それぞれの選択
「まぞく、けがした、しなない。またくる?」
「……そうだね。また来る可能性は高いと思う」
「ど……どうしましょう」
僕はみんなの顔を見渡した。
「ここで、魔物退治をやめるかい? 魔石を壊すことをやめれば、おそらく魔族に付け狙われることはなくなるだろう。その方が安全だと思う」
僕はみんなのことを思い、そう問いかける。
みんなの沈黙が落ちる。
「でも……それじゃあ何も変わらない」
沈黙を破ったのは、ハイスだった。
「魔物は増え続ける。この世界は魔物に侵略される。人間は魔物に蹂躙される。あたしは、そんなのはもういやだと思ったんだ。それを止めたいと思った。だからあんたと一緒に旅をしてる。魔族が怖いからって行動をやめたんじゃ、結局今までと同じことだ。あたしは魔物退治を続けたい」
「ハイス……」
リートが僕を見つめている。
「私は、『外』に追放された時点で本当なら死んでいたはずでした。でも、マコトさんのおかげでこうして生きていられる。元からなかった命です、惜しくはありません。私もこの世界を救うため、魔物を倒したいです。でも、マコトさんが危険な目に遭うのはこわい。いやです。だから、私の歌に少しでも力があるのなら、この歌でマコトさんを守りたい」
「リート……」
ルーフは考え込んでいる。
「……まぞく、つよい。こわい。でも、まもの、わるい。なくす、いる。まこと、まもの、なくす。るーふ、まもの、なくす」
「ルーフ」
みんなの視線が僕に向かっている。
「みんな、ありがとう。安全な道に逃げてもいいのに、そうはしないんだね。……僕もみんなのために、この世界を救いたい。そのためには魔物退治を続けよう。みんなが危険を知った上でもそれについてきてくれるというのなら、僕は全力をかけてみんなを守ろう。魔族にも、音楽は効果があった。魔族がきても、音楽をうまく使えば対抗できると思う。きっと撃退できる。だから、これまでどおり、先へ進もう」
みんなは頷いてくれた。
「はい。私はマコトさんを信じています」
「マコトなら、きっと魔族にも勝てるさ」
「まこと、つよい。るーふも、がんばる」
「よし。それじゃ今日のところはゆっくり休もうか。今、壊された家を直すよ」
『家路』を弾いて、破壊された家を修復した。
それからそれぞれの部屋に戻り、休息した。
僕もベットに入り、身体を休める。でも、眠気はやってこなかった。
布団の中で思案する。
「……マコトさん」
すると、リートから声がかかった。
「なんだい? リート」
「……大変なことになっちゃいましたね」
苦笑するリート。たしかに、笑うしかない。
「そうだね。……僕は日本の平凡な学生で、人生に絶望して死んだはずだったのに、今は見知らぬ異世界で、魔法を使いながら、世界を救うために魔族と戦うことになっている。全く、どうしてこんなことになったんだろう」
「私も普通の町の一般人で、みんなに嫌われながら生活しているだけだったのに、今はこうしてマコトさんという素敵な人と出会って、一緒に魔物を退治しています。どうしてこうなったんでしょうね」
二人で顔を見合わせて、くすりと笑う。
それからリートは僕を見つめていった。
「でもね、マコトさん。私は、こうなって嬉しいんです。『丘』の町で暮らしていたときよりずっと嬉しい。だって、自分の好きなことで、好きな人の役に立てるから。私の歌は、気味悪がられるだけだったのに、喜んで聞いてもらえる。それだけじゃなくて、魔法という力があった。もっと上手に使えるようになれば、マコトさんみたいに魔物も退治できるかもしれない。マコトさんの、助けになれるかもしれない。私は役立たずじゃない。それがすごく嬉しいんです。これからもマコトさんのために私の歌を役立てたい」
「……リート。ありがとう。君の真っ直ぐな気持ちがとても嬉しいよ。こんな僕に対して、そこまで思ってくれるなんて。僕を好きでいてくれるんだね」
「えっ! あっ! 私、つい……」
リートは顔を真っ赤にする。……どうして赤くなるんだろう?
「僕もリートのことが好きだよ。本当の妹みたいに思ってる」
「……ありがとうございます」
なぜかリートはあまり嬉しそうじゃなかった。
「僕も今の自分は嫌じゃない。親に強制されて、無理矢理やらされていただけのバイオリンが、強力な魔法になる。それで、みんなを助けることができる。心から、バイオリンをやっていてよかったと思えたよ。みんなの役に立てる自分を認められることができた。これからも、みんなのため――そしてリートのために、バイオリンを使いたい。僕がバイオリンを弾く気になったのは、君のおかげだ。君を守りたいからだよ」
「マコトさん……」
リートは頬を染める。
「君の歌は僕を変えた。そして――これからも変えるかもしれない。君のおかげで、僕はもっと純粋な気持ちでバイオリンを弾けるようになるかもしれない。いつか、そんな日が来るといいなと思うんだ」
「はい……。そのときの音を、私も聴いてみたいです」
「ありがとう」
僕はリートの頭を撫でた。
リートは幸せそうにして、僕にくっついてくる。
リラックスできて、次第に眠気が降りてきた。
僕はリートを抱きしめて眠りについた。
翌朝、みんなと今後のことについて相談し、これまで行っていない西に進んでみることにした。
家を出発する。
しばらく森の中を進んだ。
「そういえば、ルート」
「う?」
「ルートは、どうしてそんな風に片言なんだ?」
「かたこと?」
「そうやって、たどたどしいというか、文章で喋らないというか、単語で喋るというか、そういう話し方のこと。お母さんがいたんなら、お母さんに言葉を教えてもらったんじゃないのか?」
「……うー。かあさ、しんだ、ずっと、むかし。るーふ、ちいさい。ことば、しゃべる、ない。ことば、しゃべる、すこし。かあさ、しんだ、ずっと、ひとり。ことば、しゃべる、ない。だから、じょうず、ない」
「そうか……。お母さんが死んだのは、ルーフがずっと小さいころだったんだな。だから、あまり言葉を喋ることができなかった。その後はずっと一人だったから、会話をする人がいなくて……。それは、悪いことを聞いたな。申し訳なかった」
「んーん、だいじょぶ」
ルーフは首を横に振った。
それから、笑顔になった。
「いま、ひと、いっぱい。まこと、いる。りーと、いる。はいす、いる。しゃべる、いっぱい。なかよし。るーふ、しあわせ。うれし。さみし、ない」
それはとても幸せそうな表情だった。今までルーフがどれほど孤独だったのか、感じられる。
「……そっか。僕も、ルーフと知り合いになれて嬉しいよ。これからも、仲良くしような」
「なかよし!」
「あたしもだ。最初は警戒して悪かったな。ルーフは頼もしい仲間だよ」
「私も、仲良くしてくださいね」
「はいす、りーと、ありがと!」
そんなふうに話しながら進んでいると、次第に地面に傾斜がついてきた。
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