ルーフとの生活

「ルーフ、食事はもうとったかい? まだなら、ごはん食べる?」

「ごはん? なに?」

「ああそうか、ご飯じゃ通じないよな……。なにか、食べるかい?」

「たべる! おなか、すいた!」

「僕達と同じメニューで大丈夫かな……」

 考えながら、オムライスを出した。

 ルーフは目をまん丸にしてそれを見ている。

「いま、なに? おと、いっぱい、なに?」

「そっか、ルーフは音楽を聴くのは初めてだったね。これは僕の魔法だよ」

「おんが……なに? まほう?」

「音楽。そう、魔法。音楽を弾くことで、魔法を使って、食事を出したんだ」

「なにも、ない……でてきた。これ、まほう? まこと、まほう、つかった? でてきた?」

「そう、これは僕が出したもの」

「まこと、すごい! まほう、すごい! これ、ある、おなか、すかない! いつでも、たべもの!」

 ルーフはすごいはしゃぎようだった。お腹がすいて苦労した経験があったのかもしれない。考えたら、音楽のおかげでいつでも食事にありつけるというのは、とてもありがたいことだ。音楽が魔法としてつかえなかったら、どうなっていたかわからない。

 あらためて、音楽魔法のありがたみを感じた。

「でも、これ……たべもの?」

 ルーフが不審そうに匂いをかいでいる。オムライスなんか見たことないのは当然だろう。

「食べ物だよ、食べてごらん」

 うながすと、ルーフはオムライスに手を突っ込んだ。

「あち!」

「ああ! 手で食べちゃ駄目だよ。そうか……今までは手づかみで食べていたんだな。これを使うんだ」

 スプーンを差し出す。

「ここですくって、こうやって食べる。いいね?」

 スプーンをつかませ、ルーフの手を上から握って、すくって口に持っていくまでを実演してみせる。

 ルーフは試しに使おうとしてみるが、手がぷるぷるしている。

「たべにく、やっ!」

 放り出してしまった。そして、手づかみで食べ始める。

「ああ、だめか……。まあ、食前と食後にきちんと手を洗ってもらえばいいか……。どうだい、ルーフ。美味しいかい?」

 ルーフはすごい勢いでもぐもぐと食べている。お腹がすいていたらしい。

「……いろんな、あじ、する。……にく、ない? るーふ、にく、すき」

「肉か……。肉はあんまり入ってないな。あんまり気に入ってもらえなかったか……。うーん、でも肉だけだと栄養がかたよるし……」

「贅沢はだめです!」

 めずらしく、リートが声を大きくした。

「マコトさんの出してくれる食事に文句を言うなんて許しません! こんなに美味しくて幸せなのに……。残さず全部食べてください!」

「……ぜんぶ、たべる……」

 リートの剣幕にびっくりしたように、そして元々全部食べるつもりだったのだろう、食事のスピードを落とすことなく、ルーフはオムライスを食べきった。

「食べたらこっちで手を洗ってくれ。ここで流れろというと、水が出てくるから」

 ルーフに洗面所とついでにトイレの使い方を教え、『美しく青きドナウ』でルーフの身体を綺麗にした。

 年のころは16歳ほどだろうか。背中まで伸ばした髪は濃紺で、ほわほわとしたくせっ毛。銀色に青を垂らしたような青灰色の大きな瞳が表情豊かだ。

「また……おと、いっぱい……」

 ルーフはぽーっとした顔でバイオリンに聞き入っている。

「ルーフは音楽が好きかい?」

「すき……? いっぱいで、ふしぎ。はじめて、きく」

「ルーフは耳がいいのかもしれないね」

 ルーフの頭を撫でる。ふわふわで気持ちがいい。

 ルーフも気持ちよさそうにしている。

 それをみていたリートが、そわそわした後に、割り込んできた。

「わ、私も! 私も撫でてください!」

「リート? どうしたんだ? 急に」

「いえ、ルーフさんがうらやましく……いえ、なんでもありません」

 とりあえず、リートも撫でてやる。

「えへへ」

 リートは幸せそうにしていた。

「マコトはモテて大変だな」

 ハイスがからかうようにいう。

「やめてよ。みんなまだ子供じゃないか。じゃれてるようなもんだろう」

 ルーフは目を閉じてごろごろしている。

 リートは肩を落としてため息をついた。

「さて、そろそろ寝るか。今日から、ハイスとルーフは同室でいいかい?」

「ああ、いいよ。今まで一人部屋で自由にさせてもらったからね」

「るーふ、はいす、いっしょ?」

「ああ、そうだ。こっちの部屋だよ」

 ハイスがルーフを案内していく。

「僕達も寝ようか」

「はい」

 僕とリートも寝室に行った。

「マコトさん」

「どうしたんだ? リート」

 ベットに入ると、リートが話しかけてきた。

「旅の仲間が、だんだん増えてきましたね」

「……ああ、そうだな。ハイスにルーフに、賑やかになってきたね」

「『外』の世界は、死の土地じゃなかった。生き残っている人たちが、少しでもいるんです。それが分かって……なんだか嬉しくなって」

「うん、そうだね。これからも、もっと色んな人に会うかもしれない」

「旅をして、良かったですね。この先、もっとたくさんの人を、救えるといいですね。マコトさんがいてくださってよかった……」

 安心したように、リートは目を閉じる。

 僕は彼女の頭を撫でてから、眠りについた。


 翌朝、一階に降りると、ハイスとルーフはすでに起きだしていた。

「おはよう。早いね。ルーフ、昨日はよく眠れた?」

 ルーフはぴょんっと飛び跳ねて両手をばたばたさせた。

「ねどこ、すごい! ふわふわ、もこもこ、やわらか! いた、ない! きもちい!」

「あはは、気持ちよかったか。それはよかったよ」

「ルーフがはしゃいで大変だったがな。なんとか寝付いてくれてよかったよ」

「それはお疲れ様」

 朝食を食べながら、今日の予定を立てる。

「さて……今日はどうしようか?」

「次の魔物退治の場所……だよな。うーん、あたしが心当たりが在る場所は、だいたい回ったからな」

「どこに行くか、考えないといけませんね」

「まもの、たいじ?」

「ああ、ルーフにはまだ説明していなかったね」

 僕はルーフに向き直る。

「僕たちは、魔物を退治して回ってる。この世界で、生き残っている人たちを探しながらね。基本的には僕の音楽で退治することができるけど……、もちろん、危険はある。だから、この旅に付き合わなくても構わない。この家で待っててくれてもいいんだ。どうする?」

 ルーフはじっと僕の目を見ていた。

「まもの、きらい。るーふ、まもの、きらい。まもの、たいじ、する。るーふも、する」

「危ないかもしれないんだよ?」

「るーふ、まもの、たたかう、ある。るーふ、つよい」

「ルーフは魔物と戦えるのか……?」

「ずっと一人で暮らしていたんだ。魔物と戦った経験くらい、あると考えたほうがいいだろう」

「そうか……。よし、わかった。それじゃあ、ルーフも僕達と一緒に来てくれ」

「るーふ、いく!」

「行き先について、考えてみたんですけれど……」

 リートが小首を傾げていう。

「マコトさんと最初に『外』に降りてきたとき、ゴブリンに襲われましたよね。あのゴブリンの巣を攻めてみるのはどうでしょう」

「ああ、そういえばいたな。懐かしいな。確かに、あの付近の探索はしていない。行ってみるのもいいかもしれないね」

「よし、それじゃあ出発しよう。マコトは案内してくれ」

「しゅっぱつ!」

 僕たちは家をでた。

 なお、家は消滅させず、そのままにしてある。もしも生き残っている人がここに辿り着いた場合、使ってくれるかもしれないからだ。

 少しでも誰かの役に立つといい。

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