魔物を生む魔石

「マコトさん、そこ……!」

 リートが指を指す。

 見ると、岩壁の中に、一箇所だけ色の違うところがあった。

「それ……魔石じゃないでしょうか」

「魔石?」

 僕は壁をよく見る。

 確かに、『丘』で見た魔石によく似た色の石が、壁に埋め込まれていた。

「なんでこんなところに魔石が……」

 それを見ていると、突然。

「えっ?」

 魔石から浮き上がるように、すっと。

 一羽のフレーダーが現れた。

 僕は目を丸くしながら、無意識に音色を奏で、フレーダーを切り裂いた。

「今……」

「魔石から出てきましたよね……。フレーダーが」

 リートと二人でじっと魔石を見ていると、しばらくしてから。

 またしても、魔石から飛び出てくるように、フレーダーが現れた。

「やっぱり、ここからフレーダーが出てきてます!」

「もしかして、転移の魔法……? どこかから転移してきているのか?」

「どこかって……どこから?」

「さあ……」

 ひらりと飛ぶフレーダーを音の波が仕留める。

「それにしても、これを何とかしない限りは、いつまでもフレーダーが現れるな。きりがない」

「何とかするって言ったって、魔石に手を加えるのは簡単じゃないぞ」

 近くに寄ってきたハイスさんが、短剣を構える。

「はっ!」

 気合を込めて、短剣を魔石に向けて突き出す。

 ギャリッ! と、短剣は魔石の表面を滑っていった。

 魔石には傷一つついていない。

「物理的に壊すのは難しいと思う」

「では、魔法の出番ですね」

 僕はバイオリンを構える。

 勇ましく、音が高らかに鳴り渡る。

 小さな音から次第に大きな音へ。

 さやかな歩みは、寄り集まって勇壮な行進へ。

 人形の群れが、堂々と進む。

「チャイコフスキー――『くるみ割り人形』」

 パキィン!

 魔石が、小さな欠片へと砕け散った。

「やった!」

「あっけなく……」

 魔石のあった場所には、ただ窪みが残るだけだ。

「これでフレーダーの出現は止められたかな?」

 しばらく待ってみるが、それきりフレーダーは現れなかった。

「やっぱり、あの魔石がフレーダーを生んでたみたいですね」

「うん。なんだったんだろう……」

「もう出てこなくなったから、これでこの洞窟のフレーダーは一掃できたか?」

「多分、大丈夫でしょう。ここの主らしき巨大フレーダーも倒しましたし。外に出ているフレーダーもいるかもしれないから、しばらく待ってみましょうか」

 その後、洞窟内で昼食を摂り、しばし時間をつぶした。

 案の定、何匹か洞窟の外から戻ってきたフレーダーがいたので、都度退治しておいた。

 そんなフレーダーも現れなくなってから、僕たちは洞窟を出た。

 辺りを見回りながら、森の中を抜けて、家へと帰る。

「フレーダーの巣が一つ、殲滅できたな」

「ええ。ですけど……、あの魔石が気になります」

「マコトさんが壊してくれなかったら、いくら洞窟の中のフレーダーを倒しても無駄でしたもんね」

「魔物を生む魔石か……。あれがある限り、際限なく魔物が現れるのだとすれば、恐ろしいな」

「でもあの魔石のそばでは、音は鳴っていませんでした。あの魔石自体が魔法を発生させていたんだとは考えにくい」

「あの魔石が、魔法で魔物を生んでいたわけではない……。じゃあ、マコトさんが言ってたみたいに、転移の魔法? どこかから送られてくる入り口が別にあって、あそこにあった魔石は出口だった? それなら、出口では音を必要としないのも頷けます」

「転移の魔法か……。この世界では、実際に使ったりしているの?」

「いいえ。物や人を別の場所から別の場所へ移動させるなんて、そんな高度な魔法、『丘』では聞いたことありませんでした」

「もちろん、あたしも知らないな」

「そうか……。じゃあ違うのかな」

「でも、マコトさんの魔法みたいに、まだ知らない複雑で強力な魔法がどこかにはあるのかもしれません」

「だとすると、誰がそれを使っているんだ……?」

「……」

 誰も答を出せず、三人で考え込む。

「もしあれが転移の魔石なんだとしたら、転移の入り口には、大勢の魔物がいることになる」

「こっちで魔物を倒しても、そちら側にはまだうじゃうじゃいるわけか。考えたくないな」

「転移の入り口は、どこにあるんでしょう……?」

「わからないな。想像もつかない」

 しばらく黙り込み、黙々と歩みを進めたが、リートがぽつりと言った。

「あの魔石は、一つだけなんでしょうか」

「え?」

「たまたまあそこにだけ、魔物を生む魔石があったんでしょうか。そして唯一のそれを、私達が見つけた? そんな偶然って、あるものでしょうか。そう考えるよりも、もしかしたら、あの魔石はいくつもあって、そこらじゅうで魔物を生み出しているのかもしれない。そんな風にも思うんです」

「確かに……。一つあった以上、他にもないとは限らない。だとしたら、大変なことだな。放ってはおけない」

「ひょっとして、この世界の魔物自体が、あの魔石から生み出されているのか……?」

「え?」

「あ、いや。ふと思ったんだ。いたるところにある魔物の巣には、その奥に必ず魔石があって、そこから魔物が出てきているのかもしれないって……」

「それなら、魔石を壊さない限りは、いくら倒しても無駄ってことになりますね。巣を殲滅したことにはならない」

「際限なく現れてくる魔物……恐ろしいです」

「前に行ったオークの巣にも、もしかすると魔石があったのかもしれないな」

「あのときは、マコトに助けてもらって、そのまますぐに洞窟をでたものな。念入りに探索はしていないから、その可能性はある」

「だとすると、またオークが復活しているかもしれませんね」

「念のため、確認する必要があるかもしれないな……。明日は、もう一度オークの巣に行ってみよう」

 そう結論付けて、家に帰り着いた。

 『美しく青きドナウ』で着衣を清める。それから一風呂浴びて、身体を休めた。

 曲で綺麗になっているので風呂に入る必要はないのだが、お湯に浸かった方が気持ちがいいので、真は風呂に入ることにしている。もちろんユニットバスではなく、セパレートの浴槽つきだ。

 お風呂から上がると、夕飯にした。

 今日のメニューはメンチカツ、ライス、スープ、サラダだ。

「うわ……この丸い奴、サクサクで香ばしいな! 中は肉がたっぷり詰まっていて、肉汁があふれてくる。かぶりついたら、口からこぼれそうだ」

「上にかかっているソースも美味しいです! 色んなお野菜の旨みや香辛料が利いてて……。ソースのしみたおかずと、ごはんの相性が抜群ですね。パンもいいですけど、肉汁とよく絡むごはんの方が美味しく食べられる気がします!」

「このスープ、こんなに透き通っているのに、色んな食材の味が口の中に広がる。このスープだけでごはんが食べられそうだ」

「二人とも、おいしそうに食べてくれてよかったよ」

「はい、幸せです!」

「今までは森で狩った動物の肉を焼いて食べるくらいだったからな……。マコトの料理は手が込んでいて、信じられないくらい美味いよ」

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