ハイスとの共寝

 僕はみんながそんなに僕と同じ部屋になりたがることに困惑していた。

 僕としては、幼いリートと一緒に寝るのが一番無難な気がしていたのだが、みんなの様子を見ていると主張を譲りそうにない。

「それじゃあ……くじ引きで決めるっていうのは?」

「くじ引きですかあ……」

 リートが残念そうにした。ここはリートと一緒に寝るといって欲しかったのだろう。……ごめん、リート。


 くじ引きの結果、ハイスと一緒に寝ることになった。

「やった! それじゃマコト、今日はよろしくな」

「おしかったのう。明日こそは当たりを引きたいものじゃ」

 それからみんなで食事をした。

 グレンはどんなものを食べるのかと思ったけど、僕達と同じ食事をおいしそうに食べてくれてほっとした。


 食事の後、各自の部屋に入る。

「じゃ……じゃあ、マコト、お、お邪魔する、な」

「う、うん」

 ハイスがおずおずと僕の部屋に入ってくる。

 なんだか緊張している様子だ。

 僕も緊張していた。なにせ、子供のリートと違って、ハイスは年下とは言え、れっきとした女性だ。

 女性と同じベットで寝ることなんて、久し振りだった。

 本当にいいのか? そんな気がする。


「どうぞ、ハイス。入りなよ」

「あ……ああ。じゃあ、入らせてもらう」

 ハイスがベットに入る。

 遠慮しているのか、端っこの方に寄っていた。

 僕も反対側の端に寄って、ベットに入る。

 ぎしりとベットが軋んだ。

 お互い端に寄っているので、身体は触れ合っていない。

 布団に入り、しばらくぎこちない沈黙が落ちた。

 それから。


「なあ……マコト」

「なんだい? ハイス」

「く……くっついても、いいか?」

「え!」

 驚いて、ハイスの方を振り向く。

 至近距離に、赤くなったハイスの顔があった。

「マコトに……抱きつきたい」

 直接的な言葉に、僕の顔も赤くなる。

「べ……別にいいけど」

「ん」

 ぎゅっと、ハイスが抱きついてきた。

 僕の身体に腕を回し、身体を密着させる。

 柔らかい胸が押し付けられた。

(やわらか……そうか、ブラジャーってものがないんだな……着てるのは服一枚だけ……)

 身体を清めてお風呂にも入っているから、いい匂いがした。

 どきどきしてくる。

 僕もそっと、ハイスの身体に腕を回した。

 髪を撫で、優しく抱き返す。

「ん……安心するな。気持ちいい……」

 ハイスは心地よさそうに吐息をついた。


 そのまま、ゆっくりとした時間が流れる。

「なあ……ハイス」

「なんだ? マコト」

「ハイスはどうして……僕のことを……その、好きになったんだ?」

「えっ!」

 驚いたのか、反射的に身体を離すハイス。

 そのせいで、ばっちり目があった。

 慌てて、僕の胸に顔を伏せる。元通り密着する体勢になった。

 僕の胸に吐息がかかる。


「最初は……変わった奴だと思った」

 ぽつりと、ハイスが話し出す。

「妙なものを持って、妙な音を鳴らして、年端もいかぬ女の子を連れていて……。でも、その変な奴は、恐ろしく強かった。恐怖の対象でしかなかった魔物を、次から次へと倒して……。その圧倒的な強さに、羨望を抱いたんだ。憧れから、始まった。どんな時も負けなくて、魔物から守ってくれて……。憧憬は、次第に愛情に変わったよ。それでいて優しくて、安心して住める家も用意してくれて、家族と仲間を失ったあたしの孤独と恐怖を癒してくれた。そんなの……好きにならないはず、ないだろう? マコトとの旅は、楽しかったよ。リートがマコトのことを好きなのは分かっていたから、このまま何も言わずにいようと思っていたけど、グレンが現れて、つい……な」

「リートが僕のことを好きって、どうしてわかったんだ?」

「そんなの、見ていれば分かるよ。マコトさんが好きって、目がずっと言ってる」

「僕は、兄みたいに思われているのかと……」

「はは、マコトは鈍いな。まあ、そんなところもあんたらしいが」


「僕は……、好きとか、今はよく分からない」

「ああ、それでいいよ。あたしも、自分の想いを叶えたいと思っちゃいない。側にいれるだけで充分だ。だから……」

 ハイスは頬をすり寄せた。

「こんな時間は、とても幸せだ」

「ハイス……」

 それから後は、二人とも黙って、落ち着いたときを過ごした。

 そうしている内に、二人とも眠りについた。


 翌朝、ハイスを胸に抱いたまま僕は目を覚ます。

 ハイスも、すぐに起きてきた。

 二人で顔を見合わせて、少し照れくさそうに笑う。

「また、こんな風に二人で寝たいな」

「ああ、いいよ。また今度ね」

 そうして二人で一階へと降りていった。


 朝食を食べながら、今日の予定について相談する。

「今日はどうしようか?」

「わらわが残りの魔石の場所は知っている。そこへ案内しよう」

「ほんとう? それは助かるな」

「マコトのためじゃからな」

 グレンが僕の腕に絡みつく。

「あっ! グレンさん、またそんなくっついて!」

「いいではないか。これくらい」

 噛みつくリートを、グレンが適当にあしらう。

 そんな調子で、出発した。


 シュランゲとディールを倒した湿地を越え、さらに北へと進む。

「なあ、グレン。魔物はどうして人間界に来たんだ?」

「話しておらんかったか? 魔界に魔物が増え過ぎて、あふれてきたゆえな、新たな土地が欲しかったのじゃ」

「だからってなんで人間界に……」

「天界は我らと相性が悪い。押しかけても、返り討ちにあう可能性が高かったのでな。その点人間なら、殺すのは容易い。その土地も取り放題だと思ったのじゃな」

「天界なんてものがあるんだ……。天使とかいるの?」

「おるぞ。ぷかぷか飛んでおる」

「ぷかぷかって……ありがたみがないな」

「我らには全くありがたくなどないゆえな」


「ふうん……でも、人間界を侵略するにしても、グレンみたいな、強い人はみんな魔界にいるんだね。魔界四将? とかいったっけ。それって四大将軍みたいな感じで……つまりはトップ四ってことでしょう?」

「わらわたちは別に人間界を侵略する気などなかったぞ」

「なっ……!」

 ハイスが気色ばんだ。

「何を言う! あれだけ人間を虐殺しておいて!」

「人間に犠牲が出たのは悪かったと思う。じゃが、積極的に人間界を攻め滅ぼしに来たわけではなかったのじゃ。あくまで、あふれた魔物の捨て先として、ここを選んだ。いわば、間引きじゃな。低級魔物から順に、魔界から追い出し、人間界に行かせた。その結果がこれじゃ。じゃからわらわたち魔人は魔界に残っておるのじゃ。魔界の方が元々住んでいた土地じゃし、居心地が良いからの」

「そ……そんな、そんな理由で……!」

 ハイスは拳を握り締めて、グレンを睨んだ。

「あたしの家族はみんな、魔物に殺されたんだぞ! そんな、身勝手な理由で人間は……!」

「すまなかったと思うておる。我らの都合で人間らには被害を負わせてしまった。それは事実じゃ」

「今更、謝られたって……!」


「ハイス、もうやめよう」

 僕はハイスを抱きとめる。

「ハイスの気持ちはよく分かる。許せないのも分かる。でも、グレンに言ってもどうしようもない。手を下したのはグレンじゃない。グレンは今魔物を倒すため、僕達に協力してくれている。ここで敵対するのはやめよう」

「くっ……!」

 ハイスは悔しそうに唇を噛みしめたが、しぶしぶ引き下がってくれた。

「我らの行いは、多くの憎しみを生んだようじゃな……」

 グレンは悼むように、眉をひそめた。

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