シュランゲの巣
翌朝、朝食を食べ、僕たちは出発する。
「今日は北に行くんだったね」
「ああ。まだ行ったことがないからな。どんな魔物がいるのか」
「生き残っている人にも、出会えるといいですね」
「るーふ、まもの、かる!」
北へ向けて、山を降りる。
道などないので、草をかき分けながら進む。
「まこと」
「ルーフ、どうした?」
「まこと、ばいおり、ひく。るーふ、ひける?」
「ルーフがバイオリンかあ……。ちょっと、難しいかな。バイオリンは練習しないと、すぐには弾けないからね」
「ばいおり、ひく、ためす!」
ルーフがきらきらとした目で僕を見ている。
「はは、そんなに興味があるのか。それじゃあ、ちょっと弾いてみるかい?」
「ひく!」
僕はルーフにバイオリンを持たせる。
「左手でネックを持って、胴体を肩と顎ではさむ。弓は右手の親指と中指で持って、他の指を添える」
「う~」
「あはは、上手くもてないよね。最初は僕が支えよう」
ルーフの後ろから手を回すようにして、ルーフの手に僕の手を添える。
「そして弓を直角に、かつ手前を少し浮かせるように斜めに軽く弦に当て、引く」
ルーフの手を持ち、動かすが、ぎこーというかすれた音が鳴った。
「ゆび、て、かた、くび、へん。ちから、はいる。ゆび、むずかし。ひく、むずかし」
「うん。最初は正しい姿勢を取るだけでも難しいよね」
「るーふ、ばいおり、ひく、ない!」
ルーフは諦めたようにバイオリンを手放した。
「マコトさん、私も。私も弾いてみたいです」
「リートもやってみる? いいよ、教えてあげる」
リートにも同じように持たせてみるが、やはりぎこーというかすれた音が鳴った。
「難しい~。マコトさん、こんなに無理のある姿勢取ってたんですね。しかもそれであんなに早く指を動かして、右手も動かすなんて……。バイオリンを弾けるって、すごいです」
「あはは、慣れると自然な姿勢がとれるようになるよ」
「るーふも、おんがく、したい。うた、うたえる?」
「ルーフも音楽に興味があるのか。それは嬉しいな。歌を歌ってみる?」
「うたう!」
「よし、それじゃあドレミの歌を歌おう。ハイスも一緒に」
「ええ、あ、あたしもか?」
「いいじゃない。みんなで歌おうよ」
僕とリートでドレミの歌を歌う。
ハイスはたどたどしく。ルーフはめちゃくちゃだった。
ただ、ルーフの足取りが、歌に合わせたものになっていることに僕は気付いた。
「へえ……ルーフ、ステップが歌のリズムになってるよ。ルーフはリズム感がいいのかもしれないね」
「りずむ、いい?」
「うん。歌には、メロディとリズムがあるんだ。ルーフはメロディはいまいちだけど……、リズム感はあってる。パーカッションとか、向いてるかもしれないな」
「ぱーか?」
「ドラムとか、シンバルとかなんだけど……実物を見てみないとわからないか」
そんな話をしているうちに、山を降りた。
北へ進むにつれて、徐々に地面が湿り気を帯びてくる。
「だんだんぬかるんできたな……。こっちの方は湿地になっているのか」
泥に浸かりながら、僕たちは歩く。
すると、視界の隅に何か動くものが見えた。
「剣の舞!」
煌いて音の粒がこぼれる。
何者かは、一瞬で細切れにされた。
「うわあ……このバイオリン、音楽の効果も増している気がするよ」
標的となった物体を見てみる。
それは、長さ一メートルほどの(切り刻まれてはいるが)蛇だった。
「シュランゲですね。毒があるので、気をつけないと」
「このぬかるみじゃあ、潜んでいる奴がいたら気付けないな」
僕はバイオリンを奏でる。
あたり一面に、刃の乱舞が広がった。
ズバアッ!
見渡す限りの泥沼から、しぶきが上がった。
歩いていくと、転々とシュランゲの死体が落ちている。
「あの一曲でこのあたり一体のシュランゲを駆逐してしまったのか……本当に、すごい威力だな」
「しゅら、しんでる。るーふ、でばん、ない」
「みんなの出番がないなら、それだけ安全で都合がいいよ」
足元を確認しながら、先へ進む。
シュランゲの死体が多い方向へ進めば、次第に薄暗くなってきた。
あたりにはツタが生い茂った木々に囲まれている。
その木の上にも、シュランゲは絡まっていた。
「剣の舞」
勇ましいスタッカートが響き渡る。
シュランゲが切り刻まれては、地に落ちる。
僕は曲を奏でながら先へ進んだ。
湿地の奥地に、一際大きなシュランゲがいた。
全長三、四メートルはあるだろうか、胴回りは直径三十センチほどありそうだ。
「あれがボスだな……。いくぞ」
僕は高らかに弓を引く。
九人のワルキューレがボスへ疾駆する。
「ワルキューレの騎行」
ザシュッ!
剣戟が、斧が、槍が、無数の刃の攻撃が、巨大シュランゲへ襲い掛かる。
巨大シュランゲは細切れになって、ぼとぼとと湿地へ落ちた。
あっけないほどの幕切れだった。
「もう親玉を倒したのか?」
「一瞬でしたね……」
「しゅら、しんだ!」
「攻撃魔法の強さも範囲も……効果が格段に進化してる。このバイオリン、すごいよ」
「えへへ……」
僕に笑顔を向けられたリートが、誇らしそうに笑う。
「よし、あとは魔石を探そう」
この魔石探しが予想外に手間をくった。魔石が水底に沈んでいたのだ。
ルーフが魔石の気配を探知してくれなかったら、もっと時間がかかっていただろう。
「ルーフ、えらいぞ。ありがとう」
「るーふ、えらい!」
ルーフは嬉しそうに尻尾を振っている。
僕はいつも通り音楽を奏で、魔石を破壊した。
湿地を出たところに、家を建てる。
足元が泥だらけになったので、音楽で全身を綺麗にしてから家に入った。
「今日も魔族の襲撃があるかな」
「魔石を破壊したからな。おそらく……あるだろうな」
「前に来た女性が、魔法を使うときに発していた音……、歪だったけど、あれは音楽だったと思う。魔族には音楽の文化があるのか……?」
「でも……とても禍々しい響きでした。私は、あれを音楽だとは思いたくありません」
「そうだね。嫌な音だった。攻撃性だけに特化した感じの――」
そのとき。
どん! と家が揺れた。
「来たか……」
僕はバイオリンを持ち、家を出る。
そこには。
「なんと、二人がかりの攻撃をも防ぐか……。どんな家じゃ、そいつは」
以前、全身に傷を負って去ったはずの魔族の女性が、無傷で空に浮いていた。
隣には、シュレッケンと名乗った青年もいる。こちらも傷が癒えている。
「あなたこそ。満身創痍で魔界に帰ったはずでは?」
「魔界に戻れば治癒魔法を使えるもの程度はおる。それでも、治るまでに時間はかかったがな」
「この前はよくもやってくれたねえ……。今日は魔界四将のお一人、グレンツェン様もいらっしゃる。ただですむと思うなよ、人間どもめ」
「グレンツェン……? それが、あなたの名前か」
「ふむ。先日は名乗っておらんかったか。いかにも。その通りじゃ。もっとも……」
女性――グレンツェンが横笛を構える。
「今日で死ぬぬしらに、名乗ってもあまり意味がないがな」
シュレッケンも横笛を咥えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます