取り合い

 深夜、僕は外に出る。

 グレンツェンのところへ訪れた。

 彼女は、昼間見た姿勢のまま、千切れた上半身を木にもたれさせ、うなだれていた。

 僕が近づくと、伏せていた顔をあげる。

 その顔は青白く、血の気が失せていた。

 視線も濁り、もうろうとしているようだった。

「こんなになるまで、ここでじっとしていたのか……」

「……それが……賭け……であった……ろう……」

 もうほとんど、言葉を喋る力も残っていないようだった。


 その様子を見て、僕は心を決める。

「わかったよ」

「……?」

「僕は、あなたを信じる。――仲間にしよう」

 僕はバイオリンを奏でる。

 『目覚めよと呼ぶ声あり』。

 きらきらと輝く光が、彼女に降り注ぐ。

 切断されていた上半身と下半身が繋がる。

 白かった顔に、赤みが戻ってくる。

 彼女の傷が癒える。体力も、回復したようだった。


「なんと……この一瞬で……」

 彼女が驚いたように立ち上がる。

 自分の身体を確かめるように、あちこち触った。

「調子はどうだい?」

「ああ、もうなんともない。すごい効果じゃな。魔界の治療士でも、これだけスムーズにはいかんぞ」

「バイオリンがパワーアップしたからね。魔法の効果も強くなったんだ」

「ぬしの魔法具は、ばいおりん、と言うのじゃったな……」

 グレンツェンは、興味深そうにバイオリンを見てくる。


「興味があるかい?」

「あるな。ぜひとも、知りたいと思うぞ」

 僕は彼女にバイオリンの構造を説明した。それから音の出し方。簡単な曲も。

 彼女は食い入るようにその説明を聞いていた。

「弦を震わせ、胴体で音を共鳴させる……か。我らの魔法具とは、また違った仕組みじゃな。しかしなんと美しい音じゃ」

 彼女は頬を上気させ、バイオリンの音を聞いている。


「わらわは、昔から、魔法具の音に興味があった。魔法を起こす際に、それが奏でる音の波にも。魔法を起こすわけでもなく、戯れに音の波を追ってみたりな……。じゃが、魔界の魔法具は音が悪い。耳障りな音しか出ぬのでな、すぐに嫌になってやめてしもうた」

 彼女は目を輝かせる。

「じゃが、ぬしのバイオリンはどうじゃ。陽光に煌くような音の粒。心地よい音の波。聴いているだけで恍惚としてくる。至福の音じゃ。全く、すばらしい。もっと色々な音を聴きたい。聴かせてくれ」

「明日からいくらでも聴かせてあげるよ。今日のところは、もう遅い。あなたも回復したてだ、休んだほうがいい。家に戻りましょう」


「家に入れてくれるのか?」

「あなたを信じることにしたからね。仲間にしよう。僕としても、魔族が仲間になってくれるのは心強い。――そのかわり、僕の仲間に少しでも害をなしたら、その時は容赦しない」

「わらわなど、一瞬で八つ裂きじゃろうな――わかっておるよ。何もせん」

「よし、それじゃ行こう。グレンツェン」

「グレンでよい。長かろう」

「そう……? じゃあ、グレン。僕は、真だ」

「うむ。マコト。よろしくな」

 そうして僕たちは家の中へ入った。


「どうしようかな、今は部屋が二つしかないから……」

「わらわはそこのソファでよい」

「え、いいのか?」

「充分じゃ。他の女どもはわらわと同室で寝るのにいい顔はせんじゃろう。わらわはここで休む」

「……悪いな。ありがとう。部屋については、なんとかするよ」

「それではな」

「ああ、おやすみ」


 僕は部屋に戻る。

 ベットに入ると、リートがおきていた。

「マコトさん……外に行ってきたんですか?」

「ああ。……グレンを仲間にしたよ」

「グレン……?」

「グレンツェン。長いからそう呼んでくれってさ」

「仲良く……なれるでしょうか」

「少なくとも、彼女のバイオリンに対する関心は嘘じゃないように見えた。今はそれを信じるさ」

「……わかりました。マコトさんがそういうのなら。私も、彼女のことを信じます」

「ありがとう、リート。みんなと、上手くやれるといいな」

「そうですね」

 新たな仲間のことを思いながら、僕たちは眠りについた。


 翌朝、起きてきたみんなに、グレンを紹介する。

「新しく仲間になったグレンだ。いろいろ思うところはあると思うけど、僕は彼女を仲間にすることにした。みんなにも受け入れてもらえると嬉しい」

 ハイスは複雑な表情だった。

 ルーフは警戒心を見せている。

「グレン、あなたからは何かあるかい?」

「そうじゃな……」

 グレンはぐるりとみんなを見回した。


 そして、おもむろに僕の首に腕を回して、ぎゅっと抱きついた。

 豊満な胸がぽよんと密着して、その柔らかさに動揺する。

「ちょっ!」

「なっ!」

 みんなが思い思いにぎょっとした表情を見せる。

「グレンじゃ。マコトのバイオリンの音色と強力な魔法に惚れた。ゆくゆくはつがいになりたいと思う。マコトの言うことなら従う。みな、くれぐれもよろしゅう」

「はいす、つがい、なに?」

「つがいっていうのは、夫婦のことだよ……夫婦!?」


「い……いけませーん!!」

 リートが絶叫した。

 抱きついているグレンを引きはがしにかかる。

「でっ……出会ってまもないのに、夫婦だなんて! しかも魔族の人と! そんなの、そんなの認めません! とにかくだめです!」

 顔を真っ赤にして、必死になって止めにかかるリート。

 そんなリートを見て、グレンは興味深そうに言った。

「ほう……。ぬしもマコトのことが好きなのか」

「なっ……!」

 リートの顔が更に赤くなる。


「よいよい。マコトが誰とつがおうが、わらわはかまわぬ。一緒に可愛がってくれればよい」

「そっ……そんなふしだらな! あたしは認めないぞ! とにかく、マコトから離れろ!」

「なんじゃ、ぬしもマコトを好いておるのか? 少しくらいくっついてもよかろう」

「それならあたしだってくっつきたい――いや! とにかく離れろー!」

 もみくちゃになっているところへ、ルーフが突っ込んだ。

 グレンの反対側から、僕に抱きついてくる。

「るーふも、まこと、すき! くっつく!」

「うん? はは、よいよい。みなマコトが好きなのじゃな。マコトはうらやましい男じゃな。みなで共有じゃ。それでよかろう」

「ぼ……僕はよくない……とりあえず、みんな、離れて……」

 圧迫されて息苦しさから、とにかく僕は解放されようとあえぐ。

「マ……マコトさんが死んじゃいます! とりあえずみんな離れてー!」

 やっとのことで、みんな僕から離れてくれた。


 ぜえぜえと息をつく。

「な……なに。みんな、どうしたの、急に」

 急な展開に、頭が混乱する。

「わらわは自分の気持ちを言ったまでじゃ。ぬしが欲しい」

「るーふ、まこと、すき!」

 グレンとルーフはしれっとした顔で、言ってのけた。

 ハイスは真っ赤な顔で、そっぽを向きながら言った。

「急にじゃない……あたしだって、マコトのことが好きだった」

 そしてリートは。

 赤い顔で、真剣な瞳で、僕を見つめていった。

「私も……マコトさんが好きです」

「リート……。グレン、ルーフ……。ハイスまで……」

 思いもよらぬ言葉を向けられて、僕はうろたえる。


「どうした、ぬしよ。いや、我が主様あるじさまよ。みなの気持ちに、どう応えるのじゃ」

「そ……それは……」

 みんなの真剣な瞳が僕を見つめている。

「僕だってみんなのことを好きだけど……それは愛とかじゃなくって……急に言われても……それに、誰かを選ぶなんて無理だよ。みんな、大切な、旅の仲間だ。今は魔物退治のことしか考えられない」

 考え考えいうと、リートとハイスは傷ついたような表情をした。


「ふむ……みんなまとめて抱え込むぐらいの度量を見せぬか。主様は、意外と甲斐性なしじゃな」

「か、かいしょ……っ!」

 身も蓋もない言葉に、絶句する。

「まあ、よい。先は長いのじゃ。これから徐々に距離を詰めてみせよう」

 言ってするりと、グレンは腕を僕に巻きつける。

 それをリートが止める。

 またももみくちゃになりながら、ぼくたちは出発した。

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