楽器創造

「やった……か」

「勝ちましたね! マコトさん」

「見事じゃ。わらわが手を出すまでもなかったな」

「リートが助けてくれたおかげだよ……ありがとう」

「いえ、お力になれてよかったです」

「歌を魔法として操るのも、ずいぶん上手になってきたね。もう僕なんて抜かされるんじゃないか」

「いえ、そんな! マコトさんに追いつくなんて、まだまだです」

「あたしたちは何の役にも立てなかったな」

「うう~」

 ハイスとルーフは申し訳なさそうにしている。


「そうだ、この際だから、ハイスとルーフも何か楽器を覚えるかい?」

「あたしたちも?」

「でも、がっき、ない」

 二人はきょとんとする。

「ほら、僕のバイオリンと同じようにしてさ……」

「あっ、そうか」

「とにかく、家に入ろう。この湿地を抜けたところにしようか」

 僕たちは湿地を越え、平地に辿り着いた。

「人数が増えたから、家も少し大きなものにしないとな」

 『家路』にアレンジを加えて、イメージを大きなものにした。

 以前の家より、一回り大きな家が建つ。

 身体を綺麗にしてから家に入り、それぞれ席に着いた。


「ハイスとルーフにも、楽器を弾けるようになってもらうのはいいかもしれないね。音楽の厚みが広がるから、魔法にも効果がでるかもしれない。なにより――二人にも音楽の楽しさを知ってもらえたら嬉しいし」

「るーふ、おんがく、する。がっき、おぼえる」

「あたしもできるならやってみたい。でも、あたしに覚えられるかな……?」

「二人ともやる気になってくれて嬉しいよ。大丈夫。簡単なものにするから。――リート、こんなものを創って欲しいんだ。形は手のひらに乗るくらい。卵形で、端に吹き口が着いてる。中が空洞になっていて、表面にところどころ穴が開いてるんだ。それを指で押さえて吹くことで、音の高さを変えられる。材質は陶器で出来てる」

「卵形で……穴が開いてる……」

「詳しくは僕がイメージするよ。さあ、僕の手を握って。歌ってみてくれないか」


 リートが僕の手を両手で握り、目を閉じる。

 その口から透明な歌声が発せられた。

 青空の中を飛ぶ一羽の白い鳥。

 くちばしを開き、可憐な鳴き声でさえずる。

 羽ばたいた鳥は、自らの巣に戻る。

 巣の中の卵を温めるように、羽を閉じ、身体を丸めた。

 その姿を象るように、そっと机の上に陶器でできた白い楽器が生じた。


「できたね。オカリナっていうんだよ。こうやって吹くんだ」

 僕が試しに吹いてみる。

 その音は素朴で、温かく、優しく包み込まれるような音だった。

「素敵な音ですね……」

 リートがほう、とため息をつく。

「このオカリナは、ハイスに」

「え……ええっ!? あ、あたしかい?」

「そう。音が少ない分簡単だから、練習したら吹けるようになると思う。後で教えてあげるよ」

 ハイスにオカリナを手渡す。

 ハイスはおっかなびっくりそれを受け取った。


「こんなの……握りつぶして壊しそうだよ」

「あはは、よっぽど強く握らない限り、大丈夫だよ。次は、ルーフの楽器を創ろうか。ルーフはリズム感がいいから、打楽器なんか向いてると思うんだよね」

 リートの手を握り、次の楽器をイメージさせる。

「形は平たい円柱状。太い丸太をスライスしたような形かな。垂直方向はぐるりと金属で囲まれていて、水平方向の上面と下面にプラスチックフィルムが張られている」

「ぷらす……?」

「透明で、強度のある膜だよ。この膜を叩く事で音が出る。また、細いコイル状の金属線が底面の膜に接するように張られ、これが振動する膜に副次的な打撃を与えて独特の音響を発揮するんだ」

「う~ん……難しいです」

「リートは大まかな形をイメージしてくれたらいいよ。詳細は僕がチューニングする」

「はい。膜が張られている、平たい円柱ですね」

 リートが僕の手を握り返す。そして、歌った。


 躍動感のある、力強い歌声。

 どこまでも伸びやかに広がり、反響する。

 金属の飾りをつけた踊り子の女性がステップを踏む。

 リズムに乗って、軽やかに、跳びはね、飛翔する。

 引き締まった筋肉を持つ褐色の肌が美しく躍動する。

 動きに合わせて飾りがしゃらしゃらと鳴り、足さばきが拍子を刻む。

 見事なダンスを女性は踊りきった。

 カラン、と。机の上に新たな楽器が生じる。


「スネアドラムだ。別名、小太鼓とも言う。この二本の棒――スティックで、この膜を叩いて音を出すんだよ。ルーフ、やってごらん。軽く叩くだけでいいから」

「るーふ、やる」

 ルーフがスネアを叩くと、タアン! という小気味いい音がした。同時に、強く叩き過ぎたのか、反動でスティックが吹っ飛ぶ。

「あはは、ちょっと強過ぎたね。反動が強いから、それを見越してスティックを持っておくといい。手首を柔らかくして、スナップを効かせる感じで叩くんだ。右手と左手にスティックを持って、交互に叩く」

 ルーフがもう一度叩いてみる。今度はちょうどよい強さで叩けたようだ。


「僕のリズムに合わせて叩いてみようか。いち、に、さん、し……」

 ルーフはすぐにコツをつかんだ。タンタンと、リズミカルな音が響く。

「今度は音の数を増やしてみよう。一拍に、二回叩くんだ。タタ、タタ、というふうに。いくよ……」

 そんなふうに、スネアの練習をした。

 ハイスにも、オカリナの吹き方を教える。指使いを覚えさせ、一通りドレミは吹けるようにした。

 『威風堂々』に合わせた簡単なアレンジを教えておく。


「うん、こんなものでいいかな。後は、各自練習しておいてくれ。自分のやりたいように、アレンジしてくれてもかまわない。この世界では、音楽は自由だ」

「ふむ。二人ともいいのう、マコトから楽器を与えられて、教えてもらうとは。マコト、わらわには楽器はくれんのか?」

「グレンにはもう楽器があるじゃないか」

「それはそうじゃが、面白くない」

「はは、でも、使い慣れた楽器が一番だよ。似たような楽器が僕の国にもあるけど、使い勝手は違うだろうから。いざというときに、グレンには戦力になってほしい。そのためには、今の楽器を使うのがいいと思う」

「むう、仕方ないのう」

「ごめんね」


「ふう……」

 リートがため息をついて、椅子に腰を下ろした。

「あ、リート……疲れちゃったかな。何曲も連続で物質創造させちゃったから……ごめんよ」

「あ、いいえ! 大丈夫です」

 そうはいうものの、リートの表情には疲労の色が濃い。

「魔族との戦いもあったし、今日は早めに休もうか。部屋が増えているはずだから、グレンには新しい部屋で休んでもらって……」

「マコトは、どうするのじゃ?」

「え? 僕は今までどおりリートと一緒に……」

「わらわも、マコトと同じ部屋がよい」

「ええっ?」


「だっ、だめです!」

 リートが焦ったように言う。

「なぜじゃ、マコトを独り占めというのはずるかろう。わらわもマコトと一緒に寝たい」

「そっ……そんな」

「それなら……あたしも立候補したいな」

 うろたえるリートに、ハイスも手を挙げた。

「ハイスさんまで!」

「いいじゃないか、リートはいままでずっとマコトと同じ部屋だったんだ。たまにはあたしたちと変わってくれても」

「るーふも! るーふも!」

 ルーフがぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「う~……。マコトさん、どうするんですか?」

「どうするって言われても……困ったな」

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