薔薇の棘

久山明

アイタリ

 南部の温暖気候に位置する、アイタリ。火山帯国でもあるその国は、国土のほとんどが山々に覆われている。しかしその中心部だけが、何かから守られるような平地である。

 その国を訪れる冒険者は多い。

 その国を覆う山には勿論森もあり、そこには当然のごとく猛獣が住んでいる。猛獣を倒して力試しをする冒険者は後を絶たず、猛獣によって命を落とす若者も後を絶たない。

 若くしてアイタリの王となったクライドは、日々頭を抱えていた。

 今は夏。冬は雨が多いため、冒険者たちの足は遠のく。その反動に、夏になってしまえば冒険者たちの数は右肩上がりだ。それによって負傷者、死亡者も多くなる。日々の仕事に勤しみながらも、どうすればよいのか考え抜いた王はある日思いついた。

「そうだ、検問をつけよう」

 その一言で山と国の入り口に検問ができ、力試しに来た命知らずな輩の死亡報告は激減した。

 だがその代わりに、国の収入が大打撃を受けた。民たちは客が来ないため、金が入らず、そのため税率も落とさざるを得ない。当然のように減っていく収入と増えていく民衆の不満に、またクライドは頭を抱えた。

 そんなクライドの前に、一人の男がやってきた。男は黒く逆立った髪で左目には眼帯をし、後ろに茶色い犬のような生き物を連れていた。服は紫色の長いマントによって見えない。

「王よ、私が猛獣目を大人しくさせ、冒険者たちにほどほどの試練を与えるよう調教いたしましょう」

 黒い髪は魔導士だということを物語っていた。側近たちはこのような怪しい奴に任せられないと、口々に王に進言した。

 しかし、クライドは疲れ切っていたのだ。

「やってみろ。その代わり、できなければお前の命はないぞ」

 クライドのその言葉に、男はニンマリと笑った。そして恭しく礼をして、同化するように闇へと消えていった。

 検問が廃止され、数日後。

 死亡報告は嘘のように激減した。側近たちは手のひらを返して、その男を担ぎ上げもてなした。男は人当たりのよさそうな顔をして、いつも犬のような生き物を後ろに連れて愛想を振りまく。激減した国の収入も元に戻り、クライドは胸を撫で下ろした。一件落着。

 確かにそう思われたのだ。

 クライドは久しぶりの平穏な日常に息抜きでもしようと、城の庭園を散歩することにした。庭園を散歩するときはいつも一人。常に連れている護衛も、その時ばかりは気を利かせてか奥のほうで様子をうかがうだけで、近くによってこようとはしなかった。

 クライドは、庭園に咲いた見事な薔薇に目を細めた。薔薇は情熱的に赤く力強く咲いている。あまりの美しさに、クライドは反射的に手を伸ばした。

 するとその時、強い風と共に耳元で囁き声がした。

「だめですよ、王様。薔薇には棘があるものです」

 驚いて後ろを見れば、魔導士の男がなんとも自然に佇んでいた。

「今のはお前か?」

 魔導士はやはり人当たりのよさそうな笑みを浮かべている。

「はい。王が薔薇に手を伸ばしていらっしゃったものですから。王の手が傷ついてはいけないと思いまして」

「そうか」

 クライドは微笑むと、素手のまま薔薇を一本折った。

「お前の名前を私は知らぬ。だがな、お前はどこかこの薔薇に似ている気がする」

 男は困惑したそぶりもなく、ただにこにこと笑っていた。

「左様でございますか。でしたら、王は素晴らしい観察眼をお持ちだ」

 クライドは腹部にじんわりと痛みを感じた。すぐに起こった事態を把握して、微笑んでいた顔をこわばらせる。

「薔薇は確かに美しい。しかし、それには棘があるのですよ、王様」

 ほくそ笑む男の顔はだんだんと、クライドの見覚えのある顔になっていく。そしてクライドの腹に刺さったナイフを男が抜くと同時に、男の顔はクライドの顔に変わっていた。髪の色、目の色、鼻の形、口の形。果ては声に至るまで、すべてがすべてクライドと同じだった。

「王よ、これからは私が王。そしてあなたは王を暗殺しようとして返り討ちにあった、哀れな魔導士だ」

 クライドは苦虫をつぶしたような顔をして、男をにらむ。膝をつき倒れこむと、男がいつも連れている犬と目が合った気がした。犬のような生き物は暑いのか、浅い呼吸を繰り返す。そのつぶらな瞳と目があった時、クライドは確かに聞いた。

「なあ?この男は面白いだろ」

 犬は権力に目のくらんだご主人を、嘲笑するかのように浅い呼吸を繰り返した。

 アイタリは今日も平和だ。

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薔薇の棘 久山明 @nemui349

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