♯6 結ぶ線は紐か鎖か


 僕は色を失った。

 けれど、完全に失ったわけではないようだ。


 僕はたまに色をみる。


 最初に気づいたのは中3年の3月。正確に言うと、卒業式の次の日。次の日というのは高校の合格発表だ。もちろん、僕は余裕で合格した。七彩は合格したという連絡をくれなかったので、落ちたのだろうと思い込み、彼女への連絡は避けた。

 

 合格が分かり、入学手続き等の資料を受取ると母に合格の連絡をしてさくら駅に向かった。その途中で僕は気づいた。

 

 駅へ向かうまばらな人影の中に、青白い光を見つける。

 

 目を疑った。

 

 すでに3カ月程、色の見えない生活を送っていたが、ようやく色を見ることができるようになったのではないだろうか。

 

 しかし、そんな簡単に色が蘇ることは無かった。

 

 空を見上げても白と黒。

 

 家に帰ってから大急ぎで絵具を取り出し、青色をパレットに出すがその液体に色は着いていなかった。

 

 落胆の笑みを浮かべ、パレットを投げ捨てる。

 

 しかし、何処へ投げればいいか分からない絶望は体中を駆け巡り、黒い池の中に捨てる他、無かった。



「待っててくれて、ありがとう」

「……」

「肉まん食べるか?」

「うん!」

「はぁ」


 ため息を吐いて呆れる。まさかとは思ったが、七彩は肉まんに対しての耐性が弱すぎるのではないだろうか。あるいは、肉まんが相当美味いのだろう。僕は前者だと思って七彩に問いかける。


「七彩、何で怒ってたんだ?」


 七彩はこの問いに少し間を空けてから答えた。


「……別に怒ってないよ」

「本当に?」

「……ほんと」

「……分かったよ」

 

 僕は諦めたように言った。


「よし、それじゃあ肉まん!」


 七彩は元気よく右腕を宙に突き立てた。笑顔を見せる彼女に、僕は一言添える。


「期間限定以外の肉まんね」


 その後、肉まんを買いにコンビニまで行く途中ずっと、七彩からによる期間限定肉まんが如何に素晴らしいのかという熱弁を聞かされ、仕方なく販売期間残り僅かのさくら肉まんを買うことになった。



「あのさぁ、それ自分で解決してくれない?」


 僕は帰宅をするとすぐに浩輝に電話をした。用件は下吹越先輩と黄昏先輩の関係についてだ。こういうネタは浩輝が好んで知っていそうなものだが、そう言って突き返してきたのだ。


「いつもなら任せろって言って情報くれるじゃないないか」

「俺にも事情があるんだ。今回は無理だ」


 中学の時に僕はとある事件に首を突っ込んでしまい(校長の不倫疑惑の件ではない)その時に助けてもらった。以来、何か分らないことがあったら浩輝に相談してみることにしている。浩輝の情報網のお陰で事件は解決し、僕は助かった。

 

 今回はいつもの相談事とは異なるが、情報をもらえるだろうと勝手に判断していた僕のミスのようだ。


「理由は……教えてくれないか」

「ああ、すまないな。でもその案件が解決すれば納得がいくと思うぜ」

「どういう意味だ?」

「ヒントだよ。でも核心にせまるもんじゃない。根本的な解決にはならないし、それを知ってもどうしようもない」

「余計に意味が分からない」

「そうだな。今のは忘れてくれ。それじゃあ今度こそヒント」


 浩輝は一呼吸してヒントを提示した。


「飼育委員会」

「……それだけか」

「それだけ」


 期待外れのようなヒントだ。宝くじが当たったけど、500円だったみたいな。それでも当たったものは当たったのだ。このヒントを活用していくしかない。


「分かったよ。最後に質問いいか?」

「なんだ?」

「お前は2人に、なにがあったのか知ってるんだよな」

「そうだ」

「それじゃあ浩輝が2人を元通りにすることはできないのか?」


 少し間があって浩輝が答えた。


「……健巳は昔の城山さんと今の城山さんでは何が違うと思う?」


 僕はいぶかしむ。


「質問したのは僕だ」

「いいから。どうなんだ?」

「何も変わってないよ。―――いや、今はやたらテンションが高い」

「……それだけか?」


 皮肉めいた口調で尋ねる。


「ああ、それだけだ」

「ふーん。健巳は馬鹿だね」

「お前より―――」

「違うってば。学力じゃないよ」浩輝は笑って手で制した。「学力で俺が健巳に負けるのは当然でしょ。俺が言いたいのはそういう馬鹿じゃないんだよ。なんとなく分かるでしょ」

「まあ、分らなくもない。でも―――」


 浩輝が僕の言葉を遮る。


「どうどう。落ち着いてよ。僕の話を最後まで聞きなよ」


 僕は浩輝に実際にどうどうとされている姿を想像してしまい、少しイラっとくる。


「健巳は空白ってどういう色か知ってるか?」

「無色」


 最後まで聞きなよと言いつつ、新たな質問を投げかけるものだから僕は呆れてぶっきらぼうに答える。それに対し浩輝はけらけらと笑う。


「違うよ、黒だよ」

「なぜ?」

「そりゃあ自分で探しなよ。ちなめに、俺はその色が何色なの分ったのは中1、いや、正確には中2かな。健巳は……っと、これじゃあ天才の健巳は分かっちゃうか」


 何が天才だ。

 

 これが分かれば"2人の距離"を理解できるかもしれない。そう捨て台詞ぜりふを言って、通話は終了した。

 

問1

 浩輝が最後に言った"2人の距離"は下吹越先輩と黄昏先輩、僕と七彩のどちらか、それとも両方なのかを答えなさい。


 ―――僕は浩輝から難問を突き付けられたのだった。



「テストっていつ?」

「来週」

「あら、そうなのね。がんばってね」

「うん」


 今日の夕食は豚肉のバターソテーだ。丁寧にナイフで肉を切り裂き口に運ぶ。……美味い。

 夕食をぺろりと食べ終えると自室に戻る。そして、机に姿勢を正して目を閉じる。

問2。いや、こちらを問1にすべきだろうかと考えてかた、どっちでもいいという結論に辿り着く。


問2

 下吹越先輩と黄昏先輩の間になにがあったのか。ただし、回答に飼育委員会を使用すること。


 問1よりは簡単だ。こちらはヒントがある。それにしても、難易度は高いが。

 ひとまずは飼育委員会から考えよう。飼育委員会について詳しく知るには担任の東先生に聞くべきだろう。他には去年も飼育委員会だった先輩に聞くのが妥当だろうが、見ず知らずの先輩に話しかけるのは少し気が引ける。

 

 ここである考えが頭に浮かぶ。


 それは七彩に手伝ってもらうというアイデアだ。七彩なら先輩との繋がりもあるだろうし、下吹越先輩が黄昏先輩について何かを言った可能性だってある。……と、ここまで思考を広げておいてある問題を発見する。


 それはどのようにして七彩に手伝ってもらうのかということだ。


 正直に「下吹越先輩と黄昏先輩に何があったのか知りたいんだ」聞くこ―――そもそも、なぜ僕が2人の関係について興味を示している?

 

 気になる、という純粋な好奇心?

 

 2人に仲良くして欲しいという親切心?


 下吹越先輩の悲痛な目を見てしまったから?

 

 机に突っ伏す。ゴンという鈍い音が鳴った。視線を机の棚にある参考書に右から左へと舐めるように動かしていく。と、ある本が目に留まる。その本はタイトルは無かった。三日月に引っ越すのにあたって参考書などを整理して必要なものだけ持ってきたはずだ。もちろんすべてに目を通して。それなのに見たことのない本だ。


 手を伸ばしその本を抜く。


 表紙にはに背にタイトルがない代わりにと言わんばかりの大きさで、汚い字で、この本のタイトルが書かれていた。それを見て自覚は無かったのだが僕は笑みを浮かべていた。はっとして緩んでいた口元を締める。そんな必要はないというのに。

 

 タイトルは『卒業アルバム』。しかし、卒の字をよく見ると『人』が『入』になっている。それを見て小学生だなと率直に感じる。

 

 これを貰った時のことは鮮明に覚えている。

 

 僕が転校をするというのは、転校の一ヶ月前に先生からクラスのみんなに説明してもらっていた。先生が説明している際にはクラスの女子の大半が号泣していた記憶がある。男子だって目元に涙を浮かべていたものがちらほらいたような。


 ちなめに、七彩にはすでに話してあったので号泣はしておらず、真剣な表情で先生の説明を聞いていた。今思うとあの頃の七彩は静かでとてもおとなしかった。今となっては……説明の必要もない。

 

 時は進み、転校前日。家にある荷物は次なる住居に運び出されたためほとんどなく、自宅がやけに広々と感じた。

 

 学校では僕のお別れ会が開かれた。輪投げや椅子取りゲームなどをして遊んだ。僕が主役だからと言って、みんな僕に遠慮してどれもゲームが成立しなかった。

 

 楽しい時間も終わり、最後にみんなからのプレゼントと言って渡されたのが今手元にある「卒業アルバム」だ。転校するのになぜ卒業アルバムなのかと尋ねると、今のクラスで誰一人欠けることなく卒業したかったから、僕が転校する前に、僕を含めたクラスで卒業アルバムを作りたかったそうだ。

 

 ペラペラとページを捲っていく。前半は写真、後半はクラスの一人ひとりの一言のコメントが書かれていた。寂しい、悲しい。大まかにそんなことが書いてあった。ふと、1人の名前に目が留まる。

 

 たけちゃんと会えなくなるのは、さびしいです。でも、ぜったうにまたあそぼう。―――とうぎん くにかず


 ―――『くにかず』

 何か記憶に引っかかる気がする。あと少しで何か思いだしそうだ。しかし、そこへ予期せぬ邪魔が入る。

 ぐううんとメールが来たことを知らせるバイブレーションが起きる。ケータイを確認する。


『こんばんわ。緑です。城山さんからメールアドレス教えてもらいました。』


 なぜ七彩は緑に僕のメールアドレスを教えたんだ。

 それに、この口調はどうしたんだ。普段は口が悪い癖に、メールの文章ではこんなに丁寧な言葉を使っているではないか。


『何か用があるのか?』 


 そう返信すると、すぐにケータイが震える。


『特にないです。おやすみなさい』


 特に用事が無いのなら一体何なんだ。いかにも僕に用事があるような感じがしたのに、まさかの挨拶だけときた。

 

 ケータイを机に置く。


 緑のせいで頭からすっかりと『くにかず』についてのことが泡のように消えてしまった。しかし、それはどうでもいいことなのかもしれない。もとはなぜ下吹越先輩と黄昏先輩の関係性について興味を示したのかを考えていただけだったのだ。

 

 パタンと卒業アルバムを閉じる。とても弾んだ音がした。

 


 さて、まずは飼育委員会から視点を向けなくはいけない。風呂に入り、少し頭の中がぼーっとするが頬を叩いて気合を入れる。

 白紙の紙の中央に『飼育委員会』と大きく書く。そこから2つ線を伸ばして『下吹越先輩』と『黄昏先輩』に繋げる。その2つは『浩輝』とも繋がっている。しばらく考えてから再び『飼育委員会』から線を伸ばす。行先は『ウサギ』だ。そして、『ウサギ』を『下吹越先輩』と『黄昏先輩』に繋げる。

 

 体を後ろに反らす。椅子がギィィという悲鳴をあげるのはお構いなしに天井を見る。結局、どの単語も『下吹越先輩』と『黄昏先輩』に繋がる。浩輝の言っていた『飼育委員会』の重要性は高いのだろうか。再び紙に向き直る。全体を見渡すと、あることを思い出した。それは飼育委員会がウサギの他にカメを飼っていることだ。そういえば、下吹越先輩からは何も聞いていなかった。僕も聞かなかったから仕方がないと言えばそうだろう。これは一度、下吹越先輩に聞いてみるべきだろう。僕は『飼育委員会』から新たな線を書き足し、『カメ』と繋げた。










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