グレンとの共寝

「なんてやつだ……」

「あやつは、魔界では珍しく、真っ直ぐな男じゃったからな。こんな終わり方も、まあ、らしかろう」

「これで魔界四将はグレンさんを除いて全滅したんですよね」

「ああ。これで全員じゃ」

「じゃあ、もう魔界からの追っ手は来ないのか?」

「そうじゃな……。来るとしたら、いや、そこまで人間界に執着を持っておるかは疑問じゃが……」

「なに?」

「魔族の頂点、魔王、じゃな」

「魔王……」

「それってやっぱり……強いんですよね」

「当然、われら四将よりは、強い」

「……」

 みんなの沈黙が落ちる。


「まあ、まだ来ると決まったわけじゃない。……それに、みんなで力を合わせればなんとかなるよ。これまでみたいに」

「そう……ですね。やれるだけのことはやらないと」

「わらわもついておるしな」

「とりあえず今日のところは、家に戻って休みましょうか」

 洞窟を出たところに、家を建てる。

 身体を清め、各々お風呂に入り、食事をする。

 そこでまた、今日僕が誰と一緒に寝るかという問題になった。


「昨日はハイスさんが一緒に寝たんだから、今日は別の人にしませんか?」

「そんなことを言うなら、リートは今までずっと一緒に寝ていたじゃないか!」

「ふむ、ここは年功序列でわらわというのはどうじゃろう」

「るーふ、まこと、いっしょ、ねたい」

「うーん……」

 僕が決めるわけにもいかない。

 結局今日も、くじ引きで決めることになった。


 その結果、今日はグレンと寝ることになった。

「わらわじゃな。よし。それでは行こう、主様」

「あ……うん」

 グレンに腕をとられ、半ば引きずられるようにして僕は寝室にいった。

 寝室に入り、鍵を閉め、ぼすんとベットに押し倒される。

「さあ、では契ろうか、主様」

「……ってなんでだよ! しないよ、そんなこと!」

「なぜじゃ。興味はないか?」

「う……」

 グレンが僕の上にのしかかってくる。


 元々彼女はほとんど服を着ていない。身に着けているのは身体に密着した、非常に薄い素材だけだ。

 だから全身でくっつくと、身体の凹凸がいやでも感じられた。

 グレンの胸は大きい。胸に押し付けられると、横にあふれそうだ。その柔らかさが、官能を刺激する。

 脚の間に片足を差し込まれ、全身を絡ませている感じが僕をどきどきさせる。

 僕の首筋に、グレンがキスをする。

 そのままついばむように、身体を辿り始めた。

「……っだめだ!」

 僕はグレンを引き離す。

「いやか?」

 グレンは艶っぽい視線で僕を見る。

 それを真正面から見ないように僕は目をそらした。

「いやとか……そういうんじゃないけど、出会ってすぐにこういうことをするのって……やっぱり変だよ」

「好きになったのであれば、時間は関係ないと思うがな」

「好きって……グレンはどうして僕のことを好きになったの?」

「主様の音楽に惚れたのじゃ」

「音楽に……」


「わらわは魔人として、昔から音楽に触れてきた。音楽を魔法として扱ってきておった。じゃが魔界の音楽はひどく歪じゃ。甲高い音。狂おしいメロディ。とても心地よいものではない。わらわはそれが、ひどく歯がゆかった。音の波に乗るというのは、もっと快いものではないのか。わらわはもっと、音楽を楽しみたかったのじゃ」

 グレンは僕の頬を撫でる。

「そこへ現れた主様は、素晴らしい音楽を奏でた。その効果は劇的じゃった。人間よりはるか高みにおるはずの魔族を歯牙にもかけず、魔法を蹴散らし、魔族に致命傷を与えた。わらわはその強さに瞠目したのじゃ。そして、憧れた。魔族を凌駕する、その強さにな。――それだけではない」

 僕の胸に頬をすり寄せ、グレンは言った。

「その音楽は、奏でる音は、音の波は、一瞬で心を奪った。天空へ連れて行かれた。その音は心の奥底まで染み渡るようで、きらめくような輝きを放っておった。音の波は勇ましく、それでいて洗練されていて、計算しつくされた響きは、聞くだけで高揚感をもたらした。主殿の音楽に、魂を奪われたのじゃ」

「僕の、音楽に……」

「主殿のバイオリンの響きを、そこから流れてくる音楽を、いつまでも聴いていたいと思った。同時に、強大な魔法を放ち、素晴らしい音楽を奏でる主様に、わらわを捧げたいと思った。ついて行きたいと思った。それがわらわが主様を好きになった理由じゃ」

「……。僕のバイオリンを、愛してくれたんだね……」

「ああ。主様ごとな」


「嬉しいよ。この世界に来て、リートに出会って、初めて心から愛しくバイオリンを奏でることができた。そのバイオリンの音色を、好きになってくれた人がいる。それは僕にとって、救われることだ。僕のバイオリンを、愛してくれてありがとう」

「わらわの気持ちが、伝わったか?」

「うん。伝わったよ」

「ならば、受け入れてくれるか?」

 グレンの指先が、僕の身体を辿る。

「……ううん、やっぱり、そういうのはやめよう」

 僕はそっと、グレンの手を離させた。


「あなたの気持ちは嬉しいと思った。それはありがたく受け取りたいと思う。でも、抱くのはなしだ」

「なぜじゃ?」

「……リートがいる家で、そういうことはしたくない」

「主様は、リートのことが好きなのか?」

「好き……そうだね、でも、恋愛感情じゃない。彼女はまだ幼い。そういう意味で愛しているわけじゃない。だけど――誰より、大切に思っている。彼女がいるから、僕は生きているんだ」

「……妬ける台詞じゃな」

「だから、彼女が大人になるまでは、愛とかは考えられない。判断できない。……それまで、待ってもらえるかな?」

「仕方ないのう。純朴な主様のためじゃ。結論が出るまで、我慢しよう」

「ありがとう」

「その代わり、どんどん誘惑はしていくがな。幸い、一つ屋根の下に暮らしているのじゃ。チャンスはいくらでもある」

「うっ……、が、がんばるよ。お手柔らかにね」

 グレンは僕の顔を抱え込むように抱きしめた。

 豊満な胸に、顔が埋まる。

「そんなところも、可愛いのう」

「……さすがに、この体勢じゃ眠れないから、離してもらえるかな」

 何度か交渉を重ねて、グレンが僕に腕枕をするような形で落ち着いた。

 ……この体勢でも、充分胸が当たるんだけど。

「では主様、寝るとしよう」

「はあ……。僕、寝られるかな」

 そうして僕たちは眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る