♯2 お邪魔だったわね?


「18番の色紙健巳。趣味は勉強です。気軽に話しかけてください。よろしくお願いします」


 パチパチパチとクラスに拍手が響き渡る。「あの人が主席じゃない?」と「あいつが……」などと話す声が混じっていたが気にしない。後ろに座っている七彩の視線を感じるがこちらも気にせず着席する。


「それじゃあ次は、城山さん」

「はい!」


 七彩は、担任の黒葛原つづらはら先生に呼ばれると、元気よく返事をして起立した。


「19番の城山七彩です!趣味は……写真撮ります!小さい頃から写真を撮るのが好きです!よろしくお願いします!」


 ペコリとお辞儀をして、着席する。……と思ったら


「あ、前にいる色紙君とは仲良しです。みなさんも仲良くしてください!」


 教室の時の流れが止まった気がした。僕の心臓は確実に止まった。この状況から何かを感じた黒葛原先生は拍手を始めた。それにつられて、生徒たちも拍手を始める。

 こうして僕は華やかな、華やか過ぎる高校デビューを果たしたのだった。


 自己紹介が一通り終わり、最後に先生が自己紹介を始める。


「入学式前に軽く自己紹介はしたと思うけど、改めてするわね。1年3組の担任を任されました、黒葛原冴子さえこです!私は、このクラスがどんな雰囲気を作っていくのか楽しみ。このクラスは個性的な人が多いみたいだからね」


 チラリと僕の席の辺りを見たような気がした。……気がしただけだろう、たぶん。


「私はね、新学期のクラスは真っ白な画用紙だと思っているの。それをどのように染めていくかは、あなたたち次第!そう、始まりはいつも、真っ白な画用!私はこのクラスの画用紙が虹色でえがかれればと思ってる。みんな、今日からよろしくね!」


 パチパチパチ!

 拍手喝采だ。この先生なら学校生活で悩むことはあまりなさそうだ。

 拍手が一通り止むと、教卓の前に座る坊主頭が手を挙げた。


「ん、どうしたの?」

「先生ってなんさ――――」


 ドンッ!

 黒葛原先生が教卓に拳を食らわせ、教室の空気が凍った。


「んー、どうしたの?質問は何だっけ?」


 明るい口調でそう言ったが、顔が笑っていない。


「先生って綺麗ですよねー」


 何かを察した坊主が上手いことを言う。


「あらー!そんなに褒めたって何もでないわよっ!」


 坊主の心境を考えると、ご苦労なことだ。


「さて、質問はまた今度受け付けるわね。今日は色々と決めなきゃいけないことが多いから。それじゃあ、まずは学級委員長を決めた方がいいわね」


 こうして、どの係や委員会に入るのかが検討されていった。この学校は全員、何かしらの委員会に入らなくてはいけないので、楽そうな図書委員会に入ろうと名乗り出たのだが、10名ほどの希望者が出てしまった。定員は3名。じゃんけんで決めることになった。

 最初の一発で負けた。僕はグーを出して、僕以外はパーを出した。こんな悲惨な負け方があっていいのだろうか。

 その後もできるだけ楽な委員会に入ろうと、幾度もじゃんけんを挑むも、すべて最初に負ける。結局、かなり面倒そうな飼育委員会になってしまった。そして、なぜか七彩と一緒だ。飼育委員会の定員は2名なので、この2人だけ。


「さて、今日中に決めることは全部決めたな。それじゃあ、12時にチャイムが鳴るからそうしたら今日は帰宅して構わない。私は職員室に戻る。―――そんじゃ」


 黒葛原先生はそう言って教室を出て行った。

 12時になるまであと10分程だ。教室に残された生徒たちは自分の席を離れて、友達の所へ行ったりしている。自分の席に近い人と話して交友の輪を広げようとしている人もいる。

 僕はお友達作りには参加せず、うつ伏せになる。すると、目の前に気配を感じた。僕が頭を上げると、そこには背の高い男が立っていた。顔は漫画に出てくるのではないかと思う程のイケメンだ。


「お前が色紙君だな」ハスキーな声で僕に尋ねる。

「はい」


 なんで僕の名前を知っているのかと思ったが、すぐに自己紹介をしていたことを思い出す。


「お前と城山さんはどういう関係なんだ?」


 随分と唐突な質問だ。


「その前にあなたは誰なんですか?」

「自己紹介を聞いてなかったのか?俺の名前は緑善崇みどりよしたかだ。それで、どういう関係なんだ?」

「小学校が同じでした」

「それだけか?」緑が詰め寄ってくる。

「強いて言うなら、昔はよく遊んでいました」

「……ッ!?」


 緑は分かりやすい程の、驚いた表情を見せた。


「あなたは……」

「緑君だよ」


 この声の主は、七彩だ。いつの間にか机の右側に立っていた。


「七彩か」

「昨日、公園で話したじゃん。中学の時に引っ越してきた緑君」

「ああ、そういえば」


 言われてみれば、聞いたことあるような名前だった。


「昨日、公園・・・」


 緑がこれまた驚いた表情をしている。一体どうしたのだろうか。


「色紙君、お前は―――」


 続きの言葉はチャイムの音にかき消された。このタイミングを逃さず、僕は席を立つ。


「それじゃあ、僕は帰るから」


 鞄を持って、急ぎ足で教室を後にする。


「あー!ちょっと待ってよ!」


 七彩が慌てて荷物をまとめて始める。


「城山さん、まさか、一緒に帰るんじゃあないよね」

「一緒に帰るよ」

「……嘘だろ」


 緑が今日1番の驚きの表情を見せた時には、七彩も荷物をまとめ終わり、教室を出ようとするところだった。



「よう、健巳」


 僕が校門の前まで来ると、そこには僕の唯一とも言える親友、紫牟田浩輝しむたひろきがケータイを弄りながら立っていた。


「なんだ、浩輝。落ちたのかと思ってたよ」

「お前こそ、心配したんだぞ。合格発表の日に健巳のこと探したのにいなかったし。それに落ちたとか、落ちてないとか聞きづらいからさ」

「悪いな。合格発表とか人がたくさんいて嫌になるから、時間をずらして、お昼ぐらいに行ったんだよ」

「成る程、お前らしい考えだな」

「まあな。それで、お前こそどうしたんだ?」


 先ほどから、ケータイの画面をチラチラと確認している。誰かを待っているのだろうか。


「ああ、ちょっと先輩と待ち合わせしてるんだ。そろそろ来ると思うんだけど」

「部活関係か?」


 浩輝は中学の時、テニスをやっていたので部活の先輩と踏む。しかし、その予想は外れる。


「いや、彼女だ」

「……彼女?」


 まさか、浩輝に彼女がいたなんて。しかも、年上。


「仕方が無いなー!俺と先輩の出会いの物語を特別に教えてやろう!

 

 あれは、中学1年の時だった。俺が学校から自宅へ帰る途中、ある女性が道の反対側を歩いていた。その女性はとても美人で、俺は彼女に視線を奪われていた。すると突然、彼女のポケットから白いハンカチが落ちてしまったではないか!しかし、彼女はそれに気づいた様子が無い。

 

 そこで!

 

 俺が急いで、道の反対側へ渡り、ハンカチを拾って急いで、彼女の元へ駆けつける!

 

 『すみません、ハンカチを落としましたよ』


 彼女は涙を流しながら

 

 『あ、ありがとうござます!これは亡き父の形見なんです。拾ってくれて、ありがとうございます』


 と言った。


 そして!


 うわんうわんと泣き続ける彼女を、そっと抱きしめ、俺は彼女の耳元で囁く!


 『安心してください。そのハンカチみたいに僕は君の傍を離れませんよ』


 この言葉で彼女は泣き止み、そして彼女のハートを打ち抜いた!こうして、俺たちは付き合い始めたのだった……」


「そんじゃ」

「話の感想は!?」

「話の内容、雑。『君の傍から離れない』って言っただけで泣き止む人なんているか?しかも、それで付き合うとかどうなってんだよ」

「このお話は事実を元にしたフィクションです」


 決め顔で親指を立てる。


「だろうな」

「おっと、いけない。待ち合わせは北門だったか」

「入口ってここだけじゃないのか?」

「ここは正門だ。で、北にあるのが北門。そして西にあるのが西門。この3つがある」


 僕はすっかり、ここにしか門は無いのかと思っていたが、3つもあったなんて驚きだ。


「そうだったのか。覚えておくよ」

「そういうのは良く覚えとけよ。それじゃあ、また明日」

「また明日」


 浩輝が手を振って走り去って行く。僕も手を振り返して見送った。

 

「あ、待っててくれたんだ!」

 

 と、その声の主はもちろん七彩だ。走って来たようで、少し肩で息をしていた。


「別に待っていたわけではないぞ」

「ツンデレってやつですか!?」

「違う」


 僕は浩輝と話していただけだ。

 僕が歩き始めると、七彩が隣に来て着いてくる。


「それで、何で待っててくれたの?」

「友達と話してた」

「ふーん、友達いたんだ」

「失礼な。僕にだって友達がいる」

「ごめん、ごめん。冗談だよ」


 七彩は謝るが、ニヤニヤとした表情を僕に向けてくる。僕は無視して歩くスピードを少し早めた。

 さくら高は、さくら駅を降りて徒歩5分のとても近いところにある。そして、三日月に行くのにはこの駅を使う。さくら駅から2駅目の駅が三日月駅だ。三日月駅は三日月唯一の無人駅で、遠出の際、三日月に住む人は必ず利用する。遠出と言っても、三日月に住む人々の6割は老人なのでさくら駅までしか遠出はしないだろう。それに、田舎だから仕方がないことだが、電車の本数が少ない。基本的に1時間に1本のペースで、朝の通勤時には1時間に2本だ。しかも、終電は10時。進んで遠出したいとは思わないだろう。

 僕と七彩は駅に着く。次の電車は5分後だった。運がいい。定期券をかざして駅のホームに入る。ホームには入学式を終えた高校生たちが広がっていた。しかし、向かい側の三日月駅方面には人があまりいない。

 駅のホームを跨ぐ通路を歩きながら、僕は遠くに見える山を見ながら考える。どうすれば、色を見ることができるのだろうか。視線を七彩に移す。七彩に相談するべきだろうか。彼女に相談すれば、必死になって相談に乗ってくれるだろう。しかし、彼女にこのことを話しても何かが起きるわけではない。七彩が医者ならば、また別の話になるが。

 そんなことを考えていると突然、七彩が立ち止まる。


「どうした?」

「たけちゃん、あの山、綺麗だね」


 僕が見ていた遠くの山を指さして、七彩が言った。


「そうか?普通の山に見えるけど」


 色の見えない僕には白と黒にしか見えないので綺麗なのかは判断しかねる。


「……えー、桜の木を見て普通はないよ!」

「あ、いや、違うんだ。普通っていうのは普通に綺麗っていうことだよ」

「……そうだよね!綺麗だよね!」


 失敗した。七彩が単純なやつで良かった。こういう時、気を付けなければ色が見えないことがバレてしまう。

 いや、なぜバレなくて良かったと思っているんだ。別に話したっていいじゃないか。

 僕は決心して七彩に声をかける。


「七彩」

「どうしたの?」

「僕は―――」

「あー!奇遇だねー!2人とも今から帰りかな?」


 タイミングのいいところで割り込みが入る。振り返れば、緑が膝に手を置いて立っていた。


「奇遇って、緑君も三日月に住んでるんだから当然じゃない」と、七彩のツッコミが入る。


「はははっハハハハ、アハハ、そうだよね。……どうしたのかな色紙君?」

「いや、何でもない」

「そうか、何でもないのか」


 緑はそのまま七彩に近づく。


「城山さん、早く向かいのホームにいこうか」

「そうだね。ほら、たけちゃんもボーッとしてないで行くよ」


 僕は七彩に手を引かれて、歩き出す。

 昔、こんな風に手を引かれたこともあったっけ。


「城山さん、俺の手も引いてくれていいんだよ」

「緑君は自分で歩けるでしょ!」


 いや、僕も自分で歩けるから。

 その後、電車が来るまで七彩は僕の手を取っていたのだが、電車に乗るタイミングを見計らって、手をほどいた。七彩は不服の顔をしていたが。一方の緑は、僕と七彩の間に無理やり座って、僕に勝ち誇った顔を見せてきた。

 七彩のどうでもいい話を聞き流していると、三日月駅に到着した。僕達3人は席を立って電車を出て、向かい側のホームに向かう。駅の改札口を出たあたりで七彩が緑に向かって。


「それじゃあ、またね緑君」

「それじゃあ、気をつけて」


 緑の後ろ姿を七彩が手を振って見送る。


「緑君は駅の近くに住んでるんだよ」

「へえ、そうなのか」

「それじゃあ、私たちも行こうか」

「ああ」


 僕と七彩は、緑とは逆の道に向かって歩き始めた。


「ねえ、たけちゃん。さくら駅で何か私に言おうとしてたよね?」

「いや、もういいんだ。些細なことだったから」

「うん、分った。でもね、何か困ったことがあったら私に相談してよね?」

「ああ、その時にはそうさせてもらうよ」

「よし、それじゃあ、たけちゃん!」


 七彩はなぜか張り切った様子だ。七彩は僕の顔を見て、言葉を放つ。


「私の家で、お昼ご飯を食べよう!」



「おかえりなさい。あら、健巳君じゃない!久しぶりね!こんなに大きくなって、しかもイケメン!あら、これはもう七彩のお婿さんになってもらうしかないわね!うちの七彩も可愛くなったでしょう?あ、そうだ。良かったら、うちで昼食にしたら――――」

「そのつもりでたけちゃんを連れて来たの。とりあえずたけちゃんを私の部屋に入れるからね」

「分かったわ。健巳君、ゆっくりしていってね」

「はい、おじゃまします」


 僕は足早に靴を脱いで、玄関を上がる。

 僕が言葉を挟む隙間がない程のマシンガントークを七彩が止めてくれなかったら、僕はいつまで玄関にいただろうか。相変わらずの七彩母だ。昔もこんな感じだった。

 七彩の部屋の扉を開ける。目に飛び込んできたのは大量の猫のぬいぐるみだった。


「七彩といい、おばさんといい、相変わらずだな」


 昔、僕が七彩の家を訪れた時も、七彩の部屋には猫が大量に居座っていた。


「昔来た時より増えてるよな?」

「そうかな?あ、押し入れの中にも、ねこちゃんがいるんだよ」

「ねこちゃん多すぎだろ」

「これでも我慢してるほうだよ?ずっと立ってるのも疲れるでしょ。ほら、座りなよ」


 七彩は猫のクッションに座って、もう一つの猫のクッションをポンポンと叩く。僕は猫を潰すのに少し抵抗しつつも、たかがクッションだと思って座った。


「ふぃー」


 七彩がテーブルに手を置いてうつ伏せになる。


「そんなに疲れたのか?三日月駅から意外と距離があるからな」


 三日月駅からのバスがあればいいのだが、残念ながらバス停が近くにない。なぜ駅があるのにバスがないのか不思議だ。


「違うの。私、緑君苦手でねー」七彩は横に振りながら答えた。

「何か嫌なことでもされたのか?」

「そうじゃないの。なんていうか、生理的に受け付けない……みたいな?」

「……そうか」


「嫌いってわけでもないけどね」とパタパタと手を左右に振る。少しだけ、緑を可哀そうだと思った。本当に少しだけ。

 

「ねえ、たけちゃん」


 いつの間にか、七彩がクッションを持って、僕の目の前に近づいていた。


「たけちゃんが転校しちゃうって聞いたとき、私とっても悲しかったんだ。こうして今、私もたけちゃんもあの頃と比べて、たくさん成長した。三日月では、たけちゃんが居ない間にいろんなことが・・・いろんなことが、あったんだよ」


 七彩の声が震えていく。


「私、がんばった。がんばったんだよ。お母さんにも先生にも反対されたけど、一生懸命勉強して、さくら高に入学したの。だから・・・だから、またどこか遠くに行かないで!」


 そこで七彩のダムは決壊する。

 泣き崩れる七彩にどう接すればいいのか分からない。このような事態に遭遇することは初めてだ。

 対処法は教科書に載っていない。自分で考え、行動する。それが僕に欠けているもの。そんなことは薄々と感じていた。

 まずは、原因を探るべきか。

 ここまで考えて、僕は気づく。僕の馬鹿さ加減に気づく。

 七彩が遠くに行かないでと言っているのだ。だから、僕が七彩の傍を離れなければいい。それを僕は伝えればいい。


「大丈夫だ。僕は遠くに行ったりしない」


 そう告げるも、泣き止む気配はない。一体、どうすればいいのか。こんな事態、人間関係がしっかりしている浩輝ならどう対処すればいいのか知っているだろうか。

 ……そうだ。

 今日、帰る前に校門でした浩輝との会話を思い出す。浩輝が言っていたことを実行する。これじゃあ、浩輝の言っていた物語と同じ展開みたいじゃないか。

 他に方法が思い浮かばないので、それを実行する。

 すると、


「……たけちゃん」


 なんとか、七彩は泣き止んでくれた。しかし、本当にこれで良かったのだろうか。明日にでも、浩輝に相談してみよう。

 

 トン、トン。

 

 と、ドアをノックする音で、僕は思考の奥から現実に引き戻される。


「御飯ができ、たわ……よ……。あら~、ごめんなさーい!お邪魔だったかしらー?」


 陽気に部屋に入ってきた七彩母が目にした光景は、僕と七彩が抱き合う姿だった。



 

 






 





 


 


 

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