シュピンネの巣
坂道を登っている。
「上り坂になってきたな……」
「この先も続いているみたいですね」
さらに歩くと、徐々に傾斜が急になってきた。
生えている木の種類も変わってきたようだ。
「山に入ったみたいだね」
「辺りの景色も変わってきたな」
そのまま山道を登る。
木々の合間を縫って歩いていたとき。
「うわっぷ」
「どうした?」
「いや、何か顔にふわって引っかかって……」
「まこと、だいじょぶ?」
「うん。いや、大したことじゃない。蜘蛛の巣……かな」
「人が通らないから、蜘蛛も巣を作り放題でしょうね」
よく見ると、そこら中に蜘蛛の巣は張っているようだった。
手で振り払いながら、前に進む。
しばらく進むと。
がさっと、音がした。
「……? 今何か音がしたか?」
「草を掻き分けるような……そんな音だったな」
「何かいるのかもしれない。気をつけて進もう」
そういったときだった。
左手の方向、草むらの奥に。
ごそごそと動く何かの影が見えた。
「! 何かいるぞ!」
皆で警戒態勢をとる。
構えてみていると、草むらをかき分け現れたのは――蜘蛛だった。
しかも、ただの蜘蛛ではない。
全長一メートルはあろうかという、巨大な蜘蛛だった。
「きゃああ!」
その見た目の気持ち悪さに、思わずリートが悲鳴をあげる。
その声に刺激されたように、かさかさと蜘蛛が近づいてきた。
「はっ!」
すかさずハイスが短剣で斬りつける。
ルーフもそれに続いた。爪が巨大蜘蛛を切り裂く。
蜘蛛はすぐに動かなくなった。
「なんて巨大な蜘蛛だ……」
「シュピンネですね。じゃあさっきあった巣はシュピンネの巣……」
「巣の近くを探せば、他にもいるかもしれない」
「しゅぴ! さがす!」
「そうだね。探して仕留めよう」
シュピンネを探しながら、山道を歩く。
木や草が生え放題で見通しは悪かったが、木々の間に張っているシュピンネの巣を目印に、辿っていった。
「! またいたぞ!」
「まかせろ!」
ハイスの短剣が踊る。
蜘蛛は体液を吹き上げて力尽きた。
「まこと、あっち」
「ルーフ、どうした?」
「あっち、しゅぴ、におい、する」
「シュピンネの臭いがするのか?」
「ん。たくさん、いる」
「ルーフ、ありがとう。よし、そっちに案内してくれ。みんな、ルーフの後を追って進もう」
ルーフを先頭に、シュピンネの住処を目指して進む。
歩くにつれて巣に引っかかることが多くなってきた。
時折見つけるシュピンネを倒しながら進行する。
「ちかい。もうすぐ」
木々を抜けた先には。
「うっ……」
「きゃっ……!」
うじゃうじゃと群れる、シュピンネの大群がいた。
視覚的に、非常に気持ち悪い。
毛の生えた長い脚ががさごそと動き回っている。
「マコト……!」
「ああ、わかってる。僕の番だね」
バイオリンを構える。
弦に触れさせ、勢いよく弓を引いた。
りいん、と音が鳴り響く。
弦の振動が空気を震わせ、音の波が広がっていく。
「魔弾の射手」
ドン! ドン! ドン!
放たれた魔弾が次々とシュピンネを貫く。
地面の上をうごめいていたシュピンネはその動きを止め。
木の上のシュピンネがぼとぼとと地面に落ちた。
一瞬であたりはシュピンネの死体で埋め尽くされる。
「しゅぴ、しんだ! みんな、しんだ」
ルーフがきらきらとした目で僕を見る。
「どうだろう、全部仕留めることができたかな?」
「念のため見て回るか。他にもいるかもしれないしな」
みんなで周辺を探索する。
動いているシュピンネはいなかった。
「雑魚は倒したか……。あとは、ここにもボスはいるのかな」
周辺を見回したとき。
「マコト、危ないっ!」
どんっ! とハイスに突き飛ばされた。
そのハイスの上に、巨大なシュピンネが落ちてくる。
どうやらそのシュピンネは、木の上に隠れていたようだ。
「くそっ! 離せ!」
ハイスはもがくが、シュピンネの脚に絡めとられている。
そしてシュピンネが糸を吐き始めた。
白い糸が、ハイスに巻きついていく。
「ハイス!」
僕はバイオリンを弾いた。
迫り来る旋律。
螺旋に絡み合い昇っていく音の粒。
疾駆する戦士達。
九人のワルキューレが絢爛に出撃していく。
「ワルキューレの騎行!」
巨大シュピンネが切り裂かれた。
体液を噴き出し、身悶える。
ハイスが拘束から解き放たれた。
僕はハイスに駆け寄り、糸を引きちぎる。ルーフが爪で糸を切り裂いてくれた。
「あ……ありがとう。助かった」
「無事でよかった。ボスは……」
巨大シュピンネは全身をぼろぼろに傷つけられ、息絶えていた。
「倒したみたいですよ。ハイスさん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんともない」
「はいす、よかった」
「私のことは大丈夫だ。それより、魔石を探そう。親玉がいたということは、この近くにあるはずだ」
みんなで魔石を探す。
草を掻き分け、木の幹を探り、探索するが、なかなか見当たらない。
「おかしいな……このへんにあるはずなんだけど」
「これだけ探してもみつからないということは、視点を変えてみる必要があるのかもしれないな」
「視点を……ですか?」
「シュピンネたちは木の上にいただろう? だから……」
「あっ、そうか。でも木の上か……どうやって……」
「るーふ、いく!」
「ルーフ?」
「るーふ、き、のぼる。いし、さがす」
「ルーフは木に登れるのか?」
巨大シュピンネが落ちてきた木に、ルーフが近づく。
そして、するすると登り始めた。木の幹に爪を立て、いとも容易く登っていく。
「さすが、身体能力が高いな、ルーフは」
「もうあんなところまで……俊敏ですね」
木の天辺近くまで、ルーフはあっという間に登った。
「おーい、ルーフ。なにか見つかったか?」
ルーフは木の枝や幹をじっと見ている。ぐるりと幹を一周したころ。
「あった!」
ルーフが叫んだ。
「ここ、いし、ある。うまる、ある」
「ありがとう! ルーフはそこで見ててくれ」
僕はバイオリンを奏でる。
「くるみ割り人形」
パキィンと音が響いた。
ぱらぱらと欠片が落ちてくる。
「われた!」
ルーフが声を上げた。
「ルーフ、確認ありがとう。いいよ、降りてきて」
滑るように幹を辿り、ルーフが戻ってくる。
「魔石も壊せたね。これでシュピンネの巣は攻略完了だ」
「後は魔族が襲ってくるかどうかだな……」
「そうだね。でも、考えていても仕方がない。僕たちは休むことにしよう」
「今日はどこに家を作るんですか?」
「そうだなあ……。山の中だもんね。どこも斜面だし……」
「山を降りますか?」
「いや、いいよ。なんとかできると思う」
僕はバイオリンを構え、弾き始めた。
弾むようなリズム。たゆたい流れるメロディ。
愛すべき故郷の大地を歌った歌。
「大地の歌」
眼前の大地が、ぼこっと削れた。
斜面が崩され、ならされ、平らかな土地となる。
山の中に平地が出来上がった。
「ここに作ろう」
「マコトは、なんでもできるな……」
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