提案

 二人の魔族が放つ、甲高い音が鼓膜を震わせる。

 軋るような音は忌まわしい旋律となって、僕達を襲う。

 僕も負けじとバイオリンを構えた。

 業火が立ち上る。

 魔族の放つ音は紅蓮の炎となって、舞い踊る。

 炎の竜巻が出現した。

 大きな竜巻は、火の粉を吹き上げながら僕達に迫ってくる。


 僕はバイオリンを奏でる。

 高らかにファンファーレが鳴り響く。

 勇ましい行進。

 豪壮な軍隊が進み出る。

「威風堂々!」

 巨大な黒光りする黒馬にまたがった、屈強な騎士が出現した。

 騎士は長大な剣を鋭く一閃する。

 ズバアッ! と。

 炎の竜巻が真っ二つに切り裂かれた。

 そのまま、あっけなく霧散する。


「何っ!?」

 シュレッケンが驚きの声を上げる。

 その勢いで、屈強な騎士は魔族二人に迫る。

 重厚な剣が縦横無尽に振るわれた。

 ザシュッ!

「ぐああっ!」

「ぐっ!」

 騎士の剣がシュレッケンを頭から縦断した。

 その直後、グレンツェンの胴体が横なぎに横断される。

 魔族二人はいずれも胴体を二つに裂かれ、地面に落ちた。


「こんな……僕が……やられるなんて……。以前より……強くなっている……!? ……どうして……」

 真っ二つに分断された顔面に、シュレッケンは驚きの表情を浮かべた。

 そのまま、がくりと力尽きる。

 シュレッケンの身体は、ぼろぼろと崩れ、灰になり、風に散っていった。

「シュレッケンは……滅びたか……」

 ごふっ、と血を吐きながら、グレンツェンがつぶやく。

 彼女の身体は、下半身が地面に横たわり、その上に重なるように、千切れた上半身が乗っていた。

 身体を二つに両断されながらも、なおも彼女は喋る。


「見事な力じゃ……。魔族二人を相手にしながら、歯牙にもかけぬとは……。その魔法具、以前のものと違うな……。いや、以前のものは、わらわが壊したのであったか。ならば、なぜ……」

「このバイオリンは生まれ変わったんだよ。以前のものとは、音色も魔法の効果も、桁違いだ」

「いや、まさに……。素晴らしい音色じゃった……。うかつにも、聞き惚れたわ」

 グレンツェンは荒い息を吐きながら、目を閉じる。

「マコト。とどめを」

「ああ」

 ハイスの言葉に、僕はバイオリンを構える。


 そんな僕に、グレンツェンは思いもよらぬことを言った。

「それもやむをえぬが……。もし叶うことなら、わらわを、ぬしの仲間にしてくれぬか……?」

「なっ!?」

「何を言うんだ!?」

「マコトさん、信じちゃだめです!」

 一気に警戒心を強める僕達に、グレンツェンは笑いをもらした。

「そう……なるじゃろうな。魔族が人間の仲間に、とは……。笑い話にもならぬわ。じゃが……」

 苦しそうに息をつきながら、グレンツェンは言う。


「もともと、このような辺境での土地の取り合いなど……興味はなかった……。行けと言われたから来ただけじゃ……。わらわ自身は……人間界の土地などなくとも、かまわぬと思うておる……。それよりも……」

 グレンツェンはその紫水晶の瞳で僕を見た。

「ぬしの……その魔法具。その強力な力に……わらわは惹かれた。そして、力以上に、その音色……。一音で、魂までも奪われるような……。輝くような音色じゃった……。音の羅列も、素晴らしい……。わらわは、魔法具の音に聞き惚れたのは初めてじゃった……」

 僕は黙ってグレンツェンを見る。


「興味があるのじゃよ……ぬしに……。ぬしの音に……。それが聞けるのなら、ぬしの近くにいさせてほしい……。魔族の地位などには、もともと興味などない……。捨ててもかまわぬ……」

「マコト……」

 ハイスが心配そうにこちらを見ている。

 僕はどうしたものかと考えていた。

「信じられぬのも無理はない……。じゃから、この身をもって証としよう。この笛を吹けば、魔界に戻れる……。治療もできる。じゃが、わらわはそれをせぬ……。この身体のまま、ぬしの側におろう。これだけの重症じゃ……長くは持つまい。このままここにおれば、わらわは滅びるじゃろう……。それでも、ここに、ぬしの側におる。それを、証として差し出そう……。わらわ自身の命を、信頼にかけよう……」

 グレンツェンの口から血が垂れる。まごうことなく、彼女は瀕死の重傷に見えた。


「……」

 僕はバイオリンを構えたまま、彼女を見つめる。

 アメジストの瞳は、澄んで輝いていた。

 僕はバイオリンの構えを解いた。

「マコト!」

「マコトさん!?」

「……殺すのはいつでもできる。今は、様子をみることにするよ」

「だが、殺せるときに殺しておいたほうがよくはないか? 今がチャンスだ」

「彼女は……僕の音を、リートが創ってくれたバイオリンの音を、素晴らしいといってくれた。その言葉の分だけ、信頼する機会を与えたいと思う」

「マコトさん……」

「どうせ放っておいたら死ぬんだ。それを待つだけでいい。彼女はこのまま、置いておこう」

「まこと、あまい」

「甘い、か。そうかもね……。でも、必要以上に殺したくない。たとえそれが魔族でも」


 僕たちは家に入った。

 夕食を摂りながら、グレンツェンの話になる。

「やっぱり殺しておいたほうがよくないか、あの女。近くに魔族がいるっていうのは落ち着かない」

「瀕死の重傷で、もう動けもしないのに?」

「まぞく、つよい。まぞく、けが。うごく、ない。ちゃんす」

「確かに、チャンスではあるな……。今なら簡単に殺せるだろう」

「でもあの人、すぐに魔界に帰ればいいのに、そうはしませんでした。それに、マコトさんの音楽に、深く感銘を受けているようでした……。魔族にも、マコトさんの音楽は通じるんですね。私、それがすごいなって」

「でも、そんなの全部うそかもしれないぞ」

「それは、そうですけど……」

「僕は、信じてみたいと思ったんだ」

「まこと?」

「僕が初めて楽しいと思って奏でることができた、リートのバイオリン。その音を気に入ってくれたかもしれないって、それが嬉しくて……殺したくなかった。それが本当なら、もっとたくさん、いろんなことを話してみたいと思ったんだ」


「……マコトにとって、音楽は一番なんだな」

「もし彼女が嘘をついていて、再び攻めてきたのなら、今度こそ殺すよ」

「そうか……。なら、今はあんたの判断にまかせる」

「私も、マコトさんの選択を信じます」

「るーふ、まこと、しんじる」

「みんな……ありがとう」

 それから、各々の部屋に入って休んだ。

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