フレーダーの巣

「このあたりのはずだ」

 ハイスさんに言われ、僕は辺りを見回す。

 と、バサバサッと何かが動く気配がした。

「! でたぞ! フレーダーだ!」

 視認する間もなく、反射的に僕はバイオリンを構える。

 りんりんとスタッカートが響き渡った。

「キイイ!」

 ズバッと切り裂かれ、その何かが地面に落ちる。

 ぴくぴくと動くそれは、見れば、それはコウモリのような姿をしていた。

 だが、コウモリより大きい。人の頭ほどのサイズがある。

「これがフレーダー……。この近くにもっといるかもしれません。行きましょう」

 森の中を、三人で歩く。

 再び数羽のフレーダーが現れるが、音色に触れて一瞬で切り裂かれる。

「あっちの方から飛んできてるな。左に進もう」

 ハイスさんの先導で、森の中を進む。

 次第にフレーダーの数が多くなってきた。

 群れて飛ぶフレーダーは、僕達に近寄る間もなく、音の波に触れて、ばたばたと地に落ちていく。

 そうして進むうち、森を抜けた。

「あったぞ。あそこがフレーダーの巣だろう」

 見れば、岩肌に洞窟が口を開いている。

 そこから何羽ものフレーダーが羽ばたき、出入りしていた。

「入りましょうか」

 洞窟を入ったところは、細い通路になっていた。

 僕はバイオリンを弾きながら進む。

 ズバッ!

 バシュッ!

 飛んできたフレーダーが斬り飛ばされ、切断され、両断される。

 僕が歩いた後にはフレーダーの躯で道ができていた。

 通路を抜けると、そこは広い空間になっていた。

 湿った空気。濡れて滑る岩の床。高い天井。そこから垂れ下がる鍾乳石。

 そして、一面を飛び回るフレーダーの群れ。

 僕は弓を弦に走らせる。

 小刻みな振動が音に変わる。

 荒れ狂う剣の舞があたり一面響き渡る。

 反響して、残響して、席巻する。

 無限の刃が空間に満ち満ちた。

 ズバアッ!

 血煙が舞う。

 空間に存在する全てのフレーダーが、寸断され、肉塊となってぼとぼとと落下した。

 一瞬で飛行能力を失い、重力に従った。

「ふう……また汚れちゃったな。後できれいにしないと」

「本当に、桁違いの力だね……。あたしが手を出す暇もない」

「マコトさん、さすがです!」

 ハイスさんが呆れたような表情で僕に続き、リートは僕への信頼感にあふれた笑顔を見せている。

「ここにいたフレーダーは大体倒したけど……。まだ残ってるかな?」

「奥に続く道がある。あっちにもいるかもしれないな」

 ハイスさんの言うとおり、空間の奥に、先へと続く道があった。

 僕は用心してその道を進む。

 そこにはフレーダーは出てこなかった。

 かわりに。

「あっ!」

 その道の奥。ドーム上に開けた小空間の天井に。

 巨大なフレーダーが逆さになってぶらさがっていた。

 かなり大きい。一メートルほどはあるだろうか。

「ここのボスかな」

「おそらく、親玉だろう」

 眠っているのか、巨大フレーダーは動かない。

「今のうちに、先手を打とう」

 僕は弓を構える。

 弦を震わせ、朗々と音を響き渡らせた。

 だが。

「キエエエッ!」

「うわっ!」

 それに重ね合わせるように、巨大フレーダーが強烈な奇声を発した。

 甲高く鳴り響く鳴き声。

 それは空気を震わせ、耳が痛くなるほどの存在感をもって僕達を襲った。

 それはおそらく聞こえる音だけではなく。

「コウモリ……くそ、これは多分……超音波か!」

 人には聞こえぬ音域の音。

 巨大フレーダーが放つ音の波は、バイオリンの音色を塗り重ね、攪拌し、相殺した。

 剣の舞はほとんどダメージを与えられなかった。

 巨大フレーダーが飛び立つ。

 僕に向かって、その牙を剥いて飛びかかってくる。

「マコト、危ないっ!」

 ザシュッ!

 刹那、ハイスさんがその身を割り込ませてきた。

 彼女のふるう短剣が、巨大フレーダーの顔を切り裂く。

「ピギャアッ!」

 巨大フレーダーは一瞬怯むも、その牙でハイスさんの腕を捕らえた。

「う、あっ!」

 ハイスさんは噛み付かれ、苦痛に顔をゆがめるも、身もだえして振り払う。

 超音波が途切れた隙を狙って、僕は素早く弓を引いた。

 音の粒が連なって流れる。

 ブシャッ!

 巨大フレーダーの羽が千切れた。

 首が飛び、胴体はいくつにも分断され、手足が落ちる。

 巨大フレーダーはこま切れとなって地に落ちた。

「ハイスさん!」

 僕は地面に膝をついたハイスさんに駆け寄る。

「マコト……。倒せたのか……。よかった」

「ハイスさんが、割って入ってくれたおかげです。短剣の一撃があったから、ボスの鳴き声を止めることができたんだ」

「あんな大きな親玉を……一撃でばらばらにするとは、さすがだな……、くっ……!」

 ハイスさんは苦しそうに息を切らす。

 その顔には汗が浮いている。

「フレーダーには毒があると言っていましたね……。早く治療しないと!」

 僕はバイオリンを構える。

『目覚めよと呼ぶ声あり』。

 美しい賛美歌を、僕は奏でる。

 音色がたゆたうにつれて、次第にハイスさんの呼吸がゆっくりになってきた。

 汗が引き、顔色が良くなる。

 腕の噛み傷もふさがってきた。

 ハイスさんが自力で立ち上がるまで、僕は曲を弾き続けた。

「……驚いたな。親玉に噛まれた傷が、もう治っている。マコトのオンガクには、攻撃するだけじゃなくて回復させる作用もあるのか」

「奏でる曲によって、その効果は違うんですよ。無事に治癒できたようですね。よかった。……気分はどうですか?」

「ああ、なんともないよ。マコトのおかげだ。ありがとう」

「いえ、僕の方こそ。かばってくださって、ありがとうございました。ハイスさんの短剣がなければ、僕の音楽は打ち消されるところだった。勝てたのはあなたのおかげです。ありがとう」

「役に立てたようでよかったよ」

「マコトさん、ハイスさん……」

「リート」

 心配そうな顔で、リートが近付いてくる。

「私、何もできませんでした。ごめんなさい……」

 リートは落ち込み、うつむいている。

「いいんだよ、リート。無事でいてくれただけで充分だ」

「そうだな。あんたは怪我しなくてよかったよ」

「すみません……」

 ひとしきり反省した後、リートは考えながら言ってきた。

「マコトさん……。あの奥、なんですけど」

「奥? 巨大フレーダーがいたところか?」

「はい。そのさらに奥の方から……フレーダーが湧いてくるみたいなんです。さっきから、ぽつりぽつりと飛んできて」

「……確かに、何匹か飛んでるな。湧いてくる? 奥にさらに道でもあるのか」

 僕はバイオリンを奏で、残ったフレーダーを退治しながら、奥に進んだ。

 巨大フレーダーがぶら下がっていたところを過ぎ、さらに奥。

 だが、不思議なことにその奥は岩壁だった。さらに奥への道などない。空間もない。

「こっちにはなにもないよ」

「変ですね? それじゃあ、フレーダーたちはどこから湧いてくるんでしょう?」

 そうして話をしている間にも一羽、ひらりとフレーダーが舞った。

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