♯15 蘇る記憶の断片


「あら~、今日は新しい子がいるわ!ん!違うわね・・・。どっかで見たことが・・・あっ!緑君ね!えーっと、緑善崇君!」


 七彩宅にお邪魔すると、早速七彩母のマシンガントークに捕まってしまったと確信した。


「はい!そうです!覚えていてくれてありがとうございます!」

「たしか、緑君ってバドミントン強かったわよね?」

「はい!先日の大会では優勝しました!」


 緑も話に乗るとは・・・。これは、なかなか話が終わらない気がしてきた。


「あら!すごいじゃない!七彩もバドミントン続けてればよかったのに・・・」

「私はいいの!高校でやりたいことあったから!」

「ふーん、やりたいことねぇ・・・」


 七彩母は訝しい目を向ける。


「まだ、やってないだけだもん!」

「はいはい。分かったわよ。さあ、上がって上がって」


 七彩母は僕たちを中へ誘導した。


「今日はパウンドケーキを作ったのよ!」

「今日は・・・?」


 緑がその言葉に反応した。注意深く人の話を聞いてるなと感心すると同時に、後で何か言われそうだと察した。

 僕たちは再び七彩母のマシンガントークで乱射されないように七彩の誘導の元、七彩の部屋に来た。


「いやぁ~、城山さんのお母さんは面白い人だな~」


 と緑は七彩母の感想を述べると


「うるさいだけだよ」


 と七彩は素っ気なく返した。


「さ、たけちゃん、勉強始めよ。今日はテストするんでしょ?」

「ああ。えーっと、どこだっけ・・・。おっ、あった」


 僕は鞄からプリントを取り出して机に並べていく。七彩が勉強したところの内容が、きちんと頭にインプットされているか確認するために密かに作っていたテストプリントだ。もちろん、どの教科のテストも僕がオリジナルで作った問題だ。


「100点満点のテスト。数学は難しくしておいたからがんばって」

「うん」


 七彩はテストの問題を解き始めた。


「で、緑はどうする?」

「先生、数学を教えてください!」

「具体的にどこなのか教えて」

「全部です!」

「・・・テスト範囲ってどこだから分かってる?」

「全く分かりません!」

「これは重症だ」


 緑は七彩より酷いかもしれない。少し躊躇して尋ねた。


「数学以外の教科はどうなんだ?」

「まったく分かりません!」

「はぁ」


 僕は大きなため息をひとつ吐いた。



「できたー!」

「おお、できたのか。それじゃあ、採点していく」


 赤ペンを取り出して、答案用紙に丸をつけていく。


「緑は早く問題解いて」

「分かってる」


 緑には数学の問題を数問出したが、全く解けていなかった。緑は基礎の問題すらできていなかったので基礎の簡単な問題を解いておくように言ってあるのだ。


「うん、生物は大丈夫だね」


 生物の得点は78点。生物のテストは問題ないだろう。続けて、地理は66点。国語は70点。英語は55点。ここまでいたって問題はない。英語はもう少し勉強する必要があるだろう。最後に数学のテストだ。七彩は僕が丸を付けている答案用紙をじっと睨んでいる。ようやく丸が付け終わり、採点をしていく。その間も七彩は解答用紙から目を離さない。頭の中で、点数の合計を導き出す。


「・・・75点。本番のテストでの目標点数だな」

「・・・ふぅー」


 七彩は全身の力が抜けたかのように、机に突っ伏した。


「おお!城山さん!目標をクリアしたんだね!俺は城山さんならきっとやってくれると信じていたよ!」

「緑は早く問題を解いて」

「はいはい」


 僕は机に突っ伏す七彩に声を掛ける。

 

「よくやったな七彩」

「ありがとー」

 

 七彩はそのままの体勢で返事をしたのでくぐもった声になった。

 僕は七彩が本当に頑張ったと思っている。実はこのテスト、難問を多く取り入れたテストだったのだ。このテストの内容で七彩の実力なら50点取れればいい方だと思っていた。―――そんなに肉まんが食べたいのだろうか。


「なあ、健巳先生よ」

「何?」

「全然、分からない」

「いいか、もう一回基礎からやるぞ」

「ああ」


 どうやら七彩よりも緑の方が大変そうだ。

 ふと、緑の勉強を教えるというのはクルミ先輩の約束に入っているのだろうかと考えたところで、大前提の疑問が浮かんだ。そもそも、クルミ先輩はなぜ七彩に勉強を教えろと言ったのだろうか。実際に勉強を教えていたのは基礎的な部分が多い。稀に難しい問題を出していただけだ。今回の僕の出したテストでは初めて見るような難しい問題を出していたが、正解した問題が多い。これぐらいの学力があるなら七彩に勉強を教えてくれというお願いはされないはずだ。七彩と親しいのであればなおさらだ。

 

 横目で緑に目を遣る。

 クルミ先輩の真意は何なのだろう。



 目が覚める。しかし、瞼は開かない。うっすらと光が透けてくる。ゴロゴロと布団の中で回転を繰り返し、ようやく起き上がって瞼を開けた。腕時計を見ると、長針は9時を超えていた。今日は特にやることもない。テスト勉強もしたくない。そんな気分だ。ともかく、着替えはする。

 外に出ると、じいちゃんが畑の手入れをしていた。


「おう、おめえ今頃起きたんか。今何時だと思ってるんだ」 


 じいちゃんがそう言うので「今は9時過ぎだ」と返すとそっぽを向いてしまった。


「コンビニ行ってきます」


 と僕が言うと「おう」とだけ言った。

 特に用事があったわけではないが、コンビニに向かうため自転車を乗る。自転車に乗るのは久しぶりな気がする。

 今日は天気が良くて、暖かくて、気持ちいい。自転車が切る風は心地よい。コンビニには10分程で着いた。特に買う物を決めていたわけでは無かったので商品をじっくりと見ていく。が、特に買いたい商品もないので一度コンビニに出て、サイクリングでも楽しもうかと思ったそのとき 


「君、色紙君かな?」

「えっ」


 後ろを振り返ると、紺の帽子を被った老人が立っていた。


「色紙健巳君だね?」

「・・・はい」

「やっぱり!私のこと分からないかな?」

「・・・どこかでお会いしたか?」

「分からないかな・・・?あ、そうだ!これで分かるかな?」


 と、老人は帽子を外す。ふと、記憶の淵に何かが引っかかった。その動きをどこかで何度も見てる気がするのだ。


「ヒントは、小学校」


 その言葉で記憶が解き放たれた。


「―――邦和くにかず先生!」

「久しぶりだね。健巳君」



「さくら高に進学したんだね」

「はい」


 この老人、當銀邦和とうぎん先生は僕の小学校時の担任の先生だった。一年生から3年生の転校するまで、ずっと担任だったのだ。


「邦和先生は今どこで働いてるんですか?」

「はは、私はもう退職したから先生の仕事はしてないさ」

「そうだったんですね」


 そういえば、先生をよく見ると昔よりもシワが増え、なんとなく痩せた気がする。


「どうだい、高校は?」

「そうですね。それなりに楽しいですよ。転校して、知らない異世界に飛ばされて、友達も全然できませんでした。でも、高校に行って、そうだ、七彩、城山が一緒だったんです。それが大きいと思います。彼女がいたお陰で高校は楽しいって感じたんです」

「そうか。それはよかったな」

 

 邦和先生はシワの多い顔にもっとシワを増やして笑った。


「それじゃあ、私はもう行くよ」

「そうですか。今日は会えてよかったです」

「私もだよ。このコンビニには良く来ているから、そのうちまた会える」

「はい」

 

 先生は黒塗りの車に乗り込む。僕は車に詳しくないが、きっとお高い車だろう。

 ふと、僕の記憶との違いに気づく。


「先生、黒い車に乗ってるんですか?」

「ああ、そうだね」

「先生は昔、白い車に乗っていたと思ったんですけど・・・」


 邦和先生は僕が小学校へ登校する時間に、いつも職員駐車場に入って行くの何度も見ていた記憶があったのだ。その時、邦和先生の車は白色だったはずだ。そう思っていると、僕は失敗したことにも気づいた。黒いからと言って黒い車に乗っているとは限らないのだ。僕は色が見えないから黒くなっているだけなのだ。しかし、この車は本当に黒色だったようで良かった。これからは注意しなくてはいけない。


「あの白い車は壊れてしまってね。この車に買い替えたんだ」

「そうだったんですか」

「ああ、参ったよ。飛び出してきた鹿にぶつかってしまってね」


 邦和先生は「それじゃあ」と言ってエンジンを掛けた。僕は車から離れる。車はぶぅんと唸って、走り去って行った。



「七彩、緊張してるのか?」

「べ、別に緊張しちょましょん」

「緊張してるね」

「・・・うん。緊張してる」

「大丈夫だ。いつもみたいにリラックスしていけば大丈夫」

「う、うん」


 電車に揺られて5分経ったころ。七彩が背筋をピンと伸ばしているのに気付いた。聞いてみたらこの通りだ。


「高校受験の時はどうだったんだ?」

「緊張して死んじゃいそうだった」

「でも、こうして受かったじゃないか」

「あの時は運が良かっただけだよ」

「運も実力のうちだぞ」

「ふええぇー、そうかな」

「そうだ」

 

 電車が止まる。さくら駅だ。駅に降りるとスーツを着たサラリーマンや学生が入り混じる。

 改札口を抜け、学校に近づくにつれて、さくら高の制服が目立っていく。今日は下を向いて歩く人や、暗い表情をした人が多い。その中で明るい奴がいる。


「よお、健巳元気か?あ、七彩ちゃんも」


 浩輝だ。


「僕は元気だけど、七彩はダメだな」

「テスト初日なんだからもっと元気出して行こうよ~!」

「初日だからダメなんだ」

「どういう意味?」

「テスト初日が数学なんだ」

「ああ、七彩ちゃんは数学が苦手なわけね」


 七彩は無言で頷いた。


「うーん、確かに、初日に数学のテストっていうのもエグイねぇー」

「そうだよねぇ!エグイよねぇ!」

「エグイからと言って日程は変えられないんだ。頑張るしかない」

「ひどいよ健巳!どうにかしてよ!」

「そうだよたけちゃん!どうにかしてよ!」


 僕の両隣でテスト初日の数学反対運動が始まってしまった。


「僕は教師じゃないからどうにもできない」

「そこをどうにかするのが健巳じゃないのか!」

「そうだ、そうだ!」

「はぁー。分かった、分ったって」


 両隣の2人をそう言ってなだめる。


「僕がテスト直前まで勉強を教える。それでいいだろ」

「いいわけないだろ!」

「そうだ、そうだ!」

「あー、めんどくさい」



 僕は面倒な2人を置いて職員室に立ち寄った。黒葛原先生に呼び出されていたことを思い出したのだ。職員室に入ろうとノックをしようとしたら、ドアが勝ってにドアが開いた。職員室が自動ドアではないことぐらい分かっている。職員室側から誰かが開けたのだ。


「おっと、すまない。・・・って、色紙じゃないか」

「あ、先生」


 その誰かは黒葛原先生だった。これは好都合だ。


「あの、話ってなんですか?」


 黒葛原先生は自宅に電話して月曜日に話があると言ったのだ。相当重要な話なんだろう。


「そうだな。とりあえず、職員室に入れ」

「分かりました」


 僕は黒葛原先生に誘導され、職員室に入り、黒葛原先生と対面するように椅子に座った。そして単刀直入に言った。


「色紙、生徒会に興味はないか?」

「・・・え、僕がですか?」


 生徒会に誘われるのは嬉しいが、僕は表に立って活動する柄じゃない。


「そうだ。生徒会役員は毎年、1年が先生たちの推薦で1名だけ決定する。そこで私はお前を推薦しようと思っているんだ」

「そうですか。残念ですけど、僕は生徒会とか興味ないので」

「どうしても嫌か?」

「どうしても嫌です」


 黒葛原先生は僕の目をしっかりと見る。僕もそれに応えて、じっと見返す。


「・・・よし、分かった。違う人を当たってみることにする。すまなかったな」

「いえ、僕もお力に添えられず、すみません」

「お前が謝ることはないさ。今日のテスト頑張れよ。期待してるからな」


 そう言って黒葛原先生は僕の肩にポンと手を置く。

 

「はい、ありがとうございます。それでは失礼します。・・・あっ」

「どうした?」


 この機会だし、聞いてみるか。


「今日って数学のテストありますよね?」

「あるけど、どうした?」

「別の日に変更ってできますか?」

「色紙・・・」

「はい」

「できるわけないだろ!」



「ダメかー!」


 七彩は頭を抱える。


「当たり前だ」


 僕が教室に戻ると七彩と浩輝が数学の問題を一緒に解いていた。


「それで、なんで職員室に?まさかそのお願いを聞いてもらうために職員室に呼ばれたわけじゃないでしょ?」


 浩輝がシャーペンに芯を入れながら尋ねた。


「ああ、実は昨日、黒葛原先生から電話があって」

「ああ、あの年齢詐称の先生ね」

「後で何されても知らないぞ。それで、今日の朝に職員室に来るよう言われてたんだ」

「用件は?」

 

 芯が入れ終わり、シャーペンをカチカチと鳴らす。


「生徒会役員にならないかって」


 浩輝のシャーペンの芯を出す音が止まった。


「え、生徒会?」

 

 七彩が首を傾げる。


「健巳、それは凄いよ!それで、もちろん了承したよね?」

「いや、断った」

「なんで!?」

「そういう柄じゃない」

「そういう柄じゃなくても、そこは入るんだよ!」

「生徒会ってそんなに凄いの?」


 七彩が浩輝に問いかける。


「1年生で生徒会は本当に凄いんだ。さくら高は2、3年生の生徒会は生徒自身が立候補して全校生徒で投票して決める。けれど、1年生はそうじゃないんだ。1年生の生徒会役員は、1年生の担任が推薦しいた生徒を先生だけの会議で決めるんだ」

「へー、そうなんだ。でも、何で1年生は先生で決めるの?」

「そこなんだよ。僕も気になって、担任の先生に聞いてみたけど知らないって言ってた。担任以外にもたくさんの先生に聞いて回ったけど、理由を知っている人は誰一人いなかった。あるいは、知っていても生徒には教えられない理由があるのか・・・」

「な、何かの陰謀があるのかな!?」


 七彩は目を輝かせる。


「七彩、今は目の前のテストについて考えた方がいいんじゃないか?」

「うっ、現実に引き戻さないで!」

「さあ、勉強だ」

「分かったよ・・・」



「うがああああああああぁぁーーー」


 数学のテストが終わると、七彩は机に倒れ込んだ。テスト期間中はテストしか行われず、授業はないので午前中で学校は終わる。


「どうだった?」

「分かんないよー。できた気がしないよー」

「そうか」

「たけちゃんはどうだったの?」

「90点は硬い」

「生きている次元が違う!」

「七彩も頑張ればこっちに来れるさ」

「無理だよ!」


 七彩は机を叩く。


「あ、そうだ。放課後、理科室に行くんだよな?」

「うん。カメの世話の仕方を教えてくれるって言ってたよね」

「それじゃあ、行くか」

「うん」


 僕と七彩は帰る支度を整えると理科室へと向かった。



「ああ、来たわね」


 理科室へ向かうと、すでに下吹越先輩が座って待っていた。


「テストはどう?」

「僕は自信あります」

「七ちゃんは?」

「察してください・・・」

「分かったわ。察するわ。それじゃあ、世話の仕方を教えるわね」


 下吹越先輩はカメの世話についてテンポよく教えていく。


「ざっとこのくらいかしら。何か分からないことがあったらいつでも私に言ってね」

「はい、分かりました。」


 僕はそう答える。


「それじゃあ、明日のテストも頑張ってね」


下吹越先輩はそう言って微笑んだ。







 




 

  



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