グリフォンの巣

 翌朝、魔物退治に出発する。

 グレンの先導で、僕たちは進んだ。

「とうとう、今日で最後の魔石だね」

「ああ。九つ目の魔石は、グリフォンを転移させておる」

「グリフォン……。マコトさんが、初めて倒した魔物ですね」

「うん、『丘』の町に出たんだったね。……あの時は、人もいっぱい死んで、大騒ぎだった。もっと早く、僕が魔法に気付いていれば……」

「そんなことありません! マコトさんがグリフォンを倒してくれたから、あれだけの被害で済んだんです。マコトさんは充分、丘の人たちを助けてくれました」

「あたしがマコトたちと会う前の話か……。『丘』にも魔物はでるんだな」

「本当は出るはずがなかったんです。私が生きてきた中で、出たのはあの一度だけ……。あれから後は、『丘』には魔物はでていないのでしょうか。それが心配です」

「まこと、まもの、たおす、いっぱい。まもの、いない。おか、でない」

「……そうですね。魔物も、ほとんど退治できました。『丘』に辿り着く魔物も、いないと信じましょう」

「このグリフォン退治で最後だ。それでこの世界は安全になる」

「ああ、行こう」


 そして、グリフォンの集落に辿り着く。

 地面にいるものから、崖の途中で羽を休めているもの、空を飛翔しているもの。様々なグリフォンがあふれている。

「壮観だな」

「いっぱいいますね……」

「マコト、やれるか?」

「ああ、簡単だよ」

 僕はバイオリンを構える。

 そして、力強く弓を引いた。

 重々しく始まるメロディ。

 それは和やかで落ち着いた旋律となり、一転暗く悲愴な響きとなる。

 悪魔の手による魔弾が、狼谷で作られる。

「魔弾の射手」

 いくつもの弾丸が空を斬り、発射される。

「ギャア!」

 グリフォンの叫びが、辺りに満ちた。

 魔弾に脳天を貫かれ、命を散らしたグリフォンが、次々と落ちてくる。

 数多の巨体がずうんと落下し、地面を揺らした。

 一瞬で、その場にいた全てのグリフォンは退治された。

 地面にはその死体が山を成す。


「あっという間に、死んでしまったな……」

「リートの創ってくれたバイオリンだからね」

 僕は崖の中腹を見る。

 そこに開いた穴の奥から、一際大きなグリフォンが這い出してきた。

 三メートルはあるだろうか。

 獅子よりも大きい。

 そのグリフォンは辺りを見回すと、一声吼えた。

 それは思わず身がすくむような咆哮であった。

 仲間達が倒されたことに気がついたのかもしれない。


「あれがボスだな……いくよ」

 僕がバイオリンを構えると同時に、巨大グリフォンも僕に向かって飛び立つ。

 疾走感のある旋律。

 絡み合い、駆け上っていく音の波。

 勇ましいメロディ。

 輝く甲冑を身に着けた戦乙女が空を翔る。

「ワルキューレの騎行」

 巨大グリフォンから、鮮血が噴き出した。

 手足はちぎれ、抉られた首はぶらりと垂れ下がり、胴体に風穴が開く。

 こちらに辿り着く前にグリフォンは息絶え、地面へと落下した。


「ぐりふぉ、しんだ?」

「ああ、仕留めたと思う」

「やったな。さすが主様じゃ」

「後は、魔石ですね」

「そうだね。あの、ボスが出てきた穴の奥――あそこにあるんじゃないかと思う」

 僕は『翼をください』を奏でる。

 ゆったりとした綺麗な調べ。

 伸びやかに、長調が流れる。

 青空を飛ぶ純白の鳥。

 僕の背に、大きな白い羽が生えた。

「見に行ってくる」

 僕は翼を羽ばたかせ、飛び立った。

「まこと、とんだ!」

「主様は空を飛ぶこともできるのか……なんでもありじゃな」


 崖の中腹に開いた穴に辿り着き、着地する。

 そのまま奥に進む。

 何匹かグリフォンが残っていたので、始末した。

 そして、穴の最奥。行き止まりに、魔石があった。

「あった。これが……最後の魔石」

 僕は感慨深く、それを見つめる。

 これさえ壊してしまえば、もうこの世界に魔物がでることはなくなるのだ。

 僕はバイオリンを弾く。

 高らかに響くファンファーレ。

 小さな一歩が寄り集まって大きな行進となる。

 人形達が勇ましく歩く。

「くるみ割り人形」

 パキィン! と。

 魔石が割れた。

 粉々に砕け散り、地面へと落ちる。

 これで全ての魔石が消滅したのだ。

「もう二度と……こんなものが生じませんように」

 僕はつぶやき、穴を出た。


 翼を羽ばたかせ、下へと降りる。

「おかえりなさい、マコトさん」

「魔石はどうなった?」

「ああ。壊してきたよ」

「ませき、ぜんぶ、こわした」

「うん、そうだね。これで全部だ。みんな、お疲れ様。あとは……」

 僕は空を見上げる。

「追っ手が来るかどうか、だね」

「最後の魔石じゃ。来るとしたら、そう遠くなかろうな」

「ああ。油断しない方がいいだろうね」

 僕たちはしばらく辺りをうかがった。

 そして――。


「来た」

 グレンがつぶやく。

 空間が、歪む。

 空中に穴が生じた。

 それはバリバリと放電し、広がっていく。

 そこから、一人の人物が現れた。

 いや、人ではない。魔人だ。だが――。

「えっ?」

 その意外な姿に、僕は思わず声を上げていた。

 額に生えた二本の曲がった大きな角。

 背に生えた大きな黒い翼。

 しかしその身体は、非常に小さく。

 十歳ほどの少年が、宙に浮かんでいた。

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