♯17 不安


「うおおおおおっっ!!!」


 ドンドコドンドコと、七彩は太鼓を叩くリズムゲームに没頭している。声の割にはリズムが取れておらず、スコアが低い。


「どりゃあああああああっ!!!」


 連打のマークが出ているので、雄叫びと共に撥を勢いよく振る。―――結果、4連打。


「力入れすぎじゃないか?」


 総合スコアは10500点だった。『もう少し頑張れジャン!』と言われている。


「悔しいぃ~!」

「七彩にはリズムゲームの才能がないみたいだな」

「それはたけちゃんもでしょ!」

「……」


 返す言葉がない。

 僕の総合スコアは9800点だった。それもそのはず、このゲームは太鼓の中心と淵を叩くのだが、どちらを叩くかの指示が色で表示されていたらしく、スコアは低いものになってしまったのだ。


「そうだ、他のゲームをやってみよう。―――シューティングゲームはどうだ?」


 ゾンビを銃で倒す、どこにでもありそうなシューティングゲームを指差す。


「フフフッ……」


 突然、七彩は不敵に笑みを浮かばせた。


「急にどうした?」

ゾンビ狩りハンターと呼ばれた私に挑戦するとは、度胸のある男だな!」

「……」


 これは面倒なことになってきた。



 自称ゾンビ狩りハンターというだけはある。

 

 七彩はゾンビたちをほとんどヘッドショットで仕留め、コンテニューなしでラスボスまで到達。そのラスボスはノーダメージであっさりと撃退された。このシューティングゲームは2人で協力して遊ぶものだったが、ほとんど七彩による独壇場で、僕はゾンビにやられないように必死に逃げ回るだけだった。


「たけちゃんよ、私の実力を思い知ったかーっ!」

「はいはい、思い知りましたよ」

「それじゃあ、もう一回だ!」

「もう一回やるのか」


 このような具合に、僕と七彩はゲームセンターにある様々なゲームを巡って行った。ふと時計を見ると、6時30分を過ぎたころだった。そろそろゲームセンターを出ようという話になって最後にエアーホッケーをやって、ゲームセンターをあとにする。そして、エスカレ―ターに乗って、4階の書店へ向かい"ムー"を買ってCDCを後にした。


「いやぁー、今日は満足だよ」

「それは良かった」


 電車の中でそんなことを話す。


「たけちゃんはどうだった?」

「楽しかった」

「そっか。それなら私も楽しい」


 飛び切りの笑顔を向けて言った。


「七彩は僕が楽しいと楽しいのか?」

「そうだよ」

「……そうか」

「……」

「……」

「……」

「……うっ!」


 七彩の肘が僕の脇腹を強打した。


「なんでかなー」

「こっちの台詞なんだけど」


 突然の腹部強打に見舞われたら、誰だって「なんだよ!」という気持ちになる。


「はぁー、理由は聞かないくていいから」

「ものすごく聞きたいな」

「…………」


 どうやら無言を突き通すようだ。この調子だと理由を聞けないと思い諦めることにする。


「次は三日月、三日月。お出口は左側です。降りる際には―――」


 そろそろ三日月に到着するようだ。

 僕はすっかり暗くなった空に輝く満月を眺めながら、電車が停車するのを待った。



「たーけちゃん!」

「ん」


 駅に降りてから5分経ち、もうすぐ七彩の家に辿り着くといったところだ。


「次のデートはどうする?」

「次もあるのか」

「もちろん!」


 親指を立てて言った。ゲームセンターで遊んだというのにまだまだ遊び足りないようだ。


「期末テストが終わったらな」

「うっ、期末テスト……」


 急に暗い顔して肩を震えさせた。そんなに怖いものではないのだが。しかし、それれも一瞬のことで顔を上げて自信に満ちた顔をしている。―――いや、何か思いついた顔だ。


「―――ふふふ、それは大丈夫だよ。だって、たけちゃんがいるじゃん!」


 つまり、また勉強を教えろというわけだ。


「今度は教えないぞ」


 僕が七彩に勉強を教えたのはクルミ先輩からのであって、家庭教師でもないのだ。


「たけちゃん先生、そこを何とかお願いしますよ~」


 七彩は手を合わせて頼み込む。


「んー……」


 首を捻る。

 たっぷり10秒考えた後、パッとアイデアが浮かんだ。


「”超贅沢肉まん”で手を打とう」



 金曜日の昼休み。今日は朝から曇天の空模様で、教室にはなんとなくどんよりとした空気が漂っていた。

 しかし、そんな空気を気にしない……というか吹き飛ばす感じの人もいる。


「だーかーらー!」


 教室中に、もしかしたら廊下にも響く大声を僕の目の前で披露しているのは学級委員長である蒼月有希だ。


「なんであんたがそのことを知ってるのよ!」


 ”なんで"と問われて、教室中の視線を集めている理由については数分前のことに遡る。



「色紙君、あなた、まだ先生に言われていたプリントだしてないわよ」


 4時間目が終わった直後、僕の横をたまたま通り過ぎた蒼月が思いだしたかの様に言った。


「何のプリントだ?」

「国語の宿題よ」


 そう言われて、先週の国語の時間に、宿題を出していない人は金曜日までに出すように言われていたのを思い出した。


「そういえば、そんなのもあったな」

「早く出してきた方がいいわよ」

「分かった。教えてくれてありがと」

「べ、別に、お礼を言われるまでもないわよ!」


 "学級委員長でツンデレ"、といういかにもな少女である。


「あ、そうだ」


 ここであることを思いだした。先日、七彩とのでぃ―――ショッピングの最中に言っていたことだ。


『今度ユキちゃんに陰謀論について聞いてみてよ。私じゃあよく分からなかったの―――』


 ”陰謀論"について聞いてみようではないか。



「陰謀論についての話を聞きたいんだけど」


 そう尋ねた瞬間、蒼月の顔がカァと赤くなる。


「ちょ、な、なんでそんなこと、ワタシに聞くのよ!そ、そもそもインボウロンって何かしら!」

「七彩が蒼月から陰謀論について聞いたって……」


 ちなめに、その七彩は昼休みが始まった途端にどこかへ行ってしまってたので不在だ。


「な、何のことかしら!」

「七彩が言ってたよ。蒼月の話がよく分からなかったから代わりに聞いといてって―――」

「なんであんたがそのことを知ってるのよ!」



 と、今に至る。


「その口ぶりからして、陰謀論についての話は認めるってことだな」


 蒼月は熱くなっている顔を冷やそうと、両手で頬を一瞬だけ覆うと、僕のことを指差して言い放つ。


「そうよ!それで、陰謀論のどこが悪いのよ!」


 そんなこと一言も言っていない。


「とりあえず、落ち着いたら?」

「お、落ち着いていられるわけないわよ!あんたが陰謀論なんて言うから!」


 陰謀論とはタブーな発言なのか。


「はぁ、分ったよ。すまなかった。……はい、これでこの話は終わりだ」


 周りの目が痛くなってきたので一刻も早く蒼月とのやり取りを終わりにしたかった。しかし、現実はそう甘くはなく―――


「お、終わりにするわけないでしょう!」


 蒼月は僕の胸ぐらをつかんでそう言う。


 ―――ああ、実に面倒だ。


 ここで、思わぬ助け舟がやって来た。


「ちょっと、あなたたち何やってるの!?」


 声の主は教室の扉の前に立つ人物、我らが担任(年齢不詳)の黒葛原先生だった。そして、先生の問いに答えたのは教卓の前に座る坊主頭だった。


「委員長と色紙君がイチャイチャしてまーす」


 その一言を発した瞬間、教室の空気が凍った。冷気がどこからともなく現れ、背筋を震わせた。そして、冷気の中心に立つのは、蒼月有希だった。彼女は鋭い目つきで坊主頭を睨めつける。坊主頭は気配を感じて微動だにしなくなった。

 睨めつける蒼月、不動の坊主頭。一触即発の事態にクラス中の視線が集まる。


 そこへ―――


「有希ちゃーん!……どうしたの?」


 教室へ七彩が入って来たのだ。

 場の空気は一変する。


「あ、七彩ちゃん!何でもないよ?」


 蒼月の今までの態度が一変し、さっきまでの殺気を帯びる目つきは無くなっていた。


「ふーん……あ、そうだ、中庭でお昼ご飯食べにいこっ!」

「うん!行くよ!」


 蒼月は自分の机に置いてあった弁当を手に取ると、そのまま七彩と共に教室を出た。しかし、彼女が教室を出るために坊主頭の横を通り過ぎた瞬間、蒼月が彼の肩に手を置いたことを見逃すものはいなかっただろう。


「……あ、そうだ!」


 嵐が去った教室で、第一声を上げたのは黒葛原先生だった。


「色紙君、ちょっといいかしら」


 突然の指名だ。瞬時に今日の出来事を振り返る。

 問題行動は起こしていない。となると、提出物関係か?……もしかしたらもう一度、生徒会に入ってくれというお願いだろうか?

 

 様々な予測をならべていくも、検討はつかなかった。


「なんでしょうか?」

「急いで帰る支度をしてちょうだい」

「どうして―――」

「急いで!」


 先生が血相を変えて叫んだ。

 

「……はい」


 僕は先生の指示通り、不安を覚えつつも帰る支度を始めた。






 

 

 

 

 

 



 

 

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