闖入者

 そのとき。

 ドンドンドン!

「な……なんだ?」

 突然、玄関のドアが手荒にノックされた。

 三人とも、のんびりしていた気分が一瞬で引き締まる。

 しばらく待っていると再び。

 ドンドンドン!

 ノックされる。

「魔物でしょうか……?」

「でも、魔物がノックなんてするかな?」

「確かに……」

 ノックは繰り返される。

 その合間に、かすかに人の声が聞こえ始めた。

「だれ……、いるー……?」

「人の声だ!」

「誰か生き残りがいたのかもしれないな」

「開けてみましょう」

「待って、念のため、バイオリンを構えておくよ」

 いつでも撃退できる準備をして、ドアを開けた。

 そこには。

「なっ……」

「え?」

「これは……」

「あ、ひと、いたー」

 頭に三角形の獣の耳を生やした、獣人(?)の少女がそこにいた。


「はじめま! るーふは、るーふ、だよ。おまえ、だれ? なまえ、なに?」

 獣人の少女は、人懐っこい笑顔でにこにこしながら、ぴょんと玄関に入ってきた。

 尻尾がぶんぶんと動き回っている。

 耳と尻尾を見る限り、ネコ科の動物ではない。

 犬……いや、狼?

 ハイスとリートは目が点になっている。

「ハイス、リート、大丈夫か?」

「マコトさん……」

「マコト……」

 二人は絶望的な表情になって泣きついてきた。

「あ、あの人、どうして獣の耳が生えているんですか? あっ、尻尾もある! あの人人間なんですか~?」

「マ、マコト。あいつは魔物なのか? 倒していいのか?」

「ふ、二人とも落ち着いて。この世界には獣人はいないんですか? あんな風に、半人半獣の……」

「ジュウジン?」

「あんな耳が生えた人間はみたことがない」

 二人ともきょとんとしている。

「……こわい?」

 獣人の少女がぽつりと言った。

「おまえ、るーふのみみ、こわい? しっぽ、こわい? ちがう、いや?」

 しょぼんと耳が垂れた。尻尾もだ。

 少女は泣きそうな顔をしてこちらを見ている。

「あー……」

 僕は、自分がこの場をとりなすしかないと覚悟した。

 ハイスとリートはまだ動揺している。まともに少女と会話はできまい。

 少女は少女で、何かの理由で落ち込んでいる。

(とにかく、まずは意思疎通ができるかどうかだな)

 僕は獣人の少女に話しかける。

「はじめまして。僕は真だ。君の名前は?」

「! まこと! はじめま、まこと! るーふは、るーふ、だよ」

「るーふはるーふ……。ルーフ、が君の名前かい?」

「そう! るーふ!」

 少女――ルーフが嬉しそうに顔を輝かせる。

「君は、一人かい? 誰か仲間はいるの?」

 途端にずうんと少女は落ち込んだ。

「るーふ……ひとり。ずっと、ひとり。なかま、いない」

「一人なのか……。どうして、ここへ?」

「う?」

「どうしてこの家に来たんだい?」

「ここ、いつも、ぼるふ、いっぱい! でも、きょう、ぼるふ、いない。みんな、しんでる。それで、しらないいえ、ある。おおき、いえ、ある。だれか、ひと、いる? おもった。したら、ひと、いた! まこと、いた!」

「ヴォルフが死んでて、見知らぬ家があるから、だれか人がいるのかと思ってきたのか……」

 少女の言葉は片言だが、どうにか意味はわかる。こちらの言っている事も、理解できているようだ。

 真は肝心なことを聞くことにした。

「君の……その耳は、どうしたの?」

「みみ?」

「君には、どうして獣の耳が生えているの?」

「まことも、みみ、いや?」

「ううん。僕は嫌じゃないよ。ほら、こうして触ることもできる」

 少女の頭を撫でてやる。ふわふわの毛が生えた耳はもこもこで手触りが良かった。

「うみ……。まことのて、きもちい……」

 少女は嬉しそうに目を細める。

 それから話し出した。

「るーふ、とうさ、ぼるふ」

「とうさ? ぼるふ?」

「ぼるふ、そと、いっぱいしんでた」

「ああ……ヴォルフのことか」

「そう。とうさ、ぼるふ。かあさ、にんげん。るーふ、まもの、との、あいのこ、いわれた」

「父さんがヴォルフで、母さんが人間? 魔物との合いの子!? そういうことか……」

「魔物!?」

「その子、魔物なんですか?」

 ハイスとリートが警戒態勢をとる。

「まあ、待って。もう少し話を聞いてみよう」

「かあさ、るーふ、そだてた。でも、るーふ、みみ、ひととちがう。ひと、るーふ、きらう。かあさ、かなしむ。かあさ、ぼるふ、きらい。だから、るーふ、ぼるふ、きらい」

「母さんもヴォルフがきらい……? 好きで結ばれたわけじゃなかったのか?」

「かあさ、ぼるふ、きらい。ひどいこと、したから。でも、るーふは、かあさのこ。だから、すき。かあさ、いってた」

「そうか。もしかしたら、ルーフのお母さんは魔物に襲われて無理矢理……。そして生まれたのがルーフ。ルーフは外見が人と違うから、嫌われてきた……。ルーフ、君のお母さんは? 今どこにいるの?」

 そう問いかけると、ルーフは悲しそうに顔を伏せた。

「かあさ、いない。ずっとまえ、しんだ」

「そうか……。それ以来、ずっと一人だったのか?」

「そう。ひとり。ひと、るーふ、こわがる。だから、ひとり」

「そうなんだ。それは、寂しかったね」

「さみし……?」

「わからないか。ハイス、リート、聞いていたね。この子は魔物を嫌っている。それに、この外見のせいで、今まで人に避けられてきたみたいだ。悪い子じゃない。見た目だけで嫌うのは、かわいそうだ。僕は、この子を受け入れようと思う」

 僕がそういうと、ハイスは難色を示した。

「そういうが……。得体の知れないものであることに変わりはないだろう? そう簡単に信用しない方がいいんじゃないか」

 そしてリートは。

「人から嫌われていたんですね……」

 痛ましそうな表情をした。自らも皆に忌み嫌われていた過去を思い出し、自分と重ねたのかもしれない。

 ルーフにそっと、手を差し出した。

「つらかったですね。マコトさんが受け入れると決めたのなら、あなたはもう私達の仲間です。私はリートといいます。仲良くしてくださいね」

「りーと! るーふだ! よろしく!」

 ルーフはリートの手を握った。(握手ではなく、わしづかみだった。)

 僕とリートの視線が集まり、ハイスはぐっと言葉を詰まらせた。

 それから、諦めたようにため息をついた。

「……ったく、二人ともお人よしなんだから。分かったよ。あたしはハイスだ。よろしくな」

「はいす! よろしく!」

 ハイスもルーフと手を握り合った。

「まこと、りーと、はいす、みんな、よろしく、してくれた。みんな、いいひと! やさしい!」

 ルーフは知り合いができたことが嬉しそうに、満面の笑みでにこにこしている。

「君も今日から僕達と一緒に暮らすといいよ」

「……?」

 そういうと、ルーフは不思議そうな顔をした。

「なに?」

「今日からここで、一緒に暮らしていいってこと。ずっと一緒にいようってこと」

 ルーフは表情を輝かせた。

「ずっと、いっしょ? いっしょ、いて、いい?」

「ああ、そうだ」

「やった!」

 ルーフはぴょんぴょんと跳ね回った。

「かぞく、ふえた! ふえた!」

「はは、家族か……。まあ、似たようなものかもしれないな。皆きょうだいだ」

「きょうだい……そ、そうですか」

 なぜかリートは落ち込んだ様子を見せた。

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