新たな仲間

 しばらくして、ハイスさんが身体を離した。

 恥ずかしそうに、顔をそむけている。その目は真っ赤だった。

「……すまなかったな。ぶったりして」

「いえ。当然ですから」

 誰かを探すように彼女が顔を上げる。

「クレフは? クレフはいないのか?」

「……すみません。僕達が見つけたときには、もう……」

「そうか……」

 新たに、彼女の顔を絶望が覆った。

 一筋、涙がこぼれる。

「これであたしは、天涯孤独の身になってしまったな……」

「……」

 僕は何も言えず、ハイスさんを見つめる。

「……それで? あんたたちは何者なんだ?」

 ひとしきり泣いて、改めて彼女は僕達の身上について疑問に思ったようだった。

「シュティーアさんがオークに襲われているところを助けてから、あなた方と散り散りになったという話を聞いて、あなたを助けるために、この洞窟を探索していたんですよ」

「助けるため? それはありがたいが、こんな危険な洞窟によくも入る気になったな」

「僕には、魔法がありますからね」

「魔法?」

 ハイスさんは首をかしげ、それから辺りを見回した。

「そういえば、オークたちはどうしたんだ? 一斉に動かなくなったが……これは一体…」

「それがマコトさんの音楽の力なんです」

 自慢げに言うリートに、ハイスさんは困惑顔だ。

「オンガク……?」

「見てもらったほうが早いですね。とりあえず外にでましょうか」

 僕は洞窟の出口に向かって歩き出す。

「お、おい……! この部屋以外にも、まだオークがいるかもしれないぞ!」

「それを倒しに行くんですよ」

「な……」

 唖然とするハイスさんを連れて、洞窟内を歩く。

 幾度目かの角を曲がると、そこにオークがいた。

「剣の舞」

 音の粒があふれて洞窟内に反響する。

 ズバン! とオークは首を切り飛ばされた。

 ハイスさんはぽかんとしてそれを見つめている。

 その後も何度かオークに出くわしたが、バイオリンの音色で一瞬で撃退することができた。

 そして、シュティーアさんの亡骸のある場所へ出た。

「兄さん……」

 ハイスさんは彼の遺体を抱きしめて、しばらく別れを惜しんでいた。

 それから立ち上がり、顔を上げた。

「外へ連れて行きたい。手伝ってくれるか?」

「私が手伝います。マコトさんは、バイオリンを弾かなくちゃいけないから……」

 ハイスさんがシュティーアさんを腕を肩に担ぐ。

 幸いにも彼女はかなり力があるようで、引きずりながらだがほぼ一人でもシュティーアさんを運ぶことができた。それをリートが補助する。

 そうして僕たちは無事に洞窟の外へと出た。

「ふう……やっぱ外の空気は気持ちがいいな」

 僕は伸びをする。

 ハイスさんは顔をあげ、感慨深げに日の光を浴びていた。

「まさか……無事にこの洞窟を出ることができるとは……」

 それから、僕の方に目をやる。

「あんたの……その、めちゃくちゃな音をだす器械はなんなんだ。聞いたこともない。そんな音」

「これはバイオリンという楽器ですよ」

 それから僕は、自分が奏でる音楽というもののこと、音楽が強大な魔法の力をもっていることを説明した。

「にわかには信じられん話だが……、でも、実際にあんたがオークを簡単に倒すところを見たしな。オンガクというものの仕業かどうかはわからんが、あんたがオークに対処する力を持っていることは確かなようだ。……しかし、オンガクだと。そんな妙な音を、あんたはどこで身に着けた?」

 怪訝そうに尋ねるハイスさんに、僕は正直に答えた。

「僕は違う世界から来たんですよ」

「……はあ?」

「僕は前の世界で一度死んだ。死んだと思ったら、気がついたらこの世界に来ていた。そしてこの子――リートと出会った。どうなっているかは僕にもわかりませんが、何かが僕を呼んだんでしょう。そんな気がします」

「何を、ばかなことを……」

 ハイスさんは鼻で笑う。

「信じられませんよね。普通は、そうだと思います。それならそれで構いません」

「……」

 ハイスさんはうさんくさそうに僕を見る。

 けれど、追求することは諦めたようだった。

「……まあいい。とりあえず、クレフのいるところに案内してくれないか。兄さんを、一緒に葬ってやりたい」

「わかりました。行きましょう」

 洞窟の外には魔物はいなかったので、そこからはハイスさんと僕でシュティーアさんを運んだ。

 クレフさんの亡骸に辿り着いたとき、その遺体を見てハイスさんは言葉をなくしていた。

「こんな……ひどい。オークの奴!」

 再び彼女の目に涙があふれてくる。

 それから、黙々と木の枝を使って穴を掘り始めた。

「ここに埋葬するのか?」

「ああ。穴を掘る。手伝ってくれないか」

「いいよ。やってみよう」

 僕はバイオリンを構えた。そして弓を滑らせる。

 弾むメロディ。軽やかな旋律。

 水清く豊かで、森は深い、故郷の大地を歌った歌。

「マーラー――『大地の歌』」

 もこもこと、土が抉れる。

 音が流れるにつれて、土がかき出され、深い穴がひとりでに作られる。

 曲を終えるころには、深さ一メートルほどの長方形の穴が出来上がった。

「このくらいでいいかな」

 ハイスさんは絶句していた。

 それから、シュティーアさんたちの埋葬を始めた。

「あんたが違う世界から来たなんて事は、いまだに信じられない……。けど、あんたは他の誰も持ってない能力をもっている。この世界の誰も……ね。それは、認めるよ」

 シュティーアさんに土をかける。

 そして、祈りを捧げた。

「……そういえば、まだ名前も聞いていなかったね」

「ぼくは、真です」

「私は、リートといいます」

「マコトにリート……。助けてくれて、ありがとう。礼を言うよ」

「いえ。シュティーアさんの頼みでしたから。……それより、ハイスさんは、これからどうしますか?」

「どうって……。まずはオークに壊された家を修繕しなくちゃいけない」

「そうではなくて……。ハイスさんが希望するなら、あなたを『丘』につれていくこともできます」

「『丘』に? どうやって?」

 僕は『翼をください』を奏でる。

 僕の背に大きな翼が生え、僕はそれで飛翔した。

「こうやって――です。飛んで、あなたを崖の上まで連れて行くことができる。『丘』に行けば、『外』の人間は受け入れてもらえます。望むなら、そうすることもできる。どうしますか?」

 ハイスさんはぽかんとして僕を見ていた。

「あ……あんた。空まで飛べるのか」

「この通りです。どうします?」

 尋ねると、ハイスさんはしばらくじっと僕をみつめていた。

 そして言う。

「――あんたは、どうするんだ」

「え?」

「あんたは、これからどうするんだ」

「僕ですか? 僕は……」

 シュティーアさんの最後の言葉が耳に蘇る。

「……この世界の人を、救います。『外』に残っている、数少ない人たち。その人を救うために、旅をします。僕のこの音楽を使って。それがシュティーアさんの望みだったから。僕を助けてくれたシュティーアさんのために。今度は僕が、『外』の世界の人を助けます」

「……」

 ハイスさんの視線が僕をとらえる。

「……わかった。それなら、あたしもそれに付き合おう」

「ハイスさん?」

 僕は目を見開く。

「それが兄さんの望みだったというなら、私もそれを果たしたい。自分にどこまでできるかはわからないけれど、力になりたい。あたしみたいに、家族を失って悲しむ人がいなくなるように。この世界で少しでも安全に生きていける人がいるように。あんたに力があるというのなら、その力で人々を救うというのなら、あたしはそれをサポートしよう。……これでも、短剣くらいは使えるんでね」

「だけど……危険な旅になりますよ? 魔物がいる中を、進んでいくことになる。『丘』にいれば、安全に暮らせるのに」

「兄さんとクレフが魔物に殺されたというのに、今あたしが立つこの地に眠っているというのに、それを置いて、あたし一人のうのうと安全な場所でぬくぬく暮らすことなんてできない。見も知らぬあんたが、兄さんの遺志を継いで旅にでるというのならなおさらだ。あたしはそれを放っておけない。どうかあたしも連れていってほしい」

 ハイスさんは揺るがぬ瞳で僕を見据えていた。

 決心は固いようだ。

「お兄さんは、あなたが安全に暮らすことを望んでいるかもしれない」

「兄さんのことだ、私の性格はよく知っているよ。無鉄砲さも、言い出したらきかないこともね。きっと苦笑して、送り出してくれるはずだ」

「……わかりました」

 僕は根負けして頷く。

「僕達と、一緒にいきましょう。共に旅をし、この世界の人を救いましょう」

「――ああ。よろしく頼む」

 僕とハイスさんは固く握手をした。

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