歌の力

 食事の後、リートが言ってくる。

「マコトさん、今日も歌を教えてもらえませんか?」

「そうだな……いや、今日はリートが歌ってくれないか?」

「えっ!?」

「僕が教えた歌じゃなくて、リートが作った歌が聞きたいな。こないだみたいに。歌ってくれないか?」

「その……改まって言われると恥ずかしいと言うか……そんなたいしたものじゃないんです」

 リートは頬を染めてもじもじしている。

「いいんだよ。僕はリートの歌が好きなんだ。どんなものでも、聞けたら嬉しいよ」

「は……はい。マコトさんがそう言うなら」

 リートは嬉しそうに頷いた。

 立ちあがり、虚空を見上げる。

 小さく息を吸うと、清らかに喉を震わせた。

 この間とは違う曲だ。

 軽やかなリズム。小鳥がさえずるような歌声。

 微笑がこぼれるような旋律。

 空間に絵を描くように、リートの歌声は僕達を色彩豊かに包み込んだ。

 それは以前聞いた歌よりも遥かに洗練され。

 確かなメロディを持った曲として、リートはそれを歌いきった。

「……終わりました」

 僕は立ち上がって大きな拍手をする。ハイスもそれに続いた。

 ルーフは目をぱちくりさせている。

「すごいよ、リート! 前よりも、ずっとずっと上手になっていた。本当に、素敵だったよ」

「なめらかな声だった。綺麗だったよ」

「ことば、ない。こえ、なに? たかい、ひくい、いっぱい。きれい」

 ルーフも分からないながらも、リートの歌を気に入ったようだった。

「もう一回、歌ってくれないか」

「はい、何度でも」

 ふたたびリートが歌い始めたときだった。

 はらりと。

 何かが降った。

「あれ……?」

 落ちたそれを見ると、花だ。

 美しい花が一輪、ぽつりと落ちている。

 それだけではなかった。

「なんだ……!?」

「でてくる!」

 次から次へと。

 華やかに、爛漫と、満開の花が空中に咲き乱れる。

 それは咲いては落ち、咲いては落ちて、床は一面花畑のようになった。

「なんでしょう、これ……」

 リートは驚いて歌うのをやめた。

 すると、花も湧きでるのが止まった。

「止まった……?」

「なんだったんだ?」

「マコトさんの魔法ですか?」

「いや、僕は何もしていない」

 不思議に思いながらも、害のあるものではない。美しい花だ。

 それは置いておいて、独唱会を再開した。

 ところがだ。

 リートが歌い始めた途端、また花が湧き出し始めた。

「これは……もしかして……。ちょっと待って、リート」

「はい、マコトさん」

 リートが歌をやめる。

 すると花も止まる。

「やっぱり……! ねえ、リート。君は今の曲、どんなイメージで歌ったの?」

「どんなって……、お花畑をイメージしました。満開の、綺麗な」

「そういうことか……。リート、君は魔法を使ったんだよ」

「えっ……、私が、魔法を?」

「どういうことだ? マコト」

「リートのイメージが、声――歌によって発現され、この花を生み出したんだ。僕のバイオリンが魔法としての効果を持つように、リートの歌も力を持つんだよ」

「私の歌が……マコトさんのバイオリンと同じ?」

「歌もメロディがあり、リズムがある。れっきとした音楽だ。イメージがあり、情報量に富んでいる。リートの音楽も、魔法としての効果があるんだよ」

「じゃあ、リートのイメージが魔法になるっていうのか?」

「うん。試しに、リート。今度は何か違うものをイメージして、もう一曲歌ってみてくれないか」

「は……はい」

 リートは伸びやかに歌う。

 明朗で快活で、元気のいい曲だった。

 ぽんっ! と、続いて現れたのは。

「照り焼きチキン……?」

 お皿に乗った、照り焼きチキンだった。

 リートが真っ赤になって慌てる。

「あ……あああ、あの、これはその、とっさに何をイメージするか思いつかなくて、つい、さっき食べた晩御飯美味しかったなあって思って、それを想像しちゃったので……」

「なるほど。やっぱり、リートのイメージが現実のものとなってあらわれるんだ」

 僕はそう分析して、感嘆の声を上げた。

「これはすごいことだよ!」

「どうして? マコトさんの魔法の方がずっとすごいです」

「考えてごらん。僕はバイオリンを弾ける。だけどそれは、元々ある曲に対してだけなんだ。僕は知っている曲しか弾けない。本来ある曲の、イメージを、魔法として利用しているにすぎないんだ。でもリートは違う。自分で曲を作ることができる。一からだ」

 僕はリートの肩をつかむ。

「君は自分が思うものを何でも、イメージして歌に乗せれば、それを現実のものとして発現することができるんだ。これはすごいよ。とんでもなく自由度が高い。できることの幅が、ずいぶん広がると思うんだ」

「自由度が、高い……」

「君の歌は歌声として素晴らしいだけじゃなくて、こんな力もあったんだね」

 僕はリートの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 リートは目をつぶり、誇らしそうにしていた。

 そのときだった。

 突然、轟音を立てて家の二階部分が吹っ飛んだ。

「何!?」

 瓦礫がばらばらと散らばる。見上げれば広々と空が見えた。

 何事かと、慌てて家の外に飛び出す。

 そこには。

「あ……出てきた。あんたらに聞きたいことがあったんだよねえ」

 僕達を待ち受けるようにたたずむ、一人の青年の姿があった。

 だが、ただの青年ではない。見るからに異様な風体をしている。

 全身は真っ黒の模様に覆われていて、頭には二本の曲がった角がある。

 そして何より、背中に黒い翼を生やし、空中に浮かんでいる。

 人間でないことは明らかだった。

「なんだ、お前……誰だ」

 僕はバイオリンを構え、その青年に問いかけた。

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