♯11 ツギハギの
5月も末を向かえ、高校生誰もが頭を悩ませるイベントがある。それが中間テストと呼ばれるものだ。まあ、僕は一度も頭を悩ませたことはない。普段から授業の予習、復習をきちんとしておけば大丈夫だ。
問題は七彩が赤点を取るかもしれない危機を救わなくてはならないという、大きな問題が発生したことだった。
テスト2週間前、僕はクルミ先輩に呼び出された。
その日は火曜日で委員会の仕事もない。そそくさと帰る支度をしていると僕を呼ぶ声がした。
「色紙君いるかな!?」
クラスの視線が一斉にクルミ先輩に向いたかと思うと、次は僕に視線が集まる。野球部の坊主は僕のことを指差して「こいつです」と言った。
「ちょっと、来てくれるかな?いや、来て」
「・・・はい」
急いで荷物をまとめると視線から逃げるように素早くクルミ先輩の元へ行く。
「付いてきて」
クルミ先輩の言うがまま、指示に従う。階段を下りて右へ曲がり、もう一度階段を下りて、そのまま真っ直ぐに進む。突き当りを左へ進んでしばらくすると、会議室2という教室に入る。想像通り、教室に人はいなかった。
「ここでいいね。それじゃあ、用件を簡単に話すわね」
クルミ先輩は机を椅子の代わりにして足を組んで座った。足を宙でパタパタとさせる。
「七彩と勉強をしなさい」
「そうきたか」
「と、同時にあの2人のことも宜しくね」
あの先輩2人の関係を修復するのはかなり難しい。そもそも、なぜあの2人の仲が悪くなったのかすら情報を得ていないのだ。何度か浩輝に尋ねてはいるものの、『飼育委員会にヒントがある』と言うだけで当てにならない。
「あの2人の先輩は良しとして、なぜ僕が七彩に勉強を教えなくちゃいけないんですか?色を返してくれるんですか?」
2人の先輩の仲を修復することで色を返してくれるという約束だから良しとした。一方の七彩に勉強を教えるという約束はしていない。
「いいや、
クルミ先輩は机に両手を力強く突き、ぴょんと着地した。
「これは私、
「・・・僕には得がありますか?」
クルミ先輩は無言で僕に向かって歩み寄って来たかと思うと、スルーをしてドアに向かう。そして、去り際にこちらを向いて「何言ってんの?」と言い放った。
僕は無言で立ち尽くしていた。
⁂
今日は月曜日で委員会は無い。クルミ先輩の"お願い"を遂行するのであれば今日から七彩の勉強を見なくてはいけない。さて、どこで勉強するのがいいのか。そもそも七彩の学力はどの程度なのか。そんなことを考えて教室に戻った。しかし、そこで問題が発生した。
―――七彩がいない。
まあ、焦ることはない。七彩が先に帰っただけだろう。たいしたことはない。しかし、クルミ先輩のお願い(?)をすぐに実行できないと考えると焦りを感じて来た。これまでの言動で考えると早いに越したことは無いはずだ。
回れ右して僕も帰ろうとすると、目の前には緑が立っていた。緑は「よう」とあいさつをしたので、僕も「よう」と返した。
「お前、クルミ先輩と何話してたんだ?」
内容を緑に話すわけにはいかない。緑は鋭い人間だろうから"違和感"に気づく可能性が大きい。
「『緑君が落ち込んでいるだろうから、励まして上げて』って言われた」
「何のことだ?」
自覚してないのだろうか。
「さあ?」
と、あえて馬鹿にするように言った。
「・・・怪しいな」
「何が?」
「・・・まあ、いい。そんなことよりも―――」
それは一瞬だった。緑の腕が伸びたかと思うと僕の肩を掴んで、耳元で囁く。
「七彩を泣かせたら、ぶっ殺す」
緑はそのまま教室にある自分の机に向かう。それを見ていた僕は疑問に思ったが声に出さなかった。それを察した緑が答える。
「筆箱を忘れたんだ」
緑は筆箱をラケットバックに入れると、入って来たドアとは反対方向のドアから教室を出て行った。
僕の耳元ではしばらくの間、緑の言った言葉がペッタリと張り付いたように残っていた。
⁂
校門へ行けば、七彩が待っている。頭の隅でそう思っている自分がいた。しかし、その期待は外れた。いや、外れたけれど救いはあった。校門を出て直ぐの壁にもたれかかってスマホを弄っている浩輝がいたのだ。もしかしたら、七彩を見たかもしれない。そう思って浩輝に尋ねる。
「やあ、浩輝。七彩を見なかったか?」
「城山さんを探してるの?おやおや・・・、何かあったのかな?」
「いや、特にない。それで七彩は学校を出たのか?」
「うん。出て行ったよ。でも城山さん、なんか暗い表情してたよ。いつもなら健巳もいるから、一人で下校をする城山さんを不思議に思って声を掛けたんだ。そしたら愛想なく『さようなら』って言って帰っちゃったんだよ」
「そうか。それじゃあ」
僕は走りだした。三日月駅に向かう電車の本数をそう多くはない。もしかしたら七彩がまだ駅のホームにいるかもしれない。
「おい!どうしたんだよ!」
後ろで叫ぶ浩輝を振り向かず、ただ走る。間に合ってくれ!
なぜそこまでして七彩に追いつこうとしたのか。それはいつまでも分からないものかもしれない。けれど、ここで追いつかなければその感情は砕け散る。消えはしない。ただ、壊れるだけの感情ならばそれは直せばいい。だけど、それじゃあ、ダメだ。少しでもひび割れたものなんてまた直ぐに壊れる。直しては壊れ、直しては壊れ、直しては壊れ・・・。そんな脆いものはいらない。
改札口を抜ける。電車はまだ来ていない。駅のホームには学校を終えた生徒たちが群がっている。しかし、七彩が見つからないほどでもない。しかも反対側のホームだ。三日月方面は人が少ない。こちらから反対側のホームを見る。・・・いた。
反対側へ向かう通路を上り、反対側のホームに向かう。途中、電車が近づいてきたのが見えた。急がなければ。
階段を転びそうになりながら下りる。
「七彩!」
彼女は振り返らない。これまで走って来たから息が切れて、かすれ声だったのかもしれない。電車のブレーキをかけ、キィ・・・と音を立てて近づく。
「・・・たけちゃん?」
電車は停止した。ドアが開く。人が3人出てきた。それに続いて七彩と僕が入り込む。やっと追いついた。
「な、七彩が、どこ・・・どこ行ったのか、ちょっと、はあ・・・」
「ちょっと、たけちゃん、落ち着いてよ」
「わるい」
空席を見つけて、2人並んで座る。僕は息を整えてから話し始めた。
「ふぅ、七彩が急にいなくなったから、心配して来たんだよ」
「・・・そうなんだ。ごめんね、何も言わないで」
「あ、いや、いいんだ」
その後、沈黙が流れる。ゴトン、ゴトンという電車が揺れる音がやけに大きく聞こえる。それが沈黙の重みを和らいでくれた。電車が止まる。4人電車を降りて、2人乗り込んだ。ドアが閉まり、再び電車が走り出す。流れる景色に目を遣る。もちろん、色付く景色は見れない。桜の花はとっくに散ってしまっただろう。山を見てもそんなことしか分からない。
電車が再び止まる。三日月駅だ。僕と七彩はそろって降りる。
「そういえば、テストが近いね」七彩が話を切り出した。「赤点とっちゃたらどうしよう・・・」
「赤点取ったら何かあるのか?」
改札口を抜けて、人通りの少ない歩道を歩いていく。
「放課後に3時間も補習があるって聞いたんだよぉ」
まだ赤点を取っていないのに嘆く様に言った。
「七彩、この前の数学の小テストの点数を教えて」
「笑わないでよ・・・9点」
僕は顔に手を当てる。嘘だろ。これは酷い。クルミ先輩が七彩に勉強を教えてくれというのがよく分かった。それにしても、さくら高によく入ってこれたものだ。さくら高は県内でそこそこの進学校なのでそれなりに入試で点数を取らなくてはいけないはずだ。
「・・・分かった」
友人としてここまでの悲惨な状況を打破してあげることは悪くはない。クルミ先輩の手の平で踊らされてる感が否めないが。
「中間テストで七彩が赤点を取らないように勉強を教えるよ」
「・・・本当に?」
「もちろん。本当だ」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃない。嘘を吐いてどうする?」
「やった!ありがとう!たけちゃんに教えてもらえるなら赤点を取らずに済むぞ!」
七彩がぴょんぴょんとウサギのように跳ねて喜ぶ。幸い近くに人がいなくて良かった。人前でそれをやられると見てるこっちが恥ずかしい。初めて人が少ない田舎に感謝した。
「言っておくけど、僕が教えたところで、赤点を取らずに済むわけじゃないんだぞ。七彩もちゃんが勉強に取り組まないとダメなんだぞ」
「分かってるわよ」
七彩はどこかのおばさんのような手を招く仕草をして言った。
「それならいいけど」
「よし、それじゃあ、明日から勉強をよろしくね」
「ああ」
「それじゃあまた明日」
「おう」
こうして僕と七彩はそれぞれの帰路へ向かった。
さて、これから忙しくなりそうだ。
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