リートの才能

「魔弾の射手」

 すかさず、弦を鳴り響かせる。

 音の波が広がる。

 音色がヴォルフたちを取り巻く。

 ドン! ドン! ドン!

 見えない銃が、一斉に火を噴いた。

「ギャオン!」「ギャン!」

 ヴォルフたちが次々に倒れる。

 眉間を打ち抜かれて、鮮血を散らす。

 物言わぬ躯となって地に倒れ伏す。

 ばたばたと。

 一面、ヴォルフの死体で埋め尽くされた。

「手を出す暇もないな……」

 ハイスが感嘆したようにつぶやく。

 その中で、一頭。

 一際大きいヴォルフが、大木の根元に座っていた。

 ダメージを受けている様子はない。

「あれがここのボスか……」

 僕はバイオリンを構える。

 巨大ヴォルフが立ちあがった。

 僕は朗々と曲を奏でる。

 巨大ヴォルフが走り出した。

 その顔に、銃弾が命中する。いくつも、いくつも。

 だがヴォルフは止まる気配を見せない。攻撃が効いていないわけではないが、致命傷を与えられていない。

 巨大ヴォルフは駆け寄る勢いのまま、僕に突っ込んだ。

「マコト!」

「マコトさん!」

 リートとハイスが悲鳴を上げる。

 だが、僕はなんらダメージを受けていなかった。

「大丈夫ですよ」

 僕の手前で、何かに阻まれてでもいるかのように、ヴォルフがはじかれている。

 突進も僕に届かない。その牙も僕には届かない。

 ヴォルフの攻撃は見えない障壁で無力化されていた。

 僕はバイオリンを弾いたまま、その曲をシフトさせる。

 魔弾の射手から変更して――。

 颯爽と押し寄せるクレッシェンド。

 音の粒が連なって駆け上がる。

 勇壮に盛り上がるメロディ。

 天馬に乗って戦場を駆け、戦死した勇士を選びとり、天上の宮殿ヴァルハラへと迎え入れる戦乙女。

 神々の長ヴォータンとエルダの九人の娘たちが駆け抜ける。

「リヒャルト・ワーグナー――『ワルキューレの騎行』」

 剣が、槍が、九つの武器が、巨大ヴォルフに突き刺さる。

「グオォッ!」

 ヴォルフが雄叫びを上げる。

 その身体を九つの刃が引き裂いた。

 ドサッと、その巨体が倒れる。

 鮮血を振りまき、巨大ヴォルフは絶命した。

「やった……のか?」

「ふう……。終わったよ」

 心配そうにこちらを見るハイスに、僕は頷き返す。

「マコト! 無事でよかった」

「マコトさん、さっきのは一体……? ヴォルフの攻撃を、受けたように見えましたが……」

 ハイスとリートが駆け寄ってくる。

「僕にもわからない。攻撃をくらったと思ったんだけどね。気付いたら見えない盾があるみたいに、ヴォルフの攻撃を防いでくれていた。どうやら、演奏中はダメージを受けないみたいだ」

「エンソウ……?」

「バイオリンを弾いている最中ってこと。その間は、無敵時間らしい。どんな攻撃も受け付けない。多分ね」

「無敵……。一層化け物じみた奴だな」

 ハイスが呆れたように言う。

「すごい! さすがマコトさんです! マコトさんが怪我しなくてよかった……」

「心配してくれてありがとう。なんともないよ。さて、これでボスも倒せたな。残っているヴォルフはいないかな……?」

 ぐるりと辺りを見渡すが、生き残っているヴォルフはいないようだった。

「全滅させられたみたいだね。よし、ここにも例の魔石があるかもしれない。探してみよう」

 ハイスとリートに声をかけて、三人で魔石を探す。

 ほどなくして。

「あっ! ありました! マコトさん」

 リートが声を上げる。

 指差すほうをみてみれば、巨大ヴォルフが座っていた奥にある大木。

 その幹の中に、魔石が埋め込まれていた。

「やっぱりここにもあるのか……。全ての魔物は、魔石から現れているっていう可能性も、あるかもしれないね」

「なら、一刻も早く魔石を何とかしないとな」

「とりあえず、ここの魔石を壊しておくよ。――『くるみ割り人形』」

 勇ましい行進曲を奏でると、魔石は音を立てて砕け散った。

「ふう……これでヴォルフの巣も殲滅完了、だな」

「お疲れ様でした」

「いつもマコトばかり働かせて、すまないな」

「いや、二人が危ないことをしなくていいほうが嬉しいよ。――さて、今日はここまでしばらく歩いてきたから、ここで宿をとろうか。ちょうど開けた場所があることだしね」

 僕は『家路』を奏でる。

 郷愁を誘うメロディ。

 立派な一軒家が出来上がった。

「あたりがヴォルフの死体だらけっていうのが落ち着かないけど……まあ、家に入れば関係ないし。今日一晩くらい、我慢してもらおう」

 家に入り、まずは身を清める。

 それからお風呂に入り、食事にした。

 今日のメニューはオムライス、サラダ、スープだ。

「わあ……この卵、ふわふわでとろとろです! 上にかかってるソースも、濃厚で、少しほろ苦くっておいしい!」

「中に入ってるごはんは何かで炒めてあるのか……赤い色がついてるな。……ん、少し酸味がある。ピザにかかっていたソースと似ているな。酸味と旨味がごはんに絡まって美味い! とろとろの卵と、ソースと、炒めたごはんの相性が抜群だな」

「やわらかいお肉がごろごろ入ってて、食べ応えがあります。ふわふわの卵がごはんに絡まって……」

「いっぱい食べてね」

 三人で食事を楽しんだ。


「マコトさん、今日は何の歌を歌いますか?」

「はは、リートは本当に歌が好きだな」

「はい、とっても! 歌ってると楽しいし、なによりマコトさんが喜んでくれるのが嬉しいです」

「僕もリートの歌が聴けるのは嬉しいよ。そうだな、今日は、エーデルワイスにしようか」

「エーデルワイス?」

「花の名前だよ。『ドレミの歌』と同じ、サウンドオブミュージックという映画に使われていた歌だ」

「エイガ?」

「物語を動画にしたものだよ。動画と言ってもわからないか……。演劇を、いつでも見れるようにしたもの。その中でも、音楽をふんだんに用いているものをミュージカルというんだ。その中の一つだよ」

「みゅーじかる……。聴かせてください」

 僕はバイオリンを弾きながら、歌った。

「エーデルワイス、エーデルワイス……」

 映画を思い出す。

 音楽を禁じていた厳格な父親が、再び心を開き、子供達の前でギターを弾き語る。

「綺麗な歌……」

 二番からは、リートも一緒に歌う。

 いつも通り、その声は清らかで美しかった。

「マコトは、色んなウタを知っているんだな」

「ハイス。そうだね、僕のいた世界には、音楽があふれていたから。きっと紹介できないほどの歌があるよ」

「私は色んな歌を聴けて嬉しいです」

「マコトの世界では、皆がウタを歌えるのか?」

「そうだね。幼稚園……ええと、すごく小さいころから歌を学ぶ時間があるから、歌えない人はほとんどいないと思う」

「すごいな。ウタは、すごく難しいのに」

「ハイスは、小さいころから歌に触れていないからそう思うんだよ。昔っから聴いていれば、こんなの息をするように簡単さ」

「ふうん……そういうものか」

 ハイスと話をしていると、いつの間にかリートが鼻歌を口ずさんでいた。

 それは初めて聴いたリートの歌声を思わせる、たどたどしくも美しい、知らない曲だった。

「あれ……リート、今の歌は? 僕、そんな歌教えたかな?」

 そういうと、リートは慌てたように口を閉じた。

 そうして、恥ずかしそうに顔を赤くする。

「わわ、マコトさん……聴かないでください」

「どうして? 気になるよ」

 リートの顔を覗き込むと、顔をそらすようにして、教えてくれた。

「今のは……でたらめなんです。適当に、音を並べて遊んでいただけで……」

 僕は驚いた。

「適当って……じゃあ、今のは僕が教えた歌じゃないの?」

「はい。だから、歌って呼べるものじゃないんです。自分が気持ちいい音を、辿っていただけで……」

「驚いたな……。リートは、作曲をしたんだ」

「サッキョク?」

「自分で、新しく歌を作ることだよ。作曲できるなんて、リートはすごいな!」

「サッキョクってすごいことなのか?」

「すごいよ! 僕のいた世界でも、誰にでもできることじゃない。選ばれた、ごく一部の人にしかできないことなんだ。それをリートは何の勉強もせずにやってのけたんだ。リートには、素晴らしい才能があるんだな」

「歌を作るなんて……そんな大したものじゃないです。全然、形になっていなくて……」

「最初はそんなものだよ。やってみたいって、思うことが大事なんだ。ねえ、今の曲、もう一度聴きたい。僕に聴かせてよ」

 お願いすると、リートは最初は渋っていたが、根負けしたように恥ずかしそうに歌ってくれた。

 それは天上からきらめいて落ちてくる陽の光のように。

 きらりとまたたく雪の結晶のように。

 澄み切って、美しかった。

 途切れ途切れではあったが、それは確かにメロディを有していた。

 リートが歌い終えたとき、僕は惜しみない拍手を送っていた。

「すごいよ! 素晴らしかった。素敵だったよ、リート」

「そんなにほめないでください、恥ずかしい……」

「ううん、君には才能があるよ。とっても良かった。君の歌、もっと聴きたいな。ねえ、これからも、色んな歌を作って聴かせてよ」

 リートの手を握り、お願いする。

 リートは頬を染めながらも、

「マ、マコトさんが喜ぶなら……」

 と、頷いてくれた。

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