魔族襲来
僕は続いて『家路』を奏でようとし、ふと考える。
「ん……でも、このあいだ作った家は魔族に簡単に壊されちゃったしな……。なにか、もう少し工夫はできないかな」
この前は二階部分を吹き飛ばされただけだったから助かったが、もし家を丸ごと攻撃されたら、中にいる自分たちも無事ではすまないかもしれない。
攻撃されても防げるような工夫……。
もっと、家を頑丈にできないだろうか。
「強い家……。魔法は音のイメージと情報量で効果が決まる。ん……ちょっとアレンジを加えるか」
弓が弦の上を滑る。
本来はゆったりとした落ち着きのあるメロディ。
郷愁を誘う、切なげな旋律。夕日の中、家に帰る子供らの風景。
そこに多少の変更を加える。
奏でる音はフォルテ。
はっきりとした強壮な音色。
長音の中に、小刻みな短音を飾りとして混ぜる。
メロディに揺らぎを与えるトレモロ、トリル。
曲に脚色を加え、僕は弾ききった。
ぽんっ、と家が出現する。
「見かけはいつも通りだな……」
「マコト、何をしたんだ?」
「ちょっとね、家の強度を上げられないかと思って、やってみた。イメージをより強靭なものに。音色を強く。旋律に飾りをつけて音の数を増やし、情報量を多くしてみたんだ」
「不思議な感じ……。いつもと同じ曲なのに、全然雰囲気が違って、別の曲みたいでした」
「うまくいってるといいんだけどな。試してみようか」
今度は『ワルキューレの騎行』を奏でる。
ドガガッ! と家の壁に斬撃が加えられるが、壁はびくともしなかった。
「うん。効果はあったね。多分、大丈夫だろう」
「同じウタでも効果を変えることができるのだな……」
みんなで家に入り、それぞれ休息をとる。
今日のご飯はからあげにした。
「外はかりっとして、中はジューシーだな! 香ばしく火が通ってるのに肉が固くなってない。柔らかくて美味いぞ」
「この衣……ただの塩味だけじゃなくて色んな味がついてます。香辛料に薬味……。中まで味が染みてますー」
「にく、やわらか! あじ、うまい!」
「からあげはご飯が進むな……。レモンをかけても美味しいよ」
「ん……これは、さっぱりするな。塩辛さと酸味のバランスが抜群だ。いくらでも食べられるぞ」
みんなで和やかに食事をした。
食後のコーヒーを飲みながら談笑する。
ちなみに僕とハイスはブラック、リートはカフェオレ、ルーフはコーヒーを嫌ったのでミルクを飲んでいる。
「魔物退治も、だいぶ進んできたな……」
「そうですね。オークにフレーダー、ヴォルフにゴブリン、そしてシュピンネ……。たくさんの魔物を全滅させてきました」
「これで少しはこの世界の魔物は減っているんだろうか」
「まもの、へった。でも、まもの、いっぱい」
「そうだね……。この世界はどれくらい広いんだろう。そして、どれほどの魔物が生息しているんだろう。それがまだ分からない」
「でも、例え少しずつでも、確実に数は減らせているはずです。それはその分、『外』の世界の人を助けることにも繋がる。そして、ハイスさんとルーフさんという二人の方と会うことができました」
「おかげであたしたちは助かった。他にも生き残っている奴らがいるかもしれないな」
「るーふ、ひと、あった」
「そうか、ルーフは生きている人にあったことがあるんだ。どのあたりであったか覚えているか?」
「もっと、きた。でも、ずっと、むかし。ひと、るーふみて、にげる。いまどこ、わかる、ない」
「もっと北……? でも、昔のことだから、今どこにいるかわからない、か……。今も生き残っているかどうかはわからないな」
「でも、もしかしたら生きているかもしれないじゃないか? 探してみる価値はあるかもしれないぞ」
「北はまだ行っていませんしね。魔物退治に行ってみるのもいいかもしれません」
「よし、次は北に行ってみようか」
そんな風に話していたときだった。
ごうん!
唐突に、家が揺れた。
地震にでもあったように、身体が左右に振られる。
「……来たか!?」
僕はバイオリンをつかみ、外に飛び出す。
そこには。
空中に浮かぶ、一人の女性がいた。
禍々しく湾曲した二本の大きなツノ。背中に生えた黒い翼。
「……魔族か」
その女性はひどく露出の多い格好をしていた。
大きな胸。くびれた腰。ひどく肉感的な身体をしている。蠱惑的な色気に満ちていた。
輝くような金髪に、アメジストのような瞳。
とても美しい女性だった。
「魔族か、とは。ご挨拶じゃな。こんな辺鄙な所までわざわざ来てやったというのに。……しかし、その家はどういう家じゃ? わらわの攻撃にびくともせんとは。少しばかり、プライドが傷つくのう」
「襲撃されるのは予想していたからね。少しばかり、対策を取らせてもらった」
そう言うと、女性は面白そうに笑った。
「予想していた、と……? それが分かっていて、魔石を壊したというのか? 壊せば、我らに襲われるのが分かっていて?」
「ああ。魔物を退けるには、それが必要だったから」
「ぬけぬけと言いよるわ。我らは魔族ぞ? 恐ろしくはないのか」
「それはもちろん、怖いよ。どんな力を持っているかわからない。だけど僕は、自分の命がさほど惜しくはないのでね。この世界の人たちを守るために、あなたたちに対抗したいと思った」
女性は鼻で笑う。
「ふん。この世界の人間だと。そんなもの、もうろくに残ってはおらぬぞ。そんな矮小なもののために、自分の命をかけるというのか。物好きじゃな」
「ほとんど残っていないとしても、わずかでも残っている可能性があるのなら、僕はそれを守る。たとえ誰も残っていないとしても、これ以上あなたたちに人間の土地を渡すわけにはいかない」
「なんとまあ……強気な人間じゃな。……シュレッケンの話では、ぬしらの中に高等魔法を使うものがいたという――それは、ぬしか?」
「答える必要はない」
「取り付くしまもないのう。――あれは見事なものじゃった。末端とは言え魔に属するものの身体を完膚なきまでに破壊しておった。あれだけの高等魔法を人間が使ったのだとすれば信じられぬことじゃ。高等魔法は我ら魔族だけのもの。人間ごときが、なぜそれを使える?」
「答える必要はない」
「答えは同じ……か。ならば、身体に聞く事にしよう」
女性は細長い棒を横向きにくわえた。
甲高い音が、そこから発される。
女性の前に、巨大な火の玉が膨れ上がる。
瞬間、僕はバイオリンをかき鳴らした。
「剣の舞!」
ごうっと、火球は僕達に襲い掛かってきた。
剣の乱舞が対抗して進み出る。
竜のように波打つ炎は、僕の眼前で僕の魔法と衝突し、激しい剣戟に切り裂かれるように揺らぎ、散っていく。
せめぎあっていた力はしばし拮抗し、はじけとぶように霧散した。
「ほう……。加減していたとは言え、今の一撃を無力化するか。相当の使い手じゃな。そして……やはりぬしが、高等魔法の使い手じゃったか。……なんじゃ? その魔法具は。見たこともない形と音じゃな」
「これはバイオリンっていうんだよ」
「ばいおりん……聞きなれぬ響きじゃな。ぬし、どこでそんなものを手に入れた?」
「……」
「ふん、まただんまりか。少しは交流を持とうとは思わんのか?」
「それが何かの役に立つとは思えないからな」
「まあ……それもそうじゃな」
女性が棒を口に当てる。どうやらそれは横笛になっているようだった。
「ぬしらはここで死ぬ。今度は全力で行くぞ」
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