♯13 caLUboNAra
「カメですか?」
「そう。カメよ」
下吹越先輩はこれから説明すると言う代わりに髪を耳に掻き上げた。
「実は飼育員会はカメも飼っているのよ。知ってた?」
「いえ、知らなかったです」
七彩が手を横に振る。そういえば、飼育委員会の集会の時に配られたプリントにカメがどうのこうの書いてあったのを思い出した。
「実はカメは先生が一人で世話をしていたんだけれど、入院しちゃったから生徒で世話をすることにしたの」
「老竹先生がやればいいんじゃないですか?」
「うーん・・・」
下吹越先輩は躊躇っている。その理由を少し考えてみて尋ねてみる。
「老竹先生だと不安ですか?」
「ええ、そうなのよ」
確かに、あの先生には不安なところが多々ある。エサの分量を見ずに、大量に与えてしまうイメージが沸いてしまう。
「理由は分かりました。けど、何で僕たちに頼むんですか?」
飼育委員会の生徒は他にも何人かいる。その中の僕たちに頼むには何か理由があるに違いない。
「そうね・・・。実は私って人見知りなのよ」
「・・・それで?」
「・・・それだけよ」
しばらく沈黙が流れる。
「ごめんなさい。それだけじゃ納得できないわよね」
下吹越先輩は自嘲するようにして謝罪した。
「私、人見知りだから人とかに頼み事とかし辛くて、けど、七ちゃんはとても話しやすくて、打ち解けられたし、お願いを頼めるって気が―――」
「先輩!」
七彩は下吹越先輩の話を遮り、彼女の手を握りしめて言った。
「友達になりましょう!」
⁂
「七彩にとって友達はどんな存在だ?」
「んー、信頼関係のある人、かな?」
「友達が高校の先輩でも?」
「うん!」
「そうか」
僕と七彩は学校から出て、帰宅をしていた。あと少しでさくら駅だ。
結局、僕と七彩は下吹越先輩のお願いを了承した。断る理由はないし、そこまで面倒なことでもない。僕はそう思っているが、七彩は違う考えで了承したのだろう。
「友達になるには、友達になろうって言ったら友達なんだよ」
「七彩はそういうところが凄い」
「でへへ」
七彩は照れて、僕の腕を掴んだ。
「凄いなら肉まん買ってよ」
「そういうとこも凄い」
コンビニへと向かう交差点を曲がらず、真っ直ぐにさくら駅へ向かう。
「もぉー!肉まん食べたいー!」
「また今度な」
「たけちゃんがイジメるー!」
「イジメてないだろ。あ、そうだ。数学のテストで80点以上取ったら買ってあげるよ」
「80点!?無理だよ!やっぱりイジメだよ!」
その後、電車に乗るまで七彩は肉まんの愛を語っていたが、
外の風景に目を遣っていたが、不意に肩に重みが乗った。その方向へ目を向けると七彩の頭が僕の肩に乗っていた。どうやら眠っているようだ。静かになった理由もこれで分かった。僕は肩から七彩の頭が落ちないようになるべく動かないようにした。
気が付くと電車は速度を落とし、停車しようとしていた。どうやら僕も寝てしまったようだ。記憶に一度停車をしていたからここが三日月駅だろう。そう思って、いまだに肩で眠っている七彩を揺らす。
「七彩、起きろ。三日月駅に着いたぞ」
「・・・んー、ん。ぁあ、着いたの?」
「ああ。降りるぞ」
「うん」
僕と七彩は電車を降り、改札口を抜ける。太陽は低い位置にあった。色が見えないので夕焼けとなっているかは分からない。
「七彩、忘れてないよな?」
「何のこと?」
「勉強だよ」
「ふぇー、本当にやるのー?」
「やる」
「うぅ、分ったよ。やるよ。その代わり、肉まん買ってね!」
「それは数学のテストで80点取ったらの話だ」
「せめて50点!」
「75点」
「55点!」
「75点」
「んー!60点!」
「75点」
「もう!70点!」
「それじゃあ、70点だな」
「分かりましたよ!こうなったら70点取ってやる!70点取って"超贅沢肉まん"をたけちゃんに買ってもらうぞ!」
"超贅沢肉まん"とは、最近発売したその名の通り"超贅沢"な肉まんらしい。七彩はその肉まんが発売してからと言うもの、たびたびその名前を口にしていた。
「分かった。70点以上取れたらな」
「うん!」
僕と七彩は車の通らない田舎道を進んで行く。
「昔、ここら辺でよく遊ばなかったけ?」
「そうか?よく覚えてないな」
「ふーん」
「何だよ」
「別にー」
「そう」
記憶の片隅で何かが蠢いた気がした。しかし、それも気のせいのようで何かを思いだそうとしてもなかなか思いだせない。ここら辺で遊んだ記憶は出てこない。
七彩は突然振り返る。
「そういえば、どこで勉強するの?」
「・・・あ」
そういえば考えていなかった。図書館でやろうかと思ったが、近辺に図書館は無い。というか、三日月に勉強ができるような施設がない。
「そうだ。私の家に来なよ。晩御飯も食べていきなよ」
「うーん。この前もお世話になったしなぁ・・・」
「迷惑じゃないし、どんどん来なよ。お母さんも大歓迎だよ」
「・・・分った。お邪魔させてもらうよ」
「うん。それじゃあ、お母さんに連絡しておくね」
七彩は携帯電話を取り出し、メールを打ち始めた。
太陽が沈みかけていく。
⁂
「おかえりなさーい!あら!待ってたわよ健巳ちゃん!七彩に勉強を教えてくれるんだってね!ありがとうねぇ。健巳ちゃんは昔から頭良かったもんねぇ。それに比べてうちの七彩ったら勉強ができないんだからまいっちゃうわよねぇ~。健巳ちゃんがいなかったら今度の中間テストは赤点だらけになっちゃうと思うから本当に助かるわよ!どうせなら今回のテストだけじゃなくって、これからのテストも見てくれると嬉しいわ!いっそのこと、一生この子のことを見ていてくれないかしら?どういう意味かって?そりゃあ、もちろん―――」
「それじゃあ、勉強教えてもらうね!」
七彩は七彩母の話を無理やり切り抜け、僕を部屋に引っ張っていく。
「いつもお母さんがあんな調子でごめんね」
「いいんだ。元気なお母さんでいいじゃないか」
「元気すぎるの!」
七彩はぶつぶつと小言を言ってから「お茶取って来るね」と言って部屋から出て行った。
僕は鞄から数学の教科書を取り出した。数学のテスト範囲の確認のためだ。七彩にどうやって教えようか悩み、だいたいの方向性が固まった頃に七彩は戻って来た。
「お待たせ」
七彩は言って通りにお茶を持ってきた。それにクッキーもあった。
「これ、お母さんが焼いたクッキーなの。食べてみて」
「おお、お母さんが!」
お茶を少し飲んでからクッキーを頂く。・・・うん。これは!
「おいしい」
「ふふ、良かった。お母さんったら、この前たけちゃんが来た時から、いつでもクッキーが出せるようにずっと準備してたのよ」
「それは何というか、ありがたい。さて、勉強を始めようか」
「うん」
⁂
「できた!」
「お・・・正解だな」
「よっしゃ!」
七彩に勉強を教えて1時間経つ。最初は内容が理解していなかったが,
だんだんとやっていく間に理解できたようだ。
「これなら100点も夢じゃないかも!」
「それじゃあ、この問題解いてみて」
「えーっと・・・これは使えない。・・・これも使えない。・・・あれ?・・・それじゃあ、これ―――違うなー」
僕が七彩に出したのは応用問題の中でも特に難しい問題だ。基礎的な内容が理解できていても、頭の柔軟性が必要な問題なのだ。
「わかんなーい!」
「さすがに難しすぎるか。それじゃあ、ヒント。この式を変形させるとこうなる。それじゃあ、こっちの式も変形させてみるとこの式と一緒になる」
「あ!分かった!」
七彩は計算をノートに書き込んでいく。
「これだ!」
「正解」
「やった!」
「それじゃあ、今日はここまでにするか」
「うん」
数学の教科書やノートを片付けていると、扉がノックされた。
「晩御飯ができたわよ。今日はカルボナーラよ。健巳ちゃんはカルボナーラ好きよね?というか麺類が好きだったわよね?特にそばが好きだったわよね!ちゅるちゅるちゅるちゅる食べてて可愛かったわ~。やっぱり、今からそばに変えようかしら!今の健巳ちゃんなら―――」
「お母さん!」
「はいはい。分かってるわよ。それじゃあ、そろそろ来なさいな」
「わかった」
七彩母は扉を閉めた。
「それじゃあ、晩御飯食べようか」
「うん。毎度すまない」
「いいの。お母さんはたけちゃんが御飯食べてるところをみたいだけだから」
「なんだそれ」
「私もよく分かんない」
僕と七彩は部屋を出て、晩御飯を頂きに行く。台所が近づくに連れて美味しい匂いが漂ってくる。
「はーい、お待たせ―」
七彩母は言っていた通り、カルボナーラを持ってきた。
「いただきます」
フォークでくるくると麺を巻いて口に入れる。その瞬間、卵とチーズが絡み合ったスパゲッティが口の中に広がる。
「・・・おいしい」
「でしょ!私の自信作なのよ!カルボナーラって作るのが難しいんだけど、その分とっても美味しいのよ。私も昔はカルボナーラを何回も作っては失敗したものよ。卵が固まっちゃって嫌になっちゃったわよ。でも何回も練習して完璧にできた時は物凄く嬉しかったわ!なんでカルボナーラを作ってたのかっていうのは、その時私は高校生で、付き合ってた子がいたのよ。で、どうしてもその子に喜んで欲しくてカルボナーラを作ってたのよ。因みに、その子は今の旦那よ。七彩はカルボナーラのお陰で存在してるのよ」
「そんなエピソードが・・・」
僕が七彩母のエピソードに感激していると
「それ、何回も聞いてるから」
と七彩は呆れたように首を振った。
⁂
「今日は、ごちそうさまでした」
晩御飯を頂くと、七彩に勉強も教え終わったので長居はせずに帰ることにした。
「いいのよ。またいつでも来て頂戴!」
「ありがとうございます。では、お邪魔しました」
玄関のドアを開ける。
「また明日」
と七彩が言ったので僕は
「ああ、また明日」
と返した。
空を見上げても太陽は見当たらなかった。代わりに、連なる山の頂上からぼやけた月が顔を覗かせていた。
夜の世界が始まろうとしていたのだ。
僕は帰り道をゆっくりとした足取りで歩いて行った。
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