ゴブリンの巣

「このあたりだったな……」

 僕は最初にリートと降りてきた森の中にきていた。

 しばらく辺りを探索していると、ゴブリンの姿を見かけた。

「いたぞ! 今……」

 僕がバイオリンを構えようとした、そのとき。

 シュバッ!

「ギャア!」

「え?」

 一陣の風のように目の前を何かが通り過ぎ、ゴブリンは喉笛を切り裂かれていた。

 何が起きたのか分からない。

 呆然として立ち尽くしていると、ルーフがいつの間にかゴブリンの近くに立っていて、手を振り払っている。

 どうやらその手は血で汚れているようだ。

 僕は倒れたゴブリンと、ルーフを見比べる。

「もしかして……今の、ルーフがやったのかい?」

「るーふ、ごぶりん、たおした!」

 ルーフは胸を張って答える。

 想像するに、ゴブリンの喉をルーフが爪で切り裂いたらしい。

「驚いた……。ルーフは強いんだな」

「るーふ、つよい!」

 嬉しそうに笑顔を見せるルーフ。

 ゴブリンの悲鳴に引き寄せられたかのように、数匹のゴブリンが森の中から現れた。

「それじゃあ、僕も負けないところを見せないとね」

 りんりんとバイオリンを奏でる。

 新たなゴブリンは一斉に脳天を撃ちぬかれ、地面に倒れた。

 ルーフはぽかんとしてそれを見ている。

「いまの、なに?」

「僕が音楽で倒したんだよ。このバイオリンを奏でることで、魔法が発動するのさ」

「ばいお……? おと、なる。まもの、しぬ?」

「そういうこと」

「まこと、つよい!」

 ルーフが僕に抱きついてくる。

「おっとっと」

「あっ!」

 リートが慌てた表情になった。

「マ、マコトさんから離れてくださいっ!」

 必死にルーフを引っ張って、僕から引き剥がそうとする。

「リート、いいよ、別に。このくらい、じゃれてるんだろう」

「うう、マコトさんがそういうなら……」

 リートはごろごろと擦り寄るルーフを恨めしそうに見ていた。

「あっちの方からゴブリンがきたね。向こうに巣があるのかもしれない。行ってみよう」

 森の奥に進むと、またゴブリンが湧いてきた。

 バイオリンを奏でる間もなく、ルーフが仕留める。

 もしくは、

「はっ!」

 ザシュッ!

 ハイスが短剣で首を斬った。

 数匹のゴブリンなら、僕が手を出さなくても倒されていく。

「参ったな……。二人とも、強いね」

「えっへん!」

「役に立ててよかったよ」

「う~……」

 リートが一人、落ち込んだ様子を見せている。

 僕が与えた拳銃を構えてはいるが、撃つ暇がないようだ。

「私だけ、何もできていません……」

 しょげるリートに、声をかける。

「いいんだよ。出番がないほうが、安全でいい。リートは怪我をせずについてきてくれることが一番だ」

「マコトさん……。はい、ありがとうございます」

 ゴブリンを倒しながら、森の奥に進んだ。

 しばらく歩いたとき。草木をかきわけると、突然視界が開けた。

 湖だ。

 陽光を反射して美しく煌く湖がそこにあった。

 そして、その周囲には数多くのゴブリンが――。

「ここは僕の出番だね。みんなは下がっていて」

「キィ!」

 ゴブリンたちが、襲い掛かってくる。

 重厚に鳴り響く重低音。悲しく悲愴な響き。

 狼谷で作られる魔弾。

 悪魔のそれが、ゴブリンたちに降り注ぐ。

「『魔弾の射手』」

 ドン! ドン! ドン!

 数多の銃弾が飛び交い、ゴブリンの頭蓋に穴を開けた。

 一面のゴブリンが、一斉に倒れ伏す。

「みんな、しんだ!」

「いつ見ても壮観だな……」

「さすがマコトさんです」

「これで普通のゴブリンは片付いたか……。ボスはいるかな?」

 しばらく見ていると。

 湖の傍ら。茂みの奥から。

 これまでのものより、二周り以上大きいゴブリンが歩み出てきた。

 もっている武器も、より凶悪なサイズである。

 ずしん、と。その足取りすら重厚感を感じさせる。

「でたな……危ないから、みんなは後ろに」

 リートたちをかばって、前にでる。

 ゴブリンキングはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 手に持っている巨大な金棒は、一瞬で人体を壊すだろう。

 それを見据えながら、僕はバイオリンを奏でた。

 勇ましく駆け上がる音の波。

 明朗に鳴り響くメロディ。

 九人のワルキューレが空を駆ける。

「『ワルキューレの騎行』」

 ブシャアッ!

 鮮血が舞った。

 一瞬でゴブリンキングの身体は傷だらけとなり、その手から金棒が落ちる。

 どさり、とその巨体が地面に倒れた。

 それきり、ぴくりとも動かない。

「やった……か?」

「でかいの、しんだ?」

「ボスも一瞬だったな……」

「マコトさんすごい!」

 近寄ってみるが、完全に胸に穴が開いている。起きだす気配もない。

「倒したみたいだね」

「次は魔石か」

「うん。このあたりのどこかにあると思うんだけど……」

「ませき?」

「ああ、ルーフ。どこかに紫色の石があると思うんだよ。それを放っておくと、そこからまたゴブリンたちがでてきてしまう。だから、それを壊したいんだ。さがしてくれないか」

「いし、さがす!」

「うん、いい子だ。ありがとな」

 みんなで探すと、ほどなくして。

「ありました!」

 ゴブリンキングが出てきた茂みの奥から、リートの声がする。

 行ってみれば、大きな岩の中ほどを、リートが指差していた。

「これ……魔石ですよね」

「ああ、確かに」

 そこだけ色の違う石が、岩に埋め込まれている。

「じゃあ、壊すよ――『くるみ割り人形』」

 曲を奏でると、魔石は粉々に砕け散った。

「これで、ゴブリン退治も終了だな」

「ルーフさんも加わって、さらに討伐がやりやすくなったみたいですね」

「うん、でも油断は禁物だよ? 危ないことをしているのに変わりはないんだから」

「はい」

「マコト、今日はここで野営するのか?」

「そうだね、ちょうど開けた土地があるし、ここに家を建てようか」

 『家路』を弾いて、家を建てる。

「!? なんか、でた!」

 初めて見たルーフが驚いている。

「これも魔法だよ。僕が音楽を弾いて、家をだしたんだ」

「いえ? すむ?」

「そう、僕達が住むところだ」

「おんがく……まこと、すごい!」

 ルーフが瞳をきらきらさせて僕を見ている。本当に表情が豊かな子だ。

「それじゃあ、入って休もうか」

 まず身体を清め、家に入る。

 続いて風呂に入ったのだが、そこでハプニングが起きた。

「あつい、いや!」

「ルーフ!」

 風呂に入ったルーフが、飛び出してきてしまったのだ。

 それも、真っ裸のままで。

「わわ……」

 僕は慌てて目を逸らす。子供とは言え、女の子なのだ。

 それでもちらりと見えてしまったルーフの体の曲線に、僕は顔を真っ赤にした。

「こら、ルーフ、裸で出てくるんじゃない! お湯がいやなら水にしてやるから!」

「ルーフさん、大人しくお風呂に入ってください!」

 ハイスとリートが二人がかりでルーフをお風呂に押し込む。

 その間僕は必死に顔を背けていた。

「マコトさん……、見ましたか?」

「い、いや。何も見てない! 僕は何も見てないよ!」

 懸命に否定するが、リートにはジト目で睨まれてしまった。

「今までは水浴びで済ませていたんだそうだ」

 やっとのことでルーフを押し込めたハイスがでてくる。

 その後も裸で出てこようとするルーフを、ハイスとリートが説得し、男性には裸を見せてはいけないということをどうにか教え込み、服を着させるという一幕があった。

(ふう……野生児相手は大変だな)

 僕は変な汗をかいた。

 その後は、みんなで食事にする。

 今日のメニューは照り焼きチキンだ。

「うわ……この肉は柔らかいな! それに、少し甘くてしょっぱい複雑な味付けがあとを引く」

「お肉ジューシーです! あまからで、旨味がじわあって……。これ、ごはんによく合います!」

「にく! すき!」

「今日のメニューは皆気に入ってくれたみたいでよかった。これに使われている調味料は、僕の国の伝統的なものなんだよ」

 そうして、和やかに食事をした。

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