ヴォルフの巣

「ハイスさんも、歌に興味を持ってくれて、ありがとうございます」

「……別に。あんたらが、楽しそうだから。というか、マコト。あんたはいつまであたしを『さん付け』で呼ぶんだ?」

「えっ、だって……」

「あんたの方が能力が上なんだ。あたしに対して丁寧にふるまう必要なんかない。そのかしこまったしゃべり方もやめろ。そもそも、年だってそんなに変わりはしないだろ。そんなふうに敬われる理由はない」

「そういえば、マコトさんって何歳なんですか?」

「僕? 僕は二十二歳だけど……」

「二十二!?」

「二十二歳ですか!?」

 そういった途端、リートとハイスさん――ハイスが、ぎょっとした表情で身を乗り出してきた。

「えっ……、ど、どうしたんですか」

「あたしより四つも年上じゃねえか!」

「十七、八歳くらいだと思ってました!」

「あ、あたしも同い年くらいだと……」

「そ、そんなに幼く思われてたんだ……。たしかに、日本人の顔は幼く見られるっていうけど」

 そんなに子供っぽかったかなあと、僕は少しショックだった。

「マコトがそんなに大人だったとはなあ……。じゃあ、なおさらあたしにはざっくばらんに喋ってくれよ」

「そうですか――そ、そう? じゃあ、そうさせてもらおうかな」

「うん。そのほうが気楽でいい」

「マコトさんと十歳違い……。う、ううん。十歳くらい、大したことないよ」

「リートは何をぶつぶついってるんだ?」

「ひえっ! や、な、なんでもありません」

「?」

 その夜はそんな風に過ぎた。


 翌朝、ハイスと次の魔物攻略の相談をする。

「オークとフレーダーの巣は、全滅させることができまし……できたね。次の標的に、何か心当たりはある?」

「そうだな……。フレーダーが出て逃げ出したところ――その前に住んでたのが、東の森をさらに南に行った所なんだ。ここからだと東南だな。そこには、ヴォルフがでた」

「ヴォルフ?」

「四足の獣だよ。足が速くて、鋭い牙を持っている、危険な魔物だ。以前ヴォルフに出会ったときは、逃げるために貴重な干し肉を犠牲にしたものだ……忌々しい」

「そうか……今でもいるかな?」

「それは行ってみないと分からないが、魔物はそう住処を変えないからな。いる可能性は高いんじゃないか」

「――うん、わかった。それじゃあ、次はヴォルフの巣を狙おう」

「ああ、了解した」

「わかりました」

 そうして僕たちはヴォルフ退治に出発した。


 家を出て、東南に向かう。

 しばらくして、森の中に入った。

 うっそうとした道は歩きにくく、見晴らしも悪い。

「以前出会った時は、ヴォルフから逃げたといっていたね」

「ああ。逃げるしか、他にできることは無いからな。短剣で立ち向かえる相手じゃない。追い詰められて、どうしてもとなれば戦うが、好き好んでやりあいたい相手ではないな」

「干し肉を犠牲にしたって……?」

「そうだ。ありったけの干し肉を投げて、あいつらがそれを貪り食ってるあいだに、あたしたちは逃げた」

「ヴォルフは、人を食べるんですか?」

「ああ。あたし達も襲われそうになったし、どこかの誰かの亡骸が骨になって落ちているのもみたよ。くれぐれも、気をつけてくれ」

「……はい」

 がさがさと草木を掻き分け、僕たちは進む。

 そのとき、がさっと、遠くで物音がした。

「しっ! 今、何か物音がしたか?」

「ええ、聞こえました……」

「ヴォルフが現れたのかもしれない」

 三人で息をころして、しばらく様子をうかがう。

 ざっざっと足音がして、一匹のヴォルフが顔を出した。

「出た! ヴォルフだ」

「待て、あっちにも……!」

 現れたヴォルフの斜め右側にも、もう一頭が。

 続いて、左側にも。

 僕達は、数匹のヴォルフに囲まれていた。

 それらはうなり声を上げて、身をかがめている。

 今にもこちらに飛びかかってきそうだ。

「二人とも、動かないで」

 僕はバイオリンを構える。

 そして勢いよく、弓で弦を震わせた。

 小刻みな振動から生じる音の粒が拡散していく。

 あたり一面、音色が響き渡る。

 ブシャッ!

「ギャオン!」

 一斉に、全てのヴォルフが血煙を上げた。

 断末魔の悲鳴を上げて、ばたりと倒れる。

 それきり動かなくなった。

「あちゃ……これは失敗したかな」

「なにがだ? ヴォルフは倒せたじゃないか」

「うん……それはいいんだけど。森の中がひどいことになってる。剣の舞は、名前の通り剣舞する曲だからなあ」

 手当たり次第、乱舞する刃に切り裂かれて、草はなぎ倒され、細い木は切り倒され、枝葉は切り落とされ、森の中は台風が通った後のようにぐちゃぐちゃになっていた。

「これじゃ森にも悪いし、何より歩きにくいしね。森の中では、剣の舞は向いてないなあ」

「じゃあどうするんだ?」

「うん……こっちにしよう」

 重々しく弓が弦を震わせる。

 暗く悲愴なメロディが響き渡る。

 狼谷で作られる、悪魔の魔弾。

「『魔弾の射手』」

 ドン! ドン! ドン!

 銃弾が発射され、迫っていたヴォルフに命中する。

「ギャン!」

 弾丸はヴォルフの脳天を撃ちぬく。

 ヴォルフの群れは、こちらに近づく間もなく銃弾に倒れた。

 姿がまだ見えぬ、草むらの向こうにまで、弾丸は飛び、ヴォルフを仕留めていた。

「やっぱりこっちの方がいいな。剣よりも銃の方が血の臭いが少なくてすむ」

 僕がそういうと、ハイスは意外そうな顔をした。

「マコトでもそんなことを気にするのか? いっつも魔物の死体を見ても平気そうにしているから、そんなこと気にならないんだと思っていたよ」

「血の臭いはできれば嗅ぎたくないよ。残虐な光景も、別に見るのが好きなわけじゃない。――ただ、僕は一度死んでるから。いつ死んでもいいと思えば、何を見ても大して動じることはない」

 おそらく感情が麻痺しているのだ、と思う。

 死んだときから、心が凍っている。

「マコトは、そんなことを考えていたのか」

「マコトさん、そんなこと言わないでください」

 リートが泣きそうな顔で僕を見る。

「いつ死んでもいいなんて、言わないで。私は、マコトさんが死んだら悲しいです。とても、辛い。ずっと、マコトさんと一緒に生きていきたいです」

「ああ……そうだね」

 僕はリートの頭を撫でる。こうしていると、心が和らぐのを感じる。

「僕も、リートとなら共に生きてみたいと思うよ」

「マコトさん……」

「本当に仲がいいな、あんたたちは」

 再びがさりと物音がして、僕はバイオリンを奏でる。

 ドン! と撃ち抜かれて、ヴォルフが地に倒れた。

「ヴォルフの数が多い方向に、ヴォルフの巣があるかもしれない。そっちに辿っていこう」

 バイオリンを弾きながら進む。

 森の中を走りよってくるヴォルフは、近寄ることもできず、次々と銃弾に倒れた。

「右の方からくるヴォルフが多いな……。右に行こう」

 音色と共に歩く。

 森の中は見通しが悪い。

 がさがさという足音と、銃声、そして鳴き声だけで、かけよるヴォルフが次々と弾丸にやられているのが分かった。

 次第にヴォルフの気配が濃厚になってくる。

 遠吠えが聞こえる。

 うっそうとした木々を抜けた。そこには。

 森の中、ぽかりと開けた空間。

 巨大な樹が中央にそびえ立ち。

 それを取り囲むようにぐるりと、苔むした地面が広がる。

 そこに、数多のヴォルフが集っていた。

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