東の森

 翌朝、目覚めたリートは、僕の顔を見て、恥ずかしそうに笑った。

「おはようございます。……えへへ」

「おはよう、リート」

「もうハイスさん、起きてますかね。下に降りてみましょうか」

 一階に降りると、ハイスさんはリビングのテーブルについていた。

「おはよう、二人とも」

「ハイスさん、おはよう。昨日はよく眠れましたか?」

「ああ、ぐっすり眠れた。あの寝床は気持ちがいいな」

「それはよかった。じゃあ、朝ごはんにしましょうか」

 今日は試しに、和食の朝食を出してみる。

 ごはんに味噌汁、焼き魚、卵焼きだ。

「魚か……。だが、川で採れるものとは形が違うな? それに、見たこともない色のスープだ。飲めるのか? これ」

「わあ……でも、いいにおいですよ。サカナ……? って、私、初めてです」

「僕の国の伝統的な朝食です。魚は骨があるから、気をつけて。リート、こうやって食べるといいよ」

「いただこう。ごはん……とは。これが主食か? ……ん、温かいな。もちもちしている。少し甘い」

「やわらかくて、しっとりしていますね!」

「……このスープは、旨味がすごいな! ほっこりして、美味い。それに、この白いものはなんだ? つるりとして、とんでもなく柔らかい。舌でつぶせる。ほのかな甘みがあるな」

「それは豆腐ですよ。大豆……豆からできています」

「このサカナ……って、身がほろほろして柔らかいですね! 少ししょっぱくて美味しい。獣臭くないから、食べやすいです。サカナの塩気がごはんとよく合います」

「卵か……たまにしか採れない貴重品だな。……これは、何層にも折り重ねて焼いてあるのか。こってるな……。ん、柔らかくて美味いな。滋味豊かだ」

「わあ、コクがあって美味しい! それに、深い味がします」

「出汁巻き卵だからね。中に出汁が含ませてあるんだ」

「ダシ……?」

 そんな風に、和食の説明をしながら、朝食を楽しんだ。

「さて……今日から魔物退治を始めるわけだけど。リートにハイスさん。二人とも、ついてくる気持ちに変わりはありませんか? 危険もありますよ?」

「ああ、変わらない」

「変わりません」

「そうか……。まあ、この家に残っていても、安全とは限らないし。僕と一緒にいてもらったほうがいいかもしれない。うん、わかった。一緒に行きましょう。――それで、行き先ですけれど。どこか、心当たりはありませんか?」

 闇雲に歩いていても始まらない。まずは『外』で暮らしていたハイスさんに、情報を聞こうと思った。

 だが、ハイスさんは難しい顔をしている。

「誰か人がいそうなところとなると……。心当たりはないな。クレフは以前他の人間にあったことがあるらしいが、詳しいことは聞いていないし。だが、魔物がいそうなところとなると……、ここから東にいったところにある森の中で以前生活をしていたんだが、フレーダーが出て逃げ出したことがあった。その辺りに、フレーダーの巣があるのかもしれない」

「フレーダー……ですか」

「翼があって、空を飛ぶ魔物だよ。それほど大きくはないが、毒がある分、危険な魔物だな」

「分かりました。それじゃあ、まずはそのフレーダーの巣を目指しましょう」

「……わかった」

「はい。行きましょう」

「その前に……ハイスさんには短剣があるけれど、リートが丸腰なのは不安だな。何か武器を持たせたいけど……」

「でも私、力がありません……」

 へにゃりと、情けなさそうにリートが眉を下げる。

「うん、力がなくても大丈夫な武器にしよう」

 僕は重々しくバイオリンを奏でる。

「『魔弾の射手』」

 ごとりと、一丁の拳銃がテーブルの上に現れた。

「リートにはこれを持たせよう。ここで安全装置を解除して、引き金を引くと、金属の弾が飛び出してきて標的にダメージを与える。照準を合わせるのはここだ。とても強力だから、決して人に向けて撃ってはいけないよ。それと、反動も強いから、注意して」

「はい……! ありがとうございます」

 リートは拳銃を持ち上げた。

 少し重そうだが、使えないことはないだろう。

 それぞれ装備を終えて、フレーダー退治に出立した。


 森の中を歩きながら、ハイスさんと会話をする。

「元々、あたしは兄さんと二人で暮らしていたんだ。両親は、魔物にやられたよ。どれぐらい前になるかな、一人で暮らしているクレフにあって、一緒に生活するようになったんだ。クレフは、家族と生き別れたといっていたな。魔物から逃げ出すときに、散り散りになって、それきりだったと」

「クレフさんは、他の人にあったことがあると言っていましたね」

「ああ。『丘』の話もその人から聞いたんだと言っていたな。その人は今どうしているのか……そこまでは知らない。クレフは話したがらなかったから、その人ももう亡くなっているのかもしれないな。とにかく、生きていくだけでもやっとのところだから」

「今まで、どうやって暮らしていたんですか?」

「とにかく、転々としていたさ。魔物を見かける度に、逃げながらな。住処を何度も変えた。安心して眠れる日はなかったな。――だから、あんたが信じられないよ」

「僕が?」

「魔物ってのは、見かけたら逃げるもんだった。太刀打ちできない。攻撃されないうちに、見つからないように逃げる。そういうもんだった。倒すなんてもってのほかだ。立ち向かおうなんて、考えたこともない。なのにあんたは、いとも簡単に魔物を倒す。相手に攻撃する暇も与えないうちにね。信じられないよ。その強さは……人間じゃないみたいだ」

「……」

「誤解しないでくれ、あんたの力を、否定するわけじゃないんだ。むしろ逆だよ。すごいと思う。自分達が、抵抗することができないはずだった魔物たちに、対抗することができる。魔物を見かけても、おびえなくていいんだ。殺される心配もしなくていい。それは、ありえなかったはずの幸せだ。あんたのその強さには、羨望を通り越して、憧れすら感じるよ。まるで神様みたいだ」

「僕は、そんな大したものじゃありませんよ」

「わかってる。こうしてると、本当に普通の青年なのにな。それでも、あんたのおかげであたしは今安全な場所に住み、安心して眠って、お腹いっぱい美味しいご飯を食べることができる。得がたい幸せだよ。感謝している」

「いえ、僕は、僕にできることをやっているだけですから……」

 そんな話をしているうちに、東の森についた。

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