リートの不安
「それじゃあ、拠点を作りましょうか。ハイスさん、このあたりで開けた土地はありますか?」
「すこし行ったところにあるが……。何をするんだ?」
「行ってみればわかりますよ。案内してください」
ハイスさんに連れて行ってもらい、そこに僕は音楽を使って家を建てた。
「ことごとく、規格外な奴だな……」
ハイスさんは、驚き呆れていた。
ハイスさんに一通り家の中の物の使い方を説明してから、食事にした。
今日のメニューはビーフシチューにパン、サラダだ。
じっくりと煮込まれた肉はほろほろと柔らかく、とろとろに煮込まれた野菜の旨みと牛肉のエキスが溶け込んだシチューは芳醇な風味で、カリカリに焼かれたフランスパンは香ばしく、シチューにつけて食べると豊かな風味を吸ってまた美味い。
「美味い! こんな柔らかい肉は初めて食べた! それにこのスープの複雑な味……。いくつもの食材の旨味がする。いくらでもパンが進むな。おかわりはもらえるのか!?」
ハイスさんは感激して、何皿もシチューを食べていた。
心ゆくまで食事を堪能した後、それぞれの部屋に分かれて休むことにした。
「部屋が二つしかないので……、ハイスさんはこっちの部屋で休んでください。リートは僕と一緒でいいか?」
「へっ!? マ、マコトさんと一緒、ですか!?」
「いやか? いやなら、僕はソファで寝るけど……」
「い、いえいえ! 嫌だなんてめっそうもない! ぜ、ぜひお願いします!」
「? そんなに全力で肯定しなくてもいいけど……」
「マ、マコトさんと一緒の部屋……。一緒のベット……。う、ううん。深い意味はないんだから。部屋が二つしかなくて、ハイスさんを一人部屋にするためには仕方ないってだけなんだから……。そんな意識しなくてもいいのよ……」
「リート、何をぶつぶつ言ってるんだ? いいだろ、僕にとってリートは妹みたいなものなんだから、一緒の部屋でも」
「妹……。そ、そうですか……」
いやに嬉しそうにしていると思ったら、今度は一転、リートが深く落ち込んだ様子になった。はあ、とため息をついている。どうしたんだろう? 彼女のテンションの変化はよく分からない。
「マコトは強いくせに、女心についてはからっきしなんだな」
「はい?」
ハイスさんもよくわからないことを言う。
女心……ハイスさんのことで、理解できていないことがあっただろうか?
「まあ、いいさ。あたしはあっちの部屋で休ませてもらう。あんたたちも二人で休みなよ。ごゆっくり」
そう言って、ハイスさんは部屋の中に入っていった。
「ごゆっくりって……。まあ、ゆっくり休ませてもらうけど」
「ごゆっくり……。はわわ」
またリートが顔を赤くしている。不思議な子だなあ。
「それじゃあ、ちょっと早いけど寝ようか。ベットは広いから、二人でも充分寝られると思う」
「は……はい!」
僕たちはベットに入った。
のだが、リートが妙に端っこによっている。
「リート、遠慮しなくてもいいから、もっとこっちに寄れよ。そんなんじゃ落ちるぞ」
「は……はい。ありがとうございます。そ、それじゃあ……」
リートがもぞもぞと近寄ってくる。
僕と反対の方向を向いて、横向きに丸まっている彼女の背中が、僕に触れた。
「あ……」
「どうした?」
「……マコトさん、あったかい、です……」
「そうだな。僕もあったかいよ」
そう言って、僕はリートの頭を撫でる。休む前に奏でた『美しく青きドナウ』のおかげで、今もリートの髪はふわふわさらさらだ。
触っていて非常に気持ちがいい。
「えへへ……」
リートが幸せそうに微笑んだ。
それから僕は目を閉じ、眠りの中に落ちていった。
真夜中。
「ん……?」
なにやら人の動く気配を感じて、僕は目を覚ました。
見れば、隣にリートがいない。
「リート?」
どこにいったのかと身を起こせば、リートは部屋の中にいた。
窓際にたって、じっと夜空を見上げている。
「リート、どうしたんだ。眠れないのか?」
「マコトさん……」
こちらを振り返ったリートの瞳は、深い憂いに包まれていた。
そうして、視線を落とす。
肩を落とし、悄然とした様子だ。
「何かあったのか?」
尋ねると、ためらうように、彼女は口を開いた。
「考えていたんです……『丘』の人たちのこと」
「『丘』? あの人たちが、どうかしたか?」
リートは顔を上げて僕を見る。
「最後の日……突然、グリフォンが現れましたよね。それまで、魔物が町に出たことなんてなかったのに。多くの人が亡くなって、それで、最後はマコトさんがグリフォンを退治してくれました」
「そうだったね」
「でも……その後は? 一度でたなら、二度目はないんでしょうか? グリフォンみたいに、あるいは他の魔物が、『丘』の町にでてはいないでしょうか?」
「さあ……それは分からない」
「私……心配で。もしまたあんなことがあったら。またたくさん人が死んでしまうんじゃないかって。町に魔物はでていないだろうかって。不安になって、眠れなかったんです」
「町の人たちなんて、どうでもいいじゃないか。彼らは、『外』が危険だとわかっていて、大した理由もないのに、リートを追い出した人たちなんだよ? どうなろうと知ったことじゃない」
「いいえ。それでも、ずっと一緒に暮らしてきた町の人たちです。それに……」
リートは苦しげに顔を歪ませた。
「本当に、私のせいかもしれないから……」
「リート?」
「魔物を呼んだの、私のせいかもしれないです。私が毎日、できそこないの歌を、がけのところで歌っていたのは確かです。それに最後のあの日は、魔法の応用を試して、今までにない強力な火柱を上げていました。それが、『外』の魔物を刺激したのかもしれない。本当に、私が原因かもしれないんです」
「そんな。君は関係ないよ。君のせいじゃない」
「本当にそういい切れますか? 原因が明らかじゃないのに」
「それは……。……リート、君はそんなことを考えていたのか」
リートは『丘』に視線を向けるように、窓の外に向かって顔を上げる。
「私が魔物を呼んだのかもしれない。そして今も、町の人は魔物に襲われているのかもしれない。そう思うと、心配で胸が苦しくなるんです。いても立ってもいられない。何もできないのはわかっていても、町に戻りたくなる。私はこんなところで、のうのうと幸せに暮らしていていいのかって……」
「リート」
僕はリートの肩をつかむ。そしてその顔を覗き込んだ。
「君がそんなことを気に病む必要はない。君がそうやって苦しむくらいなら、僕が魔物を退治して見せよう。一匹残らず。それで君が、悲しまなくなるのなら」
「マコトさん……」
リートはぽろりと涙を流した。
「……こんなこと、本当は言っちゃいけないって思ってました。マコトさんには、これ以上なく良くしてもらっている。それなのに、さらにこんなことをお願いするなんて……そこまで甘えることはできない。そんなあつかましいことはできないって思ってました。でも――」
リートは涙を湛えた瞳で僕を見つめる。
「マコトさんが、そう言ってくださるのなら……。『外』の人たちを救うために、世界を巡る旅に出るというのなら――。魔物の退治を、お願いしてもいいですか? これ以上、町の人たちが魔物の危険にあうことのないように。町の人たちが安全に暮らせるように。そして、その旅の力に、私になにができるかわからないけど、私も力にならせてもらってもいいですか? 一緒に、魔物退治の、旅をさせてもらってもいいですか?」
「リート」
僕はリートを抱きしめた。
細い身体だ。震えるそのか弱い体躯。魔物に襲われれば、一撃でその命は尽きるだろう。
それでも、共に旅をしたいと言う。自分を追い出した町の人たちのために、魔物を倒す力になりたいと言う。怯え、震えながらも。
そんなリートのために、僕は誓わずにはいられなかった。
「約束しよう、リート。君がもう、自分を責めることのないように。夜安らかに眠れるように。僕は魔物を倒そう。それが『外』の人を救うことにもなる。『外』の人を、『丘』の人を、そして何より君を救うために、僕は魔物退治の旅にでよう。それが、音楽を知る僕のやるべきことだ」
「マコトさん……。ごめんなさい、私、マコトさんに甘えてばかりで……」
「そんなことない。最初に僕を救ってくれたのはリートなんだ。僕は前世で自殺した。この世界で目覚めてからも、生きる気力なんかなかった。でも君の歌を聴いて、もう一度生きる気になったんだ。君が喜んでくれるから、音楽を学んでいて良かったと思った。初めて自分の技能を好きになれたんだよ。だから僕は、君のために生きる。君と共に生きる。君のために、できることをするよ」
「……ありがとうございます……」
リートが僕の胸に顔をうずめた。
彼女の涙が僕の胸を濡らす。
僕はリートの頭を撫でた。
それから僕たちは、抱き合って眠った。
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