♯12 新たなる問題
僕が勉強をたくさんしていたのは、両親のお陰だろう。小学生の時から両親は『勉強をしなさい』とは言わなかった。それが逆に勉強をする引き金みたいなものになったと思っている。中学校に入ってからは成績を気にするようになって、たくさん勉強した。いや、本当は成績なんかどうでも良かった。勉強は僕にとって暇つぶしになっていたのだ。なぜ暇つぶしになっていたのかというと、友達ができなかったことが原因だろう。しかし、それも中1の夏休みから変わったが。
テストでは学年1位を卒業までずっとキープしてた。ん、確か・・・一回だけ3位になったことがあった気がする。不意に寒気がした。
テストのことを考えて、昔のことを思い出してしまった。これではダメだ。今考えることは七彩にどのように勉強を教えて赤点を取らないようにさせるのか、ということだ。まずは小テストでどこが苦手でどこが得意なのか分析する必要がある。
ふと顔を上げると、三日月駅にいた。家からあっという間な気がした。
「おはよ」
「ああ、おはよう」
振り返ると、七彩が立っていた。どうやら彼女も今来たようだ。手には傘を持っていた。
「今日は雨が降るのか?」
「降水確率60%だったよ」
「失敗したな」
「大丈夫!雨が降ったら、私の傘に入れてあげるよ!」
地面にトンと傘を突き刺して言った。
「いえ、結構です」
「ヒドイ!」
こうして七彩とのショートコント(?)をして三日月駅の改札口へ入って行った。
「今日って何曜日だっけ?」
「火曜日」
「やった!」
七彩が小さく喜んだ。
「火曜日だと嬉しいのか?」
「数学が無いじゃん!」
「なるほど」
七彩は数学が嫌いなのか。この前の数学の小テストも悲惨だったことだし、数学から勉強を始めようか。
「それじゃあ、まずは数学から教えるよ」
「ん」
「んって、僕が勉強を教えるって言ったじゃん」
「ああ、そのことね。それじゃあ数学からお願い!」
「分かった」
電車が駅のホームに入って来る。車内はお世辞にも満員電車とは言えない状態だった。もしかしたら数年後には廃線になっているかもと想像してしまう。
電車に乗り込みドアが閉まる。しかし、ドアに手がヌメリと出てきて、それを阻害した。ドアが再び開く。それと同時に人がスッと車内に乗り込んだ。ドアは今度こそきちんと閉まり、電車は三日月駅を発射する。
乗り込んできた乗客はぜえぜえと言って息を整えている。ふと目線があう。少し、考えて正体が分かった。緑だ。しかし、この時間帯に緑と遭遇するとは珍しい。
「どうしたんだ?いつもなら早い電車乗ってるだろ」
と問いかけた。
「今日は、ね、寝坊・・・して、乗り遅れた、電車・・・」
「それはご苦労さま」
「緑君、寝坊は良くないよ」
「その声は!城山さん!そうですよね!寝坊は良くないですよね!今後は絶対にいたしません!」
「うむ。それならよろしい」
僕は大きなため息を吐いた。
外の景色を眺める。いつみてもモノクロでしか目に映らない。あの2人の仲を戻せば、僕に色が戻る。七彩に勉強を教えつつ、その問題についても同時進行で進めると決めた。まずは、いつ思いついたか忘れれたが、飼育委員会の顧問である東先生に聞く予定だ。
しかし、その考えは無残にも破られる。
「昨日の夜に連絡があって、生物の東先生が交通事故で怪我をしてしまったのよ。たいしたことじゃないらしんだけど、しばらくの間、生物の授業は
朝の
SHRが終わってから少しの休み時間がある。その間に、今後の作戦計画を練り直す。本来ならば、先生に話を聞けたら下吹越先輩に話を聞きに行こうと思っていた。なぜ下吹越先輩から聞こうとしたのかというと、下吹越先輩からは怒りや憎しみのような黒い感情が見えなかったからだ。一方の黄昏先輩は黒いオーラが体の周りから染み出ていたようだった。つまり、下吹越先輩が黄昏先輩に何か恨みを買うようなことをしたと結論づけられる。そして、下吹越先輩は自分が悪いかのように振舞っていたために、2人の仲を裂く理由の全貌を見ていると推測したのだ。自分が悪かったと感じた場合、その場面を自分の落ち度を確かめるために、頭の中で何度も再現してしまうものだから、その時の鮮明な記憶が残っているはずだ。覚えてないという嘘はこれで通らない。
一番の理由としては、下吹越先輩の方が話しかけやすい、という単純なものだ。
「東先生大丈夫かなー」
と後ろから七彩の呟きが聞こえた。
「一応、下吹越先輩に話を聞ききに行く?」
振り返って僕は七彩に提案した。
「うん、そうしようか」
話し合いの結果、昼休みに下吹越先輩を尋ねることになった。話の途中で下吹越先輩に、黄昏先輩のことを聞こうと思い、1人で下吹越先輩のところへ行くと提案したのだが、すぐに却下された。私も行くと言って了承してくれない。仕方がない。
午前中の授業も終わり、昼休みとなった。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
七彩によると、下吹越先輩は1組らしい。3年1組は1階の階段のすぐ隣にあるので迷うことは決してない。目的地へはすぐに辿り着いた。
ここまで来たのはいいが、3年生の教室に入るのは少しばかり抵抗がある。僕が悩みこんでいると、人の注目など一切気にしない七彩が扉をノックした。
「失礼しまーす。下吹越先輩っていますか?」
しばらくすると教室の奥から「紅羽ちゃんなら、ここにはいないよー」と返事が聞こえて来た。
「そうですか。ありがとうございます。失礼しましたー」
パタンと扉を閉める。全く動じないのは凄い。
「んー、どこにいるんだろ」
「・・・下吹越先輩も僕たちと同じ考えで、東先生のことを気にして誰かに話を聞きに行ったんじゃないか?」
「なるほど!それじゃあ、誰のところに行ったの?」
僕はうーんと首を捻る。普通なら飼育委員会の副顧問だろうか。それとも同じ生物の教師だろうか。
「七彩、飼育委員会の副顧問って誰なんんだ?」
「飼育委員会の副顧問は毎年いないって聞いたよ。なんか、東先生が副顧問を付けないでくれって頼み込んでるらしいよ」
「なんだよそれ」
「噂程度だよ。けど、副顧問がいないことは本当だよ」
となると、生物の先生の線が濃厚だろう。
「七彩、生物の先生で覚えてる人は何人いる?」
「んー・・・東先生しか名前しらないよ。ごめんね」
「いや、謝ることじゃないよ。多分、職員室前に先生の名簿が貼ってあったはずだからそこに何の教科を担当しているか書いてあるかもしれない。行ってみよう」
「うん」
僕と七彩は職員室へ向かった。やけに広い校舎は職員室へ行くだけでもひと苦労だ。職員室へ着いた頃には昼休みが残り10分となっていた。
「えーっと・・・これだ」
職員室の前にある掲示板に職員室の先生の机の場所が明記してあった。しかし、残念ながら、どの教科を担当しているかは書いてなかった。
「仕方ない。職員室に入って生物の先生ですかって聞いていこう。そのうち、生物の先生を紹介してもらえるはずだ」
「ナルホド」
「それじゃあ、行こう」
「うん」
僕は職員室のドアを叩いた。
「失礼します。1年3組の色紙―――あっ」
名前を言っている途中であることに気づく。なんと、職員室の奥で女子生徒が若い男の先生と話していたのだ。僕はその女子生徒に見覚えがあった。
「どうした―――あ、先輩じゃん。失礼しまーす」
後ろから覗いていた七彩が下吹越先輩に気づき、僕よりも先に職員室へ足を踏み込んだ。続けて僕も入る。
僕たちが下吹越先輩に近づくと彼女も気づいたようでこちらを振り返った。
「あら、ななちゃんと色紙君、どうしてここに?」
「ども」
「こんにちわ!」
「僕たち下吹越先輩に用事が―――」
僕が説明しようとすると、椅子に座っていた若い先生が遮った。
「君たちも飼育員会の生徒かな?」
「ええ、そうです」
別に気温は高いわけではないと思うが、彼はジャージ姿で半袖のハーフパンツで座っていた。見るからに体育教師だ。
「ちょうど良かった。実は下吹越君に飼育員会の仕事について聞いていたんだ。君たちにもどんな仕事をしているのか、是非とも聞きたいっ!」
彼は立ち上がって僕の顔にギリギリまで近づいてきた。彼の顔にはうっすらと汗が垂れていた。僕は顔を背け、下吹越先輩に助けを求めて目線を送る。しかし、彼女は視線を逸らした。
ああ、面倒な人に絡まれてしまった。
「僕たちは1年生なので詳しいことは・・・」
と話すと椅子に座って「うむ、そうか」と呟いた。なんとか逃げ切れた。そうだった、と言って下吹越先輩が話を切り出した。
「この人は老竹先生よ。東先生が入院している間は老竹先生に飼育員会の顧問をやっていただくのよ」
「やあ!僕の名前は老竹
老竹先生の声は職員室中に響き渡り、僕たちが職員室を出た後に教頭先生がやってきて注意を受けたらしい。
⁂
「そうだったのね。私はとりあえず老竹先生に飼育員会の説明をしていたところだったの」
僕たちは職員室を後にして、教室へと戻っている最中に僕たちがなぜ下吹越先輩を探していたのかの経緯を説明していた。
説明が一通り終わったところで5時間目の予鈴が鳴った。
「放課後、予定が空いてるなら理科室に来てくれる
かしら?そこで詳しい話をするわ」
「分かりました。では、放課後伺います」
「ええ、それじゃあ」
こうして下吹越先輩と階段前で別れた。僕と七彩は1年生の教室へ向かうため、階段を上る。
「まさか、あの熱血教師が生物の先生で、飼育委員会の顧問をやるなんて思わなかったな」
「うん。でもこれで問題は片付いたね」
「ああ」
とは言っても、僕が抱える問題は何一つ片付いていない。結局、下吹越先輩には黄昏先輩の話を聞けていない。しかも、放課後に聞くとなっては七彩がいて2人だけで話すのは難しいし、七彩と勉強をやるにしても時間が削られるだろう。
さて、どうしたものか。
⁂
放課後を知らせるチャイムが鳴る。最近、授業が終わり、礼をした瞬間には荷物を持って教室を飛び出す生徒が見受けられる。先生が危ないからと言って止めるよに注意をしているが、一向に止める気配はない。意外にも、野球部の坊主頭はゆっくりと帰る支度をしている。中学校にいた野球部は素早い動きで、多分1分もかからずに着替えて部活に向かっていた。遅れると校庭を100周させられると聞いた記憶がある。さくら高の野球部はそういうのが緩いのだろうか。
「行こっか」
「ああ」
僕と七彩は教室を抜けて理科室へと向かった。そういえば、クルミ先輩に呼び出された時に行った会議室は鍵が掛かっていただろうか。さくら高は基本的に教室に鍵が掛かっている。移動教室の時も、鍵当番が自分たちの教室の鍵を閉めてから移動する。もちろん、鍵当番は教室の鍵しか持っていない。他の教室の鍵は先生から受取るしかないはずだ。たしかあの時クルミ先輩は「ここでいいか」と言ったはずだ。つまりは話をする場所を適当に決めたはずだ。しかも、あの時の会議室は鍵が閉まっていなかった。さくら高は犯罪が起こらないように、鍵の開け閉めを徹底して行ってる。それなのに気まぐれで訪れた教室がたまたま開いていたなんてことがあり得るのだろうか。理科室に着くまで考えて出た結論は2つだ。
1、クルミ先輩は「ここでいいか」という口癖があった。
2、僕の見間違い。
この2つに絞られたが他にも何かあるかもしれない。しかし、あの先輩のことだから深くは考えないようにしよう。考えても無駄なような気がしてきた。
僕が理科室の扉に手を掛けると、ガラガラと扉は開いた。中へ入ると、人は誰もいなかった。どこかに隠れているのかと七彩と一緒に机の下を覗いて回ったがいなかった。黒板の前には理科室の鍵が置いてあった。どこへ行ったのか話し合っていると教室の扉が開いた。下吹越先輩だ。
「遅れてごめんなさい!進路相談があってね」
「いえ、僕たちも今来たところでしたから」
「そうなのね。なら良かった」
下吹越先輩は近場の椅子に座ると、僕たちにも座る様に促した。そして、話を切り出した。
「実はね、カメの世話をしてほしいの」
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