕の脚本をしていたのか?


 それとも、僕は演じたのか?


「罪を犯した」


 ―――音が消えた。

  




 夢を見た。


 色のある夢。





 僕は、青が広がる海に立っていた。海と言っても海面は薄く、波は立っていない。歩き出すと、僕に合わせて波が揺れた。太陽の光で乱反射が起きる。


「さて、色紙君に問題です」


 大人びた女性の声が遠くから聞こえてきた。どこかで聞いたことがある。


「君は"巨悪の根源"を倒すことができた。それじゃあ、どうやって?」


 それは―――

 僕は言葉に詰まる。そうだ。僕はどうやって"巨悪の根源"を倒すことができたのだろうか。


「君は脚本をしていた?本当にそうかな?―――どこが脚本だったのさ?」


 女性は嘲笑うかのように言った。


「証拠はすべて、私が揃えた。君はなにもしなかったんだよ。いや……できなかったんだ」


 そうだ。僕が脚本をしていたわけでは無かった。0から1を生み出してはいなかった。1を10にしただけだ。


「本当は、すべて私が脚本していたんだよ。君は演者に過ぎない。演者がでしゃばるなって感じだね」


 カラカラと彼女は笑う。


「でもさ、面白かったよ。さあ、あの約束はとにかく、1つだけ色を返してあげるよ」


 でも、僕には色がみえる。


「それは違うんだよ。今君が見えているのは外面的色じゃない」


 それじゃあ、何?


「内面的色、心さ」


 太陽がいつの間にか傾いていて、海が赤く燃え上がった。


「……心?」


 無意識に呟く。


「そう。心。心は色を表現している。赤く燃えあげればその分興奮する。青く染まれば集中力が高まる。緑は心が静まる」


 何が言いたい?


「君が色を取り戻すのは、心を取り戻すここと同じなんだ。それほど色は重要なものだ。……例を出そう」


 女性の声はそこで一度途切れる。再び声がした時には僕の後ろに回られたような感覚だった。


「色、と言っても白と黒の話。1960年、アメリカではケネディとニクソンの大統領選があった。当時、有名ではなかったケネディはニクソンに敗れるだろうと予想が大半を占めていた。その中で、テレビ出演による演説は4回あった。ケネディは濃い色の服を。ニクソンは薄い色の服を着た。当時はモノクロテレビだったからケネディは濃いグレー。ニクソンは薄いグレーで表示された。そのためにニクソンのイメージが頼りなさそうに見えた。結果、その年の大統領選ではケネディが勝利を収めた」


 それだけのことで?


「まあ、そのおかげで勝利したとは言い切れないけど、勝因の1つにはなったんだ。ちなめに、ケネディは戦略として濃い服を選んだんだ。そのことが世間に広がると、様々な戦略で色を重要視することが増えた」


 本当に?


「本当だよ」


 そんなに大切なものを僕から奪ったのはなぜ?


「それは―――」


 女性が言いかけたその時、海が青白く光った。


「おっと、時間みたいだね。この続きはまた今度だ」


 声がだんだんと遠くなっていく。


「次は私の力が及ばない。脚本ではなく、観客として楽しむことにするよ」


 やがて、声は消えた。


 世界も消えた。


 



 


 


 

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