魔族来訪

「誰だ……とは、ご挨拶だねえ。もっと他に言うことはないのかい? ほら、社交辞令とかさ。はじめましてなんだし、挨拶でもしないかい? こんばんは、って。ほら、こんばんは」

 青年はおどけたように一礼してくる。

 僕は黙ってそれを見つめた。

 世間話なぞする気にならない。一時もその青年から目が離せなかった。

 なぜといって、青年が放つ気配の禍々しさは半端ではなかったからだ。

 今にも自分達を殺しそうな気がする。

「……あらあら、愛想なしかい。そっけないねえ。まあ、いいや。じゃあ本題に入ろうか。――君たち、これ、知ってる?」

 そう言って青年が差し出してきたのは、壊れた魔石のかけらだった。

「そこの岩の中に仕込んであったものなんだけどねえ」

「マコトさん、あれ……」

「ああ、ゴブリンの巣にあった魔石だろう。僕が壊したものだ」

 その会話を聞きつけたのか、青年はオーバーリアクションでぱしん! と額を叩いて見せた。

「壊した! 壊しただって! ああ、なんてことをしてくれたんだ!」

 やれやれと首を振る。

「ひどいことをしてくれたもんだねえ……。全く、ひどい」

 そのおどけた様子に、思わず問いかけていた。

「その魔石は……なんなんだ。魔物が湧き出てきたぞ」

「当然だよ。そのために設置した魔石なんだから」

「設置、した……?」

 青年は手を胸にあて、優雅に一礼して見せた。

「さっき、僕が何かと聞いたね。答えてあげよう。僕は魔族さ。魔界の住人だ」

「魔族……」

 ハイスとリートが息を呑む。ルーフはずっとうなり声を上げている。

「魔界では今、住人が増え過ぎててねえ……土地不足なのさ。人口密度が高過ぎるんだ。住んでるのは人じゃないけどね。あはは」

「……」

「土地の取り合いになって争いだらけ。狭い土地に魔物があふれかえっている。そこでね、僕たちは目をつけたんだよ。広い広い、別の世界の土地にね。それが――人間界さ」

 青年は両手を広げる。

「ここにはこんなに広大な土地が広がっている。それにうろちょろしてるのは脆弱な人間ばかりだ。そんなものは駆逐してしまえばいい。それでこの土地は自由に使える」

「……」

「だからね、転移の魔法で魔物たちを送り出したんだ。こっちの世界に、出口となる魔石を設置してね。ぞくぞくと魔物たちは出て行った。それで魔界の問題は解決した。はずだった」

 青年は首を振る。

「それなのに、おやおや、おかしいねえ。ちょっと前から、いくつかの部族の転移の魔石が機能しなくなったのさ。向こう側に――つまり、この人間の世界に魔物を送れなくなった」

「……」

「これはおかしいってんで、調べに見に来てみれば、どうだろう! 転移の魔石が粉々に砕けているじゃないか! これじゃ道をつなげない。出口がなければ、入り口も通れない。魔物たちは、魔界でとうせんぼ、ってわけさ」

「……」

「困るんだよねえ。いやはや苦労してつないだ道だったんだよ? 転移の魔法も楽じゃないんだ。こっち側に魔石を設置して道を通すっていうのは、なかなか労力のいることだったんだ。壊されたからはいもう一度やり直しってわけにはいかないんだ。それで……」

 青年が僕を見る。

「なんでこんなことになったんだろうって様子を見に来てみれば、あれあれ、おかしな家がここにあるじゃないか。こんな建物みたことがない。それに、ここに生き残ってるかもしれない人間どもにこんなものが作れるとも思わない。それで中に誰がいるんだろうって思って、手っ取り早くぶっ飛ばしてみたんだけどね」

 くっくっくと、青年は笑う。

「まさか中にいたのが、魔石を壊した張本人だったとはねえ……。話が早くて助かるじゃないか。でも、一体どうやって壊したんだい? そう簡単に壊れるものじゃないんだけど」

「答える必要はない」

 僕は言った。

「おっとっと……、怖いねえ、もう。つんけんしちゃって。まあいいさ。じゃあ、どうやって壊したのかはいいや。聞かない。その代わり、もう壊さないでくれないか? 困るんだよ、こっちとしては」

「い……」

 僕は唾を飲み込んだ。

「嫌だといったら?」

「まさか魔族に逆らうような馬鹿な人間はいないと思うけど……そうだね。これ以上、魔石を壊すようなら」

 途端、青年から殺気が膨れ上がった。

「殺すだけだよ」

「ワルキューレの騎行!」

 その瞬間、僕は構えていたバイオリンをかき鳴らす。

 弦を震わすフォルティッシモ。

 音の波があふれ、こぼれて、満ちていく。

 九人のワルキューレが風のように疾駆する。

 ドシュッ! ザクッ!

「ぐっ……あ!」

 青年の身体に、いくつもの風穴が開いた。

 片腕は斬り飛ばされ、足も千切れそうになっている。

 がくりと、青年は膝をかがめる。

 青年は驚愕に目を見開いた。

「馬鹿な……高等魔法だって……?」

 自分が受けたダメージが信じられないように、顔をゆがめる。

 がはっと血を吐いた。

 驚くべきことに、そんな状態になっても青年はまだ生きているようだった。

「人間が……なぜ……」

 苦しそうにふらつきながら、青年は一本の細長い棒のようなものを懐から取り出した。

「これは……一度報告にあがらないと……おのれ……人間ごときが!」

 その棒のようなものを横向きにし、口にくわえる。

「僕の名はシュレッケン……。覚えておくことだね」

 そして、吹いた。

 ささやかな音色が奏でられる。

 次の瞬間、青年の姿はその場からかき消えていた。

 しん……と静寂が落ちる。

「いった……か」

 僕は緊張していた肩から、ふっと力を抜く。

「マコトさん! 大丈夫ですか」

「ああ……僕はなんともない。みんなも怪我はないね?」

「ああ、平気だ」

「けが、ない。あいつ、わるい。こわい」

「ああ……禍々しい気配だった。人間なんて、なんとも思っていないような……。あの瞬間、本当に殺されるかと思った……」

「マコトさんが攻撃してくれたから、撃退することができました。ありがとうございます」

「魔族なんて初めてみたぞ……。魔族にまで勝つなんて、すごいな、マコトは」

「とんでもない。今まで試した中で最も強力な曲を弾きましたけど、それでも仕留めることはできませんでした。あれでも充分じゃない」

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