ある街と二人の神サマ

十津川さん

奇妙な街

 東京といえば、世界でも有数の大都市である。

 といっても画一的な一都市ではなく、職業や人種がごったになった1300万人が住んでいれば様々な特色が生まれるものだ。

 例えば電気街の秋葉原。例えば若者の流行原宿。例えばお役所仕事が大好きな人間が作った世界最大規模のダンジョンを中心に広がる新宿魔境といった具合だ。

 さてそんな特色ある東京の中でも、私が住んでいる品川区にある五反田というところは、中々に変わった街だと言えよう。


 街を分断する線路から、南に行けば証券会社立ち並ぶビジネス街。北に行けば小高い地形に簡素な住宅街が立ち並ぶ。そこから国道一号を渡って反対側に行けば客引き数多の風俗街――と、僅か1km以内に幾つもの異なる顔を持つ、不思議な街だ。

 しかも都会のド真ん中のくせに、JR駅の盛り土には土竜もぐらや鼠が潜んでいるという田舎のような一面もある。


 だから私のような優秀なハンターも、この街がおりなす奇妙な関係の一部と言えなくもない。今日もご褒美に、人の子が何処かにひっそりと置いた食事を頂く予定だ。

 禁止されている食事を置いた彼(或いは彼女)は、もし見つかったら誰かに怒られるに違いないだろうが、まあそういうのもこの街に一人くらいいてもいいじゃないか――――と、言えるのはおこぼれにあずかっている本人だからかもしれない。

 けどどちらでもいいだろう? これもまたこの街の一面。喜怒哀楽が随所で産まれ、生まれた情事のついでにかき消されていく。


「よう。最近の調子はどうよ」


 屋根に気持ちよく寝転がっていた私に、話しかける声があった。

 せっかくの陽気と陽射しも、その声でいっきに不快なものへ変わった。


「消えろ。食われたくなければな」

「感心事はあそこにいる人の子のつがいか? 君も一応の神性だというのに、出歯亀とはあまり感心せんなぁ」


 私の脅しを意に介した様子も無く隣にちょこんと座った彼は、にししと歯を見せ笑った。

 

「出歯亀だと? 言葉を慎むがよい鼠。この居木いるぎ神社は我が居住。そして私は彼らより先に来てここで日向ぼっこをしていただけだ。それを知らんのか」

「知らん知らん。そんなもの。君がいつからここにいて、いつから彼らを見ていたななのかなど興味ないよ。ああ、もしかして俺がいつでも君を見ていたと思ったのか? ならそれはずいぶん自意識過剰――おっと」


 前脚をひょいと避ける鼠。ちっ。


「あまり調子に乗っていると次は聞く耳を失うことになるぞ」

「こわいこわい。というかそれは手を出す前に言うべきだとは思わんか」

「思わないし、次は外さない」

「ふむ。しかし俺が見るに、は外しそうな気がするのう」


 彼はちらと境内けいだいに視線を移した。その先にいるのは一組の若い男女。

 仲睦まじい関係……ではあるようなのだが、男の方が女に対してなにやら文句を言っている。


「どうも女の方が待ち合わせに遅刻したようだの……。しかしそれくらいで怒るとはなんとも小さき男だ。あんなやつとは付き合ってるとは女の方も不幸だと思わんか、猫の」

「ふん。まるであんたと同じだよね」

「いやいや俺はもっと優しいよ。試してみるかの?」

「冗談でもやめてちょうだい」


 はぁっと溜息をつき、私は女の方を見た。

 彼女が遅刻した理由を、私は知っている。あの子は大層な世話好きで、よく「食事」をここらに置いてくれている。たぶん、今日も待ち合わせの前にどこかに寄って来たのだろう。しかし女はあまり言い訳をしないタイプのようで、男の追及に対しても、曖昧な笑顔で謝るだけだ。


「まったく大和撫子にもほどがある。ああいう子は、たまに男に理不尽な怒りをなげつけてやるくらいでちょうどバランスが取れるというのに」

「君はいつも怒ってばかりだがけどなぁ……っておっと」

「ちっ、かわすな。次は外さないといった予言が外れてしまうじゃないか」

「そんな無茶な?」


 鼠は笑って一歩下がった。私はふんと鼻を鳴らし、屋根から降りる。「おいどこ行く気だ」彼の言葉を無視し、二人の間に割って入る。すりすりと女のパンプスに頭を擦り付け、にゃあという精一杯最高に可愛く作った鳴き声を男の方へ向ける。

 ぱぁっと顔を明るくした彼女の顔に、徐々に険悪な雰囲気ムードを作り始めていた男の毒気は抜かれたようだ。ぺこりと頭を下げた。

 頭を搔いて顔を上げた彼氏に、彼女は晴れ晴れとした笑顔でべーっと舌を出したのだった。


 腕をからませ去る二人を見ていたら、いつの間にか降りてきていた鼠が笑っていた。


「……おい。なにが可笑しい」

「くくく。そりゃ笑うなという方が無理だろう。にゃあ、だぞ、にゃあ。おっと!」

「かわすなよけるな近寄るな」

「また無茶な要求を。しかし君にしてはやけに親切だったじゃないか。二人の仲を取り持つなんて」

 

 だって。

 こんな街で生まれる恋は応援したくもなるじゃないか。

 特にうまくいってるペアならなおさらだ。決してじゃない。


「私はいつだって親切だよ。お前以外には、ね」

「そりゃ残念。親切とか愛とかってのを俺にも分けて貰いたいんだが?」

「ふん。先日もどこぞの雌鼠から熱烈なアプローチを受けていただろう。お前はモテるし分ける必要なんてない」

「おやおや出歯亀じゃないかやっぱり」


 じろりと睨むと、鼠は肩をすくませたったっと走り去っていった。

 まったく。私の気も知らないでいい気なものだ。

 



 五反田。ここにいる人間らは、それぞれがどこかの地区で、それぞれ異なる思惑を持ってせわしく歩き回っている。

 ここはそんな街。誰もが自由に生きている。

 来たくなったら勝手に来てみるといい。君がどの色を好んでくるかは知らないが、どこかにすとんと入り込むことができるくらいには、許容範囲が大きいところだ。

 そしてもし来たのなら、私に食事を奢る権利くらいはあげてあげてもいい。

 その際は鼠ではなく豊洲で買ってきた鮮魚でお願いしたい。

(ま、君が来るころまでに築地が移転できているかは、この私にも分からないがね)

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