空に堕ちる

葛城

空に堕ちる


良く晴れた雲一つない秋晴れの休日であった。スマホが震え、SNSの着信を知らせてくる。どうせDM《ゴミ》の類だろうと確認をすると友人からであった。


「風邪ひいて動けないから来い」


 行くことを強制されているSNSなんぞゴミ以下である。然しこのトークアプリは素晴らしい。何せ読んだかどうかが分かるからな。いつ死んでるか分からない友人の生存確認にはもってこいである。読んでなければそれはそれでインターホンを連打する必要性があるが。さて、この尊大で病弱な友人に衛生兵として呼ばれた以上行かねばなるまい。行かなければこいつは死亡確定だからな、冗談じゃなく。


「一時間以内にはいくからそれまでは生きてろ」


 既読が付いたことを確認し、スーパーへと向かう。病気になるほど旨いという噂の経口補水液と、ゼリー飲料、どうせ奴の冷蔵庫には調味料しか入っていないだろうから冷凍食品、ついでにプリンも買っておく。幸いにして卵の特売日である故に卵と長葱も買っておいた。後は、まあどうにかなるだろう。


 奴のアパートに行き、インターホンで病人を呼びつける。


「鍵は開けといたから早く入れ」


 インターホンに映りこんだ俺の姿を確認したらしい。ノブに手を掛けると本当に鍵は空いていた。不用心な。扉を後ろ手に閉めつつ、鍵を掛けることは忘れない。


 何時もよりもぎっちりとカーテンが引かれ、外の日差しが入らないようになった薄暗い部屋は平時より散らかっていた。


「飯は?」


「……食べてない。」


「だろうな。何時からだ?」


「……一昨日の夜から」


「冷蔵庫の中は?」


「2週間前から空」


「知ってた」


 もそもそと会話をし、ベッドから起き上がって来ない奴の様子からして、碌に水分も摂っちゃいないだろう。買ってきた物の中からペットボトルを取り出し、ゆっくりと飲むように言いつける。奴をベッドに戻し、レジ袋からガサガサとプリンとゼリー飲料を出せば、奴の顔がパッと輝いた。誰も盗らないからゆっくりと食べろと言えば、また嬉しそうな顔をしてコクリと頷いた。


 プリンとゼリー飲料とは言え、胃に食べ物が入ったことで、ささくれ立った精神が幾らか落ち着いたらしい。問いに答えるだけで自発的に話しはしなかった奴が口を切った。


「ねエ、君。あンまり空が晴れ渡っていると、自分が空に墜ちる感覚がしないかイ?」


 ……熱でも上がったのだろうか。もう横になった方が良いと言い掛けた俺を遮るかのように、奴は話を続けた。


「別に、熱が上がった訳じゃないサ。病人の戯言と聞き流してくれたって、勿論構やしないけどネ。例えば、ねエ、君。熱で夢現の時、自分が酷く薄く拡がったような感覚はしないかイ? 天井が下で床が上になったような感じはしないかイ? 自分と他の物の境界が曖昧になった事はないかイ?」


「さぁ。あんたの話は俺には難しすぎてさっぱり解らんよ、そんなテツガクテキな事なんざ。只、あんたが何だか真剣に考えてる事なら解るがね」


 続けろよ、目線でそう促せば、奴は喉の奥でクツリと笑って話を続けた。


「自分が自身の枠から拡がってさア。依り代が無くなると言えば良いのか、自分が自身と認識する為の足場が無いのサ。それで居て、足は重力で繋がれてサ。空に向かって宙吊りになった心持ちがするんだヨ。高いビルからは飛び『降り』て、飛び『立ち』はできないじゃナイか。きっと、足を縫い付けられているのサ。でなければ、何時か鎖が切れた時に、空に墜ちてしまうと思わないかイ? きっと、周りの気体に融けて、最期には何も無かったかのようにスウッっと消えるのサ。莫迦な考えだろう?」


「さぁ。俺には解らないさ。お前の考えが莫迦かどうかも解らんからな」

 そう言えば、奴はまた、嬉しそうに笑った。

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空に堕ちる 葛城 @Yuzuki

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