ゾンネとの戦い

「あ、マコトさん、あそこ……」

 リートが前方を指差した。

「洞窟があります」

「ああ、着いたな。目的地はここじゃ」

 グレンが先陣をきって中に入っていく。

「ここの魔石にはゴーストが転送されておる。気をつけよ」

「えっ……」

 リートが青ざめた。

 みんなで洞窟に入っていく。


 早速、一体のゴーストが現れた。

 青白く、透き通っていて、足がない。

「っきゃーーー!!」

 リートが絶叫した。

「な、なんだ、どうした!?」

「わ、私だめなんです! お化けとか、幽霊とか。苦手で――きゃーー!!」

 リートは混乱して逃げ出そうとする。

「待って、リート。はぐれたら危ない!」

 慌てて僕は手をつなぐ。

「はっ! ……くそ、すり抜けるな」

「うー、こうげき、あたる、ない」

 ハイスが短剣で、リートが爪で切り裂こうとするが、全くダメージを与えられない。

「ここは僕の出番だね。リート、僕につかまっておいで」

 リートを保護しながら、バイオリンを構える。


 静かに弦を震わせた。

 ゆったりと優しいメロディが流れる。

 聖なる響きの教会カンタータ。

 まばゆい光が降り注ぐ。

 天使の羽が宙を舞う。

「主よ、人の望みの喜びよ」

 キィー! とゴーストが金切り声を上げた。

 身もだえするその端から、煙となってかき消えていく。

 音色に乗って、全てが蒸発した。


「この曲で対応できる。進もう」

 僕は曲を奏でながら洞窟を歩む。

 ゴーストの群れは、出会う端から清められ消えていった。

「リート、これなら怖くないだろう?」

「は……はい。マコトさんがいるから」

 グレンの案内で洞窟の中を進む。

「グレン、最短距離は行かないで、洞窟の中の全ての道を辿ってくれないか」

「かまわぬが……時間がかかるぞ」

「ゴーストを全て退治したいんだ。かまわないから、案内してくれ」

「わかった」

 そうしてゴースト退治をしながら、洞窟の最奥部に辿り着いた。


 一際大きいゴーストがいた。

 人の形をし、杖を持っている。

「あれは、レイスじゃな。魔法を使ってくる。注意しろ」

 僕はバイオリンを弾く。

 清浄な光が洞窟内にあふれる。

 叫んだレイスが、闇色の魔法を放ってくる。

 放たれた魔法は、僕に届く前に散って消えた。

 清らかに波打つ音色が黄金の陽光を運ぶ。

 レイスは一瞬で蒸発した。

「れいす、きえた」

「何と……あっけなかったな」

「もう低級魔物では、マコトの敵ではないか」

「……はあ……、安心しました」

 洞窟の奥にあった、魔石も破壊する。


「よし、これで攻略完了だな。すぐに洞窟を出よう」

「また魔族が現れるかもしれませんからね」

「うん。この中だと戦いづらい。洞窟が崩れてきても困るしね」

 みんなで急いで洞窟を出た。

 するとそこには。

「よーう、出てきたか、勇者ご一行サマ」

 巨大な剣を肩に背負い、黒い翼で宙に浮く、一人の青年の姿があった。

「ゾンネ……とうとうぬしが出てきたか」

「よう、グレン。久し振りだな」

「マコト、気をつけよ。ゾンネは我ら四将の中でも随一の実力を持つ。油断はできんぞ」

「ありゃりゃ……もう完全に、そっち側になったんだなあ、あんた」

「そういうことだ」

「四将のNo.2に勇者ご一行か……。これはちょっと分が悪いかもな」

「そんなことを言うて、負ける気などないくせに」

「まあな」

 にっ、と青年は笑った。

 それは妙に無邪気な表情だった。


「本気で戦うのなんか久し振りだから楽しみだぜ! いくぞ!」

 青年が魔笛を吹き鳴らす。

 業火の竜巻が生じた。

「威風堂々!」

 僕もバイオリンを構える。

 高らかにかき鳴らす、勇壮な行進曲。

 百を越える騎士が整列し、突き進む。

 屈強な騎士が出現し、炎の竜巻を剣で受け止めた。

 力と力がぶつかり合い、炎が吹き上がる。

 ぎりぎりと食い止めた後、ズバッ! と炎を切り裂く。

 だが後から再び猛火が押し寄せた。

 騎士は剣で炎を散らし、斬り飛ばす。

 しかし次から次へと炎は襲い掛かる。


「これでどうだ!」

 さらに、ゾンネが笛で狂ったメロディーを奏でる。

 冷徹なブリザードが生じた。

 炎と共に、僕達に迫り来る。

 二体目の騎士が、それを受け止めた。

 炎と氷雪、二つの魔法に翻弄され、ぎしっと、騎士が押され始める。


「ルーフ、いくよ!」

「やる!」

 そのとき、声が上がった。

 空気を突き抜けて、伸びやかな打撃音が響く。

 タンッと、軽やかなリズムが刻まれる。

 ルーフのスネアが音の粒を放射する。

 同時に、温かな音色が響き渡る。

 ハイスのオカリナが新たなメロディーを運ぶ。

 それらはきらめく光となって、騎士に振りそそいだ。

 騎士の動きが激しさを増す。

 目にも止まらぬ速さで斬戟を繰り出し、炎と氷雪を押し返す。


 さらに、美しい声が響いた。

 あまねく戦場に、凛々とソプラノが広がっていく。

 数多を召喚するリートの歌声。

 深く澄んだ清流。清らかな水の流れ。

 猛き炎。熱く燃え盛る灼熱の塊。

 それらが騎士の剣へと宿る。

 水流をまとった剣は業火の竜巻を切り裂き、吹き散らす。

 火炎をまとった剣は極寒の竜巻を溶かし、蒸発させる。

 ゾンネの魔法は、騎士たちの攻撃によって消滅させられた。


「魔法は駄目かい……。じゃあ、剣はどうかな!?」

 ゾンネの巨大な剣が、騎士に襲い掛かる。

 振り下ろされた剣の一撃を、騎士が受け止める。その足が地面に沈んだ。いかに重い一撃かが伺える。

 もう一体の騎士が、ゾンネに斬りかかる。

 ゾンネが振り上げた剣に、騎士の剣は弾き飛ばされた。

 三体目の騎士が出現する。

 二体の騎士が繰り出した斬戟を、ゾンネは剣で受け止めた。

 息を呑むような剣舞が繰り広げられる。

 一進一退の攻防が続いた。


 再び、リートの歌声が響く。

 凛々しく、颯爽と、音の波が席巻する。

 空から降る、一人の光り輝く女性。

 騎士たちを守護し、鼓舞する戦女神。

 広がる両手が、騎士たちに加護を与える。

 騎士たちの体躯が、さらに巨大になる。振るう剣も長大に。

 重々しい一撃が、ゾンネを捕らえる。


「くっ!」

 それを受け止めて、ゾンネの足が止まった。

 すかさず騎士が剣戟を叩き込む。

 ゾンネは防戦一方になる。

 巨大な剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。

 そしてついに。

 ゾンネが繰り出した一撃を騎士が受け止め、二体目の騎士が横なぎにゾンネを斬り払う。


「ぐああっ! ……くっ!」

 胴体を裂かれ、それでもまだゾンネは剣を振るった。

 だがその軌跡は甘く、かわした騎士がカウンターを食らわす。

 ゾンネの左手が斬り飛ばされ、宙を飛んだ。

「うおおお!」

 右手一本でも、ゾンネは巨大な剣を操り、鬼神のごとく暴れまわった。

 だが、その傷ついた身体では騎士たちの相手ではない。

 荒れ狂う剣に押し倒され、地面へと倒れる。

 そこへためらいなく、胸に剣を突き刺された。

「が……あ!」

 ゾンネは地面へと刺し貫かれる。

 腕と胴体からは血が流れ出し、地を赤く染めた。


「もう動けまい」

 グレンがそっと声をかける。

「ああ……さすがに……ちょっと無理かな……」

 喋る口から、血があふれ出す。

「まいった……。あんたら、強いな……」

「わらわが惚れた男だからな」

「あんた、そんな理由で……魔界はなれたわけ……? ったく、自由だな……」


「ゾンネ、もう争うのはやめるか?」

 僕は問いかける。

「ああ、もう……無理だ……。降参するよ……。だから……とどめを刺してくれ……」

「あんたはもう動けない。争う気がないのなら、そこまでする必要はない」

「なんだ……最後までやってくれないのか……?」

「必要以上に殺したくない」

「ははっ……。甘いねえ……」

 ゾンネは剣を持った右手を上げた。

 反射的に僕は防御体制をとる。


 だが、その剣は。

 ザンッ!

「なっ……」

 ゾンネの首を、斬り飛ばした。

 転々と転がった首が、言い残すように喋る。

「負けた以上……白黒はっきりつけたいんでな……」

 首が、目を閉じる。

 それきりゾンネは灰になって崩れ落ちた。

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