ハイスとの対話

 食後にコーヒーを飲む。

 僕とハイスさんはブラックで、リートはカフェオレだ。

「今日はフレーダーの巣を撲滅することができましたね」

「ああ。魔物の巣を一つ、まるごと退治してしまうとはな。すごい成果だよ」

「明日はオークの巣に行くんですよね?」

「うん。魔石があるかもしれないからね。それを確認しに行こう」

 しばらくコーヒーブレイクを楽しんで、それぞれの部屋に入った。

 ぽすんとベットの上に腰かけ、リートが話しかけてくる。

「マコトさん」

「なんだい? リート」

「この前は、ドレミの歌を教えてくれました。今日は、他にも歌を教えてもらえませんか? 私、もっとたくさんの歌を歌えるようになりたいんです。音楽のこと、もっと知りたい」

「他の歌か……そうだな。いいよ。今日は、きらきら星でも歌ってみようか」

「どんな歌ですか? 聞きたいです」

「うん。いくよ。きーらーきーらーひーかーるー……」

 目を輝かせるリートに、僕はバイオリンを弾きながら、きらきら星を一曲歌った。

 途端、部屋の中に満天の星空が広がった。プラネタリウムのように、部屋の天上に数多の星が煌いている。

「わあ……綺麗!」

「こんな単純な曲でも、魔法は発動しちゃうのか……」

「とても、かわいらしい曲ですね」

「小さい子が習う曲だからね。さあ、歌ってみるかい?」

「はい!」

 僕は伴奏を奏でる。

「きーらーきーらー……」

 リートは目を閉じ、頬を上気させ、音の響きに浸るように、楽しそうに歌った。

「おーそーらーのーほーしーよー」

 リートは一音も間違えることなく、美しく声を響かせて歌い終えた。

「すごい! 今度も完璧だね、リート」

「えへへ」

「リートは素敵な歌手になれるかもしれないな」

「カシュ?」

「歌を歌う人のことさ」

「はい……私、歌手になりたいです!」

「うん、君の歌声は素敵だよ。僕も、もっとたくさん聞きたいな。これから色んな曲を覚えていこうね」

「はい!」

 そうして僕たちは眠りについた。


 夜中、僕は目を覚ました。

 のどの渇きを覚えたので、一階に降りていく。

 するとそこに、ハイスさんがいた。

 真っ暗な中、一人テーブルの椅子に座っている。

「ハイスさん?」

「! ……ああ、マコトか」

「どうしたんですか、ぼうっとして」

 僕はハイスさんの斜め向かいに腰かける。

「うん。兄さん達のことを、思い出していてな」

「ああ……」

 そうだ。ハイスさんが仲間をなくしたのは、まだほんの数日前のことなのだ。忘れられなくてもおかしくない。

「今日のフレーダーの巣への進攻で、本当に思い知った。マコト、あんたの力は本気で大したものだ」

「……」

「魔物が、全く相手にならない。まるで紙切れのように切り裂かれて、地面に落ちていく。手も触れずにだ。あんたの音で、進むたびになぎ払っていく。さながら嵐のようだった。近づくだけで巻き込まれる。無敵の力を誇る嵐だ」

「……」

「あんな問答無用の攻撃、見たことない。想像すらしたこともない。自分にとって脅威だった魔物が、赤子の手をひねるように倒されていく。夢のようだった。その様に見とれる。高揚感すら覚えたよ。それと共に、思わずにはいられなかったんだ」

「なんて……?」

「どうしてもっと早く、こいつが現れてくれなかったのか、ってね」

「……」

「もっと早く、こんな奴が現れてくれていれば、あたしの両親も死なずにすんだかもしれないのに。クレフも兄さんも、生きていたかもしれないのに。もっと他のたくさんの人が、魔物の犠牲にならずにすんだかもしれないのに。そんな風に、思ってしまうんだ」

「ハイスさん……」

「わかってる。これは勝手な考えだ。あたしのエゴだよ。そんなこと、考えたって意味がない。今現在でさえ、あんたみたいな奴がいることが奇跡なんだ。あんたは、人類の希望だ」

「僕は……」

「それでも、思わずにはいられないんだよ。……すまないな、こんな話をして。あんたを責めるつもりはないんだ。むしろ、感謝しているよ。あたしを助けてくれて。ただ、もう少し、心の整理をするには時間が必要みたいだ」

「それは……分かっています」

「……ありがとう。……あんたのその、無敵にも思える力のこと、興味があるな。オンガク、といったか。あんたはそれを、どうやって身に着けたんだ? 以前、あんたは別の世界から来たといっていたが、その世界では、皆オンガクを力にもっているのが当たり前なのか?」

 僕は強く首を横に振った。

 当たり前ではない。当たり前などであってたまるものか。

「……死に物狂いで、練習しましたよ。この……バイオリンを弾けるようになるために、プロになるために。一日十時間はバイオリンを弾いていた。それ以外の全てを犠牲にして、生活の全てをそれだけに注ぎ込んでいました。弦を押さえる左手の指はマメができてはつぶれ、指先だけ皮が固くなった。それでも上を見ればきりがない。まだまだ、どこまでも上達すべき伸びしろはあって……毎日が自分との戦いでした」

「……そうか」

 ハイスさんは、少し笑った。

「? 何か、おかしいことがありましたか?」

「いや、悪い。真剣だった話をしているのにな。申し訳なかった。ただ……一緒だなと思ったのだ」

「一緒?」

「マコトの力には及びもつかないが、私も魔物に対抗するために、剣の練習をした。それこそ、手にマメを作りながらな。来る日も来る日も、剣を振るった。いとも軽々しく魔物を倒していくように見えるマコトだが……その裏には、はかりしれない努力があったのだと思ってな。血のにじむような苦労をして、そのオンガクという力を手に入れた。それなら……一緒だと思ったのだ。私と。マコトの力は想像を絶するが、それは私と同じように努力をした結果得たものだった。それが、嬉しいような気がしたのさ」

「嬉しい……」

「生まれ持った力じゃなかった。自分が太刀打ちできなかった魔物を容易く倒す男は、それに見合うだけの努力をしていた。そのことがな、なんだか嬉しかったのさ」

「……」

「マコトは、オンガクを振るうとき、何を考えている?」

「何を……とは」

「あたしは、必死だ。魔物に向き合うときは、何を考える余裕もない。ただ相手を倒すことだけを考えている。だが、あんたはどうなのかと思ってな」

「同じですよ。魔物を倒すことだけを考えています」

「……」

「音にイメージを乗せて、正確に奏でる。ただ魔物を倒すために。……本当はね、音楽って言うのは、そういうものじゃないんです」

「ほう?」

「音の響きを感じて、ひたって、聴いて心地いいと思ったり、演奏して楽しい、気持ちいいと思ったりする。そういう娯楽が――娯楽というと、違うかな――、心の洗濯が、音楽なんです」

「心の、洗濯……」

「僕はこの世界にきてから、一度もそんな風にバイオリンを弾いていない。ただ音楽が力を持つから、その力を利用しているだけだ。あくまでも手段として、機械的に音楽を奏でているんです。こんなのは、本当の音楽じゃない。わかっているけれど、本当の音楽を、僕はまだ奏でる気にならない」

「……」

「一度死んで、バイオリンも捨てる気だった。でもなぜか捨てられなかった。それがここでは役に立つ。役に立つなら、その間は道具として使う。僕にとって、バイオリンは今、それだけの存在です」

「ただの道具……か」

 そういって、ハイスさんは肩をすくめた。

「あたしには、そのあたりのことはよく分からないな。あんたの出す音は、あたしには理解できない。でも、あの子――リートには違うんじゃないか」

「ええ、リートは……」

 僕の顔がほころんだ。

「本当に楽しそうに、音楽に触れてくれます。あの子といれば、いつか僕も、違う気持ちで音楽を奏でられるようになるかもしれない」

「……そうなるといいな。あんたは本当は、そうしたそうに見える」

「……僕が?」

「ああ。そのときの音を聞くのが、楽しみだ」

 ハイスさんはそう言って立ち上がった。

「長話をしてしまったな。あしたもオーク退治だ。あまり夜更かししてもよくない。寝ることにしよう」

「そうですね」

 互いの部屋に別れ、僕はリートを起こさないように気をつけつつ、ベットに入った。

(本当の音楽……)

 それを自分が奏でられるときがくるのだろうか、そんなことを思いながら、眠りに着いた。

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